第六話 こども園は、聖女養成所
朝の礼拝後、子猫組は遊びの時間だ。
遊んで寝て、食べて寝て、出して寝て、遊んで寝る。
……と思っていたら。
「はーい、みんなー! 聖女様の杖を振りましょーう」
珍妙な紙製の杖を配られ、ふりふりする練習をさせられている。
なんなのだ、これは。
「いくよー? ……けっかーい!」
先生が叫ぶ。
すると子猫クラスの赤ん坊たちが愛らしく応える。
「こーちく!」
………………。
……。
こんな幼い頃から洗脳するでないわーーー!!
聖女の仕事なんて地味だし、過酷だし、昼夜関係ないし、給料使うヒマもなけりゃ、恋もできないほど忙しいんだぞ?
風呂入ってたら呼び出しくらって、五分後に駆けつけたら、遅い!って言われるほどのブラック労働だからな?!
居酒屋も誘ってもらえんしな!
……いや、それは私だけか。
「とんとんとんとん第一式。こんこんこんこん第二式」
「とんとんとんとんだーいちゅき、こんこんこんこんだーにちゅき!」
だが……なんだ、この可愛さは。
「だーいちゅき」とか言われたら萌え死ぬわ。
「発表会までに衣装間に合うかしら」
「残業してでもやるしかないわよ。この子たち、こんなにがんばってるんだから」
ぬ?
衣装は保育士さんのお手製なのか?
ということはこの珍妙な杖も……。
なんということだ。
すべては我ら赤ん坊の可愛さを最大限に引き出し、発表会で披露したいという、あなた方の愛情であったのか。
その想い……しかと受け取ったぞ。
「ジェレンちゃん、お座りしてていいのよー?」
いいや。
立たねば気合いが入らぬ。
こうして大地を踏みしめ、杖は空へ。
「けっかいこーちく」
聖力だけを瞬時に集め、空へ解き放つ。
「だーいちゅき!」
「だーいちゅき!」
おおっ!賛同してくれる者がおったか!
そなたの名は……なんだったかの?
「あらー、クララちゃんもあんよが上手ねー」
よし、クララ。そなたは今日から心の友だ。
ともに発表会の頂を目指そうぞ!
*
園児というものは、割と忙しい。
こども園に通い始めて一週間、私はようやく笑顔で母上とお別れできるようになり、園児ルーティンが整ってきた。
まずは礼拝だ。
ここでメガネに会い、情報を仕入れる。
「せんせー」
駆け寄って、抱き上げてもらい、耳元で囁く。
「エミルのよーだいは?」
「まだ入院中ですが、順調に回復しておられますよ」
「しょうか。しょれはちょーじょー」
「……なんと仰せになりました?」
くっ、伝わらぬ。
「そうか、それは重畳」と言うたのだ。
「ああ、そうだ。聖下の母君より発表会のチケットをいただきましたよ」
なんだと。
「楽しみにしております」
眼鏡の奥で目が細められる。
……なんだ、こいつ。機嫌がいいな。
……はっ!まさか恋か?!
私をさしおいて先に恋人を作るなど、生意気な!!
ぺちぺちしてくれるわ!
「いたっ、痛いです、聖下」
「しぇーか、ちやぅ。じぇれん」
「そうですね、人に聞かれては困りますからね」
それもあるが、名前で呼ばんか!
こいつの名前は……なんだっけ。また忘れた。
メガネでいいか。
「ジェレンちゃん、神官様のこと大好きよね」
「ほっぺた赤くて可愛いわ」
違う!私は怒っとるんだ!
相手はあの可愛いお姉ちゃん聖女に違いない。
ぐぬぬ、こんな朴念仁に先を越されるなど、私の沽券に関わるではないか。
「ほら、園に帰る時間ですよ。また明日、お会いできることを楽しみにしております」
ふん。私はちーとも楽しみではないわ。
次は園に帰って、クララと発表会の練習だ。
「くらら! きんきゅー!」
「きんきゅー!」
「おしょいわ! にふんでこい!」
「こい!」
「ほーかいれべるよん!」
「よん!」
「聖女様ごっこかしら?」
「微笑ましいわねー」
違うのだ、先生方。
これはクララが発表会で聖女を演じるための下準備。あのブラック労働を知らずして、誰が真の聖女を演じれようか?
「ほーおーのあほー!」
「あほー!」
「こらー!あほとか使っちゃ、めっ!」
ちっ。
練習が終われば、昼食の後、午睡だ。
この時に集中的に魔力を蓄える。
小指に集めて、ぽとん。集めて、ぽたん。
何せ私は魔術師になるのだからな。
目を閉じれば、天才美少女魔術師として名を馳せる私の姿が見えるようではないか。
これで求婚者もざっくざくよ!
ふはははははは!
……ぐぅ。
……しまった!寝てしまった!
恐るべし、赤ん坊の体。
お菓子を食べて、次は自由時間だ。
おもちゃで遊ぶ者、お絵描きをする者、先生に抱っこしてもらう者……は私なのだが。
園児には分からんと思ってか、たまに恋バナを始めるのが面白いのだ。しかし先生、そのトーマスとやらはやめといた方がいいと思うぞ。
この辺りからちらほらお迎えがやってくる。
一人、また一人と減っていく室内は寂しいものだ。
ほれ、聖堂の夕鐘が鳴りだした。
傾いた日が長い影を落とし、森へ向かうカラスが鳴き交わす。
「ほら、バイバイして、クララ」
おお、クララの母君か。
いつもお世話になっております。
クララははにかみながら小さな手を振ってくれる。
可愛すぎて悶絶しそうだ。
また明日な、我が心の友よ。
空に一番星が輝く頃、ついに母上がやってきた。
お疲れであろうに、そんなことは微塵も感じさせぬ笑顔で私を迎えてくれる。
私は母上の胸に飛び込み、温もりに身を委ねた。
薄暮の中、私たちは手をつないで家へ帰る。
家々から夕餉の匂いが漂ってきて、腹がグゥと鳴り、二人で笑い合った。
話したいことはたくさんあるが、これで十分だ。
手から伝わる温もりと安心に、私は知らず微笑んだ。
願わくば、明日も明後日もその先も、嫁に行くまでずっと、母上と一緒にいられますように。




