第十八話 帰りを待つ年の瀬
年末の街は、騒がしい。
屋台は多いし、人は多いし、どいつもこいつもせわしない。でも、皆が楽しそうに行き交う様子は、平和で温かい。
「お正月準備をしなくちゃね」
母上はそう言って、私の手を引いた。
事務方も休みになり、珍しく一日中一緒にいられることがとても嬉しい。
朝は一緒に台所に立って、年末の伝統菓子、ナッツたっぷりの渦巻きケーキを作った。
まぁ、私は泡立て器でぐちゃぐちゃに混ぜただけなのだが。
それが終わると、昼餉をとりながら、もらった円盤を見て、ロージュナタの必殺技を何度も真似た。
「もう、お行儀悪いわよ、ジェレン」
そう言う母上の顔は優しい。
こども園も楽しいが、母上とまったりお家ライフが居心地良すぎて、登園拒否を起こさないか心配だ。
お昼からは街に出た。
もこもこに着ぶくれし、耳当てをつけられた私は、雪が積もった道を、そろそろと歩いていく。
吐く息は白く、空は青い。
頬を刺すような冷気の中、それでも人々は楽しそうに笑っている。
聖堂前広場で、正月を迎えるためのテーブルクロスと蝋燭、それから白いチョークを買った。
これは、女神の祝福を受けるための紋様を、玄関先に書き込むためのものだ。
温かいココアを飲んでいると、聖堂前がにわかにざわついた。
遠目でも、すぐにわかる。
白いローブを翻しながら闊歩し、誰かに指示を出していると思ったら、おもむろに広場を向いて信者たちに手を振る、その姿。
きゃー!という悲鳴に近い嬌声に、私と母上は目を見合わせて、笑った。
「ゾラン様、お忙しそうね」
そう。年末年始、聖堂は忙しい。
生誕祭が終わってすぐ、今度は国家のために祈りを捧げなければならないからだ。
それなのに、上級神官であるメガネを地方に送った。
つまり、そこが危険地帯であるという証左だ。
……あいつ、大丈夫だろうか。
厄災が活性期に入ったというデータは出ていない。
むしろ、落ち着いているといえるだろう。
けれど、前触れなく二回も割れた。
結界監視網はちゃんと機能しているのだろうか。
一度確認しないと……と、思ったところで、私は苦笑する。
今世は聖女にならぬと決めたのだ。
したいことリストは1%も埋まっておらん。
だが、メガネがいなかったら、誰が一緒に叶えてくれるというのか。
……いや、まぁ、年頃の乙女になれば、求婚者などざくざくだがな?
その時、ゾランがふと空を仰いだ。
今ここには何の予兆もない。
だが、何か気掛かりがある時の、いつもの仕草。
……やめてくれ。
私はため息を吐いた。
浮かんだ心配を振り払うように、頭を振る。
帰り道、私は家々の玄関に描かれた紋様を見ながら、手直ししたくてうずうずしていた。
違う、そこはもう少し跳ねないと!
こっちは線が一本足らん!
これだと意味が逆になる!女神が逃げ出すわ!
私は適当な理由をつけて家に近付いた。
「おはながキレイでしゅ」
「ワンワン、かわいいー」
と母上の気を引きつつ、こっそりと描き直す。
こんな寄り道ばかりの娘に付き合って文句一つ言わない母上こそ、女神ではなかろうか。
その日の夜、私は新聞を広げた。
地方欄。
騎士団。
結界。
「……あった」
地名を見つけて、指でなぞる。
メガネが行くと言っていた地方だ。
記事は淡々としている。
巡回強化。
結界安定。
被害なし。
「よし」
なら問題ない。
今のところ、という言葉は気になるが、それはどこだって同じだ。
私は新聞を畳んで、ロージュナタの円盤を再生した。
必殺技は今日も派手で、闇の精霊はちゃんと浄化される。
安心設計だ。
でもなんだろう、いつもみたいに入り込めない。
心のどこかがざわざわして、落ち着かない。
風呂を済ませて布団に入り、目を閉じても眠りは訪れてくれず、私は寝返りを繰り返した。
外はしんと静まり返り、時折犬の鳴く声が聞こえるだけだ。
今頃、聖堂は全ての門を閉ざし、女神への祈りを捧げているはずだ。
それは年を越すまで続き、年越しの鐘とともに、再び開門される。
……聖女の仕事は、大変だった。
でも、こうして何もできず、心配しながら帰りを待つ方が、よほど辛い。
……心配?
そう、心配だ。元部下が危険地帯にいるなら、心配して当然だ。
ゆっくりとした、年送りの鐘が鳴り出した。
今年が、静かに終わっていく。
──年明けのいつ、帰ってくるんだろう。
……私には、関係ないのだけど。




