第五話 聖堂の裏がこども園だなんて、聞いてない
「ジェレン。来週からお母さん、働きに出るわ」
……なぬ?
「貯金はまだあるけど、ジェレンの将来のために、もっと稼がないといけないの」
そうか。どうりで父上を見ないと思った。
離婚したのだろうか?
しかしこのように美人で優しい母上を捨てる男がいるとも思えん。となれば死別か?あまり聞いては、母上を悲しませることになりかねんな。
「だからね、ジェレンにはこども園に行ってもらうことになるの。寂しい思いさせるかもしれないけど、ごめんね」
なんと。
こども園は三歳からと思っておったが、もう入るのか。まあ、先に入ってエミルのやつに先輩風吹かすのもよいかもしれぬな。
そんなことを思いながらも、ふっ、と心配が胸をかすめる。
……あいつ、まだ病院みたいだけど、大丈夫なのかな。
「お母さん、聖堂の事務をするのよ」
……ん?今なんと?
「ほら、賜紋式でお父さんがいない理由を猊下に聞かれてしまって。色々お話しているうちに、事務のお仕事に推薦してくださったのよ」
……あのやろう。
いいことしたつもりだろうが、余計なことを!
まあ、こうなった以上は仕方あるまい。
よいこにして、母上にご迷惑をおかけしないようにせねば。
*
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「ジェレン、お母さん行ってくるわね」
「やー! やー! やぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
「ジェレンちゃん、教室入ろうねー。お母さん! 行ってください! こどもはすぐに泣き止みますから!」
「わかりました! よろしくお願いします!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
よ、よいこにせねばならぬのに、涙が止まらぬ……っ!!
「よしよしジェレンちゃんはよいこでしゅねー」
「あぅあぁぁぁ、えうっ、ひっく、うぅぅぅぅぅ」
すまぬ保育士さん、今しばらくそなたの胸を貸してくれ。あぁ、だが母上と匂いが違う。母上はもっと、こう……。
「うっ、うっ、うぐっ、あぅあぁぁぁ、ゔゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
「あらー、よしよしよしよし」
すまぬ!! 本当にすまぬーーーー!!
「子猫組さーん、朝の礼拝にきてくださーい」
扉から声がかかり、保育士さんたちが出発の準備を始める。赤ん坊たちは抱っこされ、外のカートにポイポイと入れられていく。
ああ、こやつら。小さいのに泣きもせず、えらいのう。それに引き換え、私は……。
……ええい、こうしてはおられぬ!
「一日中泣いてましたよー」などと母上に報告されては、いらぬ心配をかけてしまう。
さあ、涙をふいて前を向け。
私はジェレン。
元大聖女にして、今世は最高の恋をする娘だ!
*
初夏の風が優しく頬をなでる。
頭上では木々が影をつくり、ちらちらと陽光が踊る。
私はカートの最前列に陣取り、つかまり立ちをしながら、うっとりと目を細めた。
気持ちええのぅ。
カートのガラガラいう音と振動がまた、眠りを誘うのだ。
ガラガラガラガラガラガラガラガラ。
ずっとこうしていたい……。
「はーい、到着ー!」
早っ!!
なんだもう着いたのか?
五分も経っておら……ぬ?!
なんと!ここは聖堂ではないか!
礼拝をわざわざこんなところで行うのか?!
なんの罠だ!
勝手知ったる門をくぐり、配合まで覚えている香油の香りをかぎ、懐かしくもない祭壇の前まで進む。
そして祭壇の上には──メガネ。
……また、お前か。
にこりともせずに園児の入堂を見守っていた目が私をとらえ、驚きに見開かれる。
なんだ、知らなかったのか。
危うくストーカー認定するところだったぞ。
園児が全員揃い、女神への讃歌を合唱する。
調子っぱずれの歌、というより、これはシャウトだな。全員頭を振りながら叫んでいる。
よし、私も参戦するか。
「みこーころにー! かんーしゃーしてー!」
「おんーちょーにー! あずーかりーしー!」
おお、シャウトで歌うと新鮮で面白いな。
次、二番か。
「とこーしぇーにー!!」
聖堂に、私の声だけが響き渡った。
皆の視線が集中する。
……いや、なんで?
五番まで歌わんのか?!
それならそうと初めに言うてくれ……っ!
あっ!メガネのやつ、肩を震わせておるではないか!笑うでないわ!
「ジェレンちゃん、二番も歌えるの? すごいねー」
うう。慰めが逆に居た堪れない。
「みんなー、お祈りが終わったら帰りますよー。おめめつぶってねー」
言われた通り手を組み、女神に祈る。
頼むから今世は素敵な恋をさせてくれ。
代わりに法皇を差し出すから……。
「ジェレンちゃん、熱心にお祈りしてるわね」
「子猫組さんでこんなに真剣な子初めて見たわ」
はっと目を開けると、園児の大半が聖堂を後にしていた。
待たんか、お前ら!
「先生、その子は初めて礼拝に来たのですか?」
メガネが壇上から声をかける。
「はい。今日、入園したばかりの子です」
「では祝福をしますので、壇上へ」
ん?祝福ならもうもらったが……。
何か内緒話か?
メガネは私を抱き上げ、額に手を当てた。
「このまま黙って聞いてください。先日の零式使用が、聖堂内で問題になっております。色々な観測結果から、大聖女は転生していると結論づけられました。ただ、大人の体に宿ったのか、赤ん坊に転生したのかまではつかめていません。ご油断めされぬよう」
……やはり、聖堂が気付かぬはずないか。
しかしこのメガネ、本当に純粋に私の希望を叶えようとしてくれているのか?それとも叶えたら、おとなしく聖女になると思っているのか?
うーん。
でもまあ、今のところは素直に受けとくか。
「あーと」
礼を言いながら頬に触れると、メガネが照れたようにほほえんだ。
……おっさんがはにかむな、絵面が悪い。




