第十五話 聖夜のブラック労働
恋人に手編みのマフラーをプレゼントするのは重いのだろうか?
そんなことを思いながら、私は聖力を織りあげている。
張り詰めた縦糸に杼を走らせるように、模様を徐々に浮かび上がらせる。
カタン、トン、カタン。
「俺、重い女って苦手」
母上と買い物に出かけた先で、隣のベンチに座る若い男がそう言った。
「食いもんとか消えるもんならまだいいけどさ。マフラーとか、いらねぇし」
「あー、わかる。買った方がいいよな。なんか念がこもってそう」
そうか。そういうものなのか。
だが私には金がない。
あるのは時間だけだ。
真っ暗な寝室の中、小さな精霊石を持つ手元だけが淡く光る。母上に見つからないよう、寝静まった後に布団に潜り込み、こっそりと続けて三週間。
もうすぐ、完成する。
カタン、トン、カタン。
年の瀬も押し迫った頃、国は女神の生誕祭一色となる。
世間では、やれ恋人とデートだの、イルミネーションが素敵だの、プレゼントどうしよう、だの浮かれまくっておるが、これは聖堂にとってガチ神事。
十二月に入った瞬間から、堂内はさながら戦場と化す。
毎日のように大小様々な神事を執り行い、その合間に日常業務、結界構築作業などをこなし、生誕祭一週間前からは連日泊まり込みで雑魚寝の日々。本番には皆、気力だけで動いている。
だからまあ、愚痴りたくなる気持ちもわからなくはない。ないのだが。
「いやー、疲れた。ほんとーに疲れたよ」
ゾランが私を膝に抱っこしながら、大袈裟にため息を吐く。
ここは聖堂裏口すぐのホールで、神官やら聖女でごった返しているのだが、ゾランは平気な顔でサボっている。
「これで神事は終わり。後は信者に祝福を授ける列をさばくだけなんだけどね」
そうだな。それがひたすら面倒くさいんだよな?
分かるぞ?だが、幼児に言うて、どうなるもんでもあるまい?
「猫の手も借りたいくらいなんだよね。なんなら赤ん坊の可愛いお手てでもいいんだけど」
手をぷにぷにと触られる。
ええい、やめんか!
あきらめて列をさばけ!
「法皇も大聖女もいないし、上級も少ないし、ほんと人手不足なんだけど、僕、頑張ってると思わない?」
思う。思うが、同情はせんぞ。
「……聞いてる?ジェレン」
「だあ」
「……強情だなぁ。あ、祝福してあげようか?」
額に手をかざされ、私は奴の腹に頭突きを食らわせた。
「痛った!」
やめんか、バカ者!
ほぼバレているのと、完全にバレているのは違うのだ!これ以上外堀を埋めるな!
「でもさー、早く列を捌かないと、バルシュと過ごせないよ? 聖夜なのに」
待て。なんでメガネと過ごす前提なのだ。
私はここで母上を待っているだけだぞ?
まぁ、メガネに会えば、プレゼントをやらなくもないのだが。
私は、胸ポケットに忍ばせた精霊石をそっと触った。
「あ、僕にプレゼントは?」
なんでお前にやらねばならんのだ。
いや、メガネにもやる理由はないが。
まあ……日頃のお礼的な?
「じゃあ、これは僕から可愛いジェレンにプレゼントだ」
ゾランはローブのポケットから、小さな精霊石を取り出した。
ピンク色に輝く希少な精霊石。
「ロージュナタの杖の先に似てるだろう?」
……お前、なぜそれを。
まさかファンなのか?同担なのか?
それはともかく、ほんとにロージュナタの宝石にそっくりではないか。くれるのか?くれるんだな?返せと言うても返さんぞ?
私はその美しい石にそっと手を伸ばした。
「この精霊石、聖紋の中でも聖女にしか反応しないんだけどさ、イマイチ安定しないんだよね。大聖紋なら使いこなせるんじゃないかなあ?」
くそが!
