第十話 転生聖女、魔法少女に憧れる
これは……恋かもしれぬ。
私は惚けたように彼女、アナを見上げる。
魔導水晶端末に映るその姿は、気高く美しい。
「怖い。けれど前を向かなければ何も変わらないわ。私に彼らを救う力があるというのなら──」
先端にピンク色の宝石のついた金杖を手に、アナが叫ぶ。
「咲き誇れ!光のルシュトナ・ロージュナタ!」
一面にピンクの花びらが舞い、アナの姿が変わる。
バラやチューリップ、ブーゲンビリアにロータス、様々なピンク色の花がドレスとなり、滑らかな背中には、透き通る妖精の羽が現れた。
美しい湖は黒く染まり、闇の精霊テムニルが蠢く。
「ロージュナタ!危ない!」
光の精霊ルーチェクが叫ぶ。
アナはテムニルの攻撃を受けて、黒い湖の中に落ちてしまう。
そこで見たものは、テムニルの悲しい過去、苦しい思い。
──違う。
アナは確信する。
攻撃するんじゃない。
私は彼らを浄化するんだ。
その願いに応えて、ピンクの宝石、ロージュニ・クリスタルが輝く。
「ピンクの閃光!ロージナティ・ブリスク!」
アナの叫びとともに、ピンク色の光が湖を包み、テムニルが光の精霊に戻っていく。
「ありがとう、ルシュトナ・ロージュナタ」
湖は美しく平穏な姿を取り戻し、アナは誓う。
あなたたちが望むのなら、私は必ずこの手を伸ばそう。ロージュニ・クリスタルの導きのままに──。
…………。
……終わった、のか?
私はしばらくの間、魔導水晶端末から目を離せなかった。
三十分、夢をみているようだった。
森と湖の美しい世界。
十四才の少女、アナの美しさ。
これが、「魔法少女ルシュトナ・トロイツァ」なのか。
(ふわぁー、終わった?)
同じベビーサークル内で、エミルが大あくびをする。
ここは病院内にある遊び場で、まわりでは数人の赤ん坊が思い思いに遊んでいる。
私はすっくと立ち上がった。
(エミル、私は決めたぞ)
(あー、なんて言うかもう分かったよ)
(魔法少女に、私はなる!!)
(……ほんと、君って子は。見てて飽きないよ)
そう、私が目指すべきは魔法少女だったのだ。
私の大聖紋は聖力を扱うに長けているが、魔力に対する適性は高くない。
だが、好きこそものの上手なれと言うではないか。
やってやれぬことはない。
(エミル、手伝ってくれ)
(やだよ)
(なっ……! そなたと私の仲ではないか。ほれ、手を出せ)
(相変わらず強引だなー。……どうぞ)
嫌々差し出された両手に、両手を重ねる。
これは、相手が送ってきた力と同等の力を返すゲームだ。
繊細な技術が要求されるため、聖力の制御のためによくエミルとやったものだ。
(でも魔力で間違えたら、最悪死ぬよ?)
(ぶつける魔力の上限は、指三本分にしておくか)
(へぇ、怖いんだ)
(はぁ?負けるそなたのことを考えてやっただけだが?)
(……指五本分。ギリギリを攻めないとつまらないだろう?)
(吠え面かくなよ)
にやりと笑い合い、ゲームを始める。
相手の取り込んだ魔力を正確に感じ取り、同じ量を取り込んでお互いにぶつける。先攻より多くても少なくても、間違えれば後攻に跳ね返る。
これを高速で行うのが楽しいのだ。
負けたら痛いが。
(へぇ、魔力でも結構やるじゃないか)
(はっ、貴様もな)
(こども園、どう?)
(おお、愉快だぞ。そなたも早く来い。私の方が先輩だからな、しっかり敬え)
(はいはい。そういや、毎朝聖堂行くんだろ?)
(そうだ。歌うのは一番だけだからな。教えておいてやる)
(毎朝バルシュに抱きついてるんだってね)
(……なっ、なんで、いや、あれは情報収集のためにだな……って、痛った!!)
(はーい、僕の勝ちー)
(卑怯なり!!)
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち!!
お互いにはたきあっていると、ふわりと聖堂の香りが鼻先をかすめた。
メガネか?
振り返って見上げると、真っ黒なローブのあの男がこちらを見下ろしていた。
宰相、イェルネイだ。
私を見ると目を見開き、それから眉間に深い皺を寄せた。
……なんか文句でもあんのか。
「……戻りますよ、殿下」
愛情のかけらもない、低い声。
また王命でも受けて渋々やって来たのか?
でもなんでこんなやつに見舞わせるんだ?
そう思っていると、宰相はエミルをゆっくりと抱き上げた。
ん?前は看護師に命じたのに、今回は抱っこするんだな。ちょっとは仲良くなったのか?
(なあ、エミル。なんで宰相が来るんだ?)
(……僕の後見人みたいなものだからね)
なるほど。
エミルの母君は一番の寵妃だが、あまり身分が高くないと聞いたことがある。
(まぁ、王から頼みこまれただけで、イェルネイは気乗りしてないんだけどね。彼に娘でもいれば、違ったんだろうけど)
……なんで娘?
エミルは小さな手を振って、それ以上は何も言ってくれなかった。
宰相は扉の前でこちらを振り返り、私をじっと見つめたかと思うと、ふん、と鼻を鳴らして出て行った。
……喧嘩売ってんのかこら。