私は伸ばした手を断腸の思いで引っ込めた。
触れたら光るパターンだ、これ!
思いっきり睨みつけると、ゾランは声をたてて笑った。
近くの聖女たちが驚いて振り返る。
「そんなに睨まないでよ、ジェレン。ほら、スカートのポッケに入れてあげよう。おうちで取り出すといい」
……何か盗聴器的なもんじゃないだろうな?
「うわー、何その顔。疑り深いなぁ」
ゾランは目を細めて私の鼻先をつんと触る。
「咲き誇れ。光のルシュトナ・ロージュナタ!」
そう言って、ウィンクを寄越す。
お前、いくら顔がいいからといって……。
だが周りで聖女たちの黄色い歓声があがる。
「見た?! ゾラン様のウィンク!」
「生誕祭の疲れが吹っ飛んだわ!」
「女神様からのプレゼントかしら?!」
……いいのか?これで。
幼児アニメ見てる男だぞ?
「申し訳ございません! 遅れました!」
騎士団の紋章衣を脱ぎながら、メガネが裏口から飛び込んできた。そしてそのまま神官ローブを引っ掴み、上から羽織って表祭壇への扉を開けようとして──ふと、こちらに目をとめた。
「猊下! サボらないでください!」
「わあ、見つかっちゃった」
ゾランはやれやれと立ち上がり、私をメガネに手渡した。
「……私も祝福の列に行くのですが?」
「だって僕は抱っこするのに疲れたからね。君が抱っこしながら祝福するといい」
そんな無茶な。
だがメガネは反論する時間も惜しいとばかりに、私を抱いたまま、ゾランが逃げないように腕をつかんで、扉を開けた。
信者たちの視線が一斉にこちらに向けられる。
ゾランはにこやかに手を振った。
「ゾラン様だわ!」
「うそ! 私あっちの列に並ぶ!」
……確かに、これはゾランの負担が大きそうだ。
「御心が、常にあなたとともにありますよう」
その横で、メガネは淡々と祝福を授けていく。
皆、私を不思議そうな顔で見ていくが、にっこりと笑ってやれば、「かわいいー!」となるんだから、チョロいものよ。
しかし、皆が働いているのに、抱っこされているだけというのは居心地が悪いな。
いや、でも私は子どもだしな?気に病む必要はないんだが……。
ふと、ゾランと視線が合い、彼の唇の片端がゆっくりと持ち上がるのが見えた。
お前、わざとここへ連れ出したな?!
罪悪感なんか持たんからな!
だが、メガネの顔を見上げると疲労の色が濃い。
さっきも騎士団の仕事を終えてすぐに戻ってきたようだったし、人員不足の皺寄せが、仕事のできる人間に偏っている。
これはなんとかしないといけないが、私にできることは何もない。
せめてメガネだけでも疲労回復の聖術でもかけてやりたいが……杖もないしな。
……ん?なんかポッケがごわごわしておるな。
おお!さっきもらったピンクの精霊石ではないか。
よし、面倒だがこれでやってやろう。
右手で石を握り、左手をメガネの胸に当てる。
糸を編むように、聖力をふわふわと通していく。
最後に伏せ止めをして完成。発動させる。
「はちゅどう」
ポン、と胸を叩くと、じわりと術が広がる。
ふはは。上出来上出来。
……いや、待て。なんかおかしいぞ。
広がった術が、今度は収束していく。
おいおいおいおい!ちょっと待て!
制止も虚しく、それはメガネの体を起点に、同心円状に爆発した。
ピンク色の光が聖堂内を包み、キラキラと宝石のように輝く。
「わあ! キレイ!」
「なんか、体が軽くなったような?」
「すごーい!」
……貴様!何て代物を渡しやがった!
きっと睨むと、ゾランは肩を震わせていた。
謀ったな?!
「なんだか、疲労感が軽減されましたね」
メガネが肩を回す。
まあ、当初の目的は果たせたからいいが……。
涙を浮かべて笑っているゾランを、もう一度睨みつける。
くそが!覚えとけよ!!




