第7話 ステータスオープン!
田中が臨時休業の張り紙を出しに行っている間に、俺たちは次の動きを決めることにした。
帰れるかどうかは、まだ分からない。
だからといって、何もしないで待っているわけにもいかない。
今夜までに帰れなかった場合に備えて、最低限の生活環境だけは作っておく。
「じゃあ、役割分担しましょう」
山本が業務端末を見ながら言った。
二階の集中レジ前は、すっかり俺たちの本部になっている。
山本と木村は、そのままここに残る。
山本が全体の連絡と判断補助。
木村が各班から上がってくる報告を記録して整理する。
何かあった時に戻る場所が一つ決まっているだけでも、かなり動きやすい。
「その前に」
俺は全員を見た。
「今日から当面、個人スマホの携帯を許可する」
伊藤が少し驚いた顔をする。
「いいんですか?」
「非常事態だからな。今までの勤務ルールは一旦なし」
「店長公認ですね」
「遊ぶためじゃないぞ」
普段は勤務中の個人スマホはロッカーに預ける決まりだ。
店長の俺だけは仕事の都合で持ち歩いていたが、今は四階建ての店内に全員が散って動くことになる。
インカムもあるにはある。
ただし、全員分あるわけじゃない。
社員でも担当によって持っていない人間はいるし、アルバイトの渡辺は基本的に持っていない。
当然、外部業者の石井さんにも支給できない。
なら、全員が確実に使える連絡手段を一つ作っておいた方がいい。
「一回、全員スマホ持ってきて」
それぞれが更衣室のロッカーへ向かい、しばらくして集中レジ前へ戻ってきた。
「高橋、全員入ったチャットグループ作れる?」
「作れます」
「じゃあ、その場で全員登録しよう」
普段からスタッフ全員がお互いの個人連絡先を知っているわけじゃない。
部署が違えば、連絡先を交換していない相手だって普通にいる。
高橋を中心に、その場で一人ずつ登録していく。
その途中で、俺は石井さんを見る。
「石井さんも入ってもらっていいですか?」
「私もですか?」
「はい」
少し言葉を選ぶ。
「石井さんはうちの社員じゃないんで、本来なら俺から指示命令する立場じゃないんですけど……」
「ええ」
「今はこういう状況ですし、情報共有だけでも一緒にしてもらえると助かります」
石井さんはすぐにうなずいた。
「もちろんです」
「あと、必要な時に何かお願いすることもあると思います。ただ、それも命令って意味じゃなくて」
「分かってますよ」
石井さんが少し笑う。
「非常時ですし、できることなら手伝います」
「ありがとうございます」
そのまま石井さんも登録する。
少しして、十四人全員が入ったチャットグループができた。
「基本の連絡はこれでいこう。何か分かったら、写真付きでここに投げて」
俺はスマホを掲げる。
「インカム持ってる人は、緊急ならそっちを使っていい。ただ、全員が聞けるわけじゃないから、落ち着いたらチャットにも残して」
山本がうなずく。
「持ってない人は?」
「近くにインカム持ってる社員がいたら声かける。それが無理ならチャット。とにかく一人で抱え込まない」
「了解です」
渡辺が自分のスマホを見る。
「じゃあ俺は基本チャットですね」
「そうなるな」
「石井さんもチャットでお願いします」
「分かりました」
木村もメモを取りながら言う。
「上がってきた情報は、こっちでまとめておきます」
「頼む」
これで、誰かだけ連絡手段から外れることはない。
次は役割分担だ。
「まず生活スペース」
俺は四階の方を見る。
「会議室と更衣室を使える状態にする」
吉田が手を上げた。
「家具とか寝具の確認も一緒にします?」
「頼む。ただし、まだ商品は開けないでくれ」
「分かりました」
「毛布は防災備蓄から。会議室の机と椅子は端に寄せるか、邪魔なら外へ出そう」
「ロッカーは?」
「中身を各自回収してからだな。必要なら外に出す」
男性陣は四階の会議室。
女性陣は、男女両方の更衣室を使う。
とりあえず今夜だけなら、毛布があれば何とかなる。
帰れないと分かってから、ベッドやマットレスを使うか考えればいい。
俺は石井さんを見る。
「石井さん、もしよければ、生活スペースの清掃も見てもらえますか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
それから吉田、田中、渡辺を見る。
「ただし、石井さん一人に掃除を全部やらせるなよ」
田中が苦笑する。
「もちろんです」
「自分たちが寝る場所なんだから、自分たちでも掃除する。石井さんには段取りを見てもらう感じで」
「了解です」
渡辺が言う。
「机運んで、掃除して、寝床作りですね」
「そういうこと」
「力仕事だけじゃなかった」
「当たり前だろ」
石井さんが少し笑った。
「じゃあ、掃除道具の準備と順番は私が見ますね」
「助かります」
「生活スペースは吉田中心。田中と渡辺が設営。清掃は石井さんに見てもらいながら、みんなで」
「了解です」
次。
「シャワー周りも確認しておこう」
仮眠室そのものは一人用。
全員が寝るには使えない。
でも、その横にあるシャワールームは使える。
問題は、十四人で回せる設備なのかどうか。
「小林、仮眠室とシャワー確認してもらえる?」
「分かりました」
「給湯が貯湯式か瞬間式か。それと、連続運転できる時間も分かれば確認して」
「見てきます」
佐藤も手を上げた。
「電源側も一緒に見ますよ」
「頼む」
俺は少し考えて付け加える。
「あと、ポータブル電源」
佐藤が顔を上げる。
「展示機ですか?」
「ああ。売場に出てるやつ、全部通電して充電しといて」
「全部ですか?」
「全部」
今は太陽光発電も大型蓄電池も動いている。
でも、それがずっと続く保証はない。
店の電源設備に何かあった時、持ち運べる電源があるのとないのとでは全然違う。
「電気があるうちに、使える電池は貯めとこう」
「分かりました」
「満充電になったら、容量も分かるように一覧にしといて」
「了解です」
展示機とはいえ、今は立派な非常用電源だ。
使わずに置いておく理由はない。
次は在庫。
「食料と日用品も確認しよう」
加藤がうなずく。
「数量、ざっくりでいいですか?」
「まずはそれでいい。何日分あるか分かれば十分」
水については、まだ飲用を保留している。
だから飲料水の在庫は特に重要だ。
食料。
飲み物。
トイレットペーパー。
ティッシュ。
洗剤。
歯ブラシ。
普通のタオルなら、防災備蓄にもある。
「……バスタオルは?」
山本が聞く。
「それはないですね」
「シャワー使うなら必要ですね」
「売場から下ろすか」
加藤が確認する。
「商品、使います?」
「必要最低限だけな。さすがに全員フェイスタオル一枚で体拭けってのもな」
「まあ、そうですね」
「使った分は全部記録しといて」
木村がすぐにメモを取る。
「バスタオル、生活用品として使用。数量記録」
「頼む」
そこで伊藤が、自分の制服を見ながら聞いた。
「あと、着替えはどうします?」
「それは夜になっても帰れなかったらでいいだろ」
日用品売場には、ジャージや下着、Tシャツ、靴下くらいならある。
今日中に帰れる可能性があるうちは、そこまで商品を使う必要はない。
「夜になっても帰れなかったら、必要な人は各自持っていこう。使った分は記録で」
「分かりました」
全部の商品を好きに使うつもりはない。
でも、生活に必要なものまで我慢する意味もない。
帰れた時に説明できるよう、使ったものはきちんと記録する。
それでいこう。
「加藤と森で、食料と日用品を見てきて。必要そうなものがあったら一覧にして」
「分かりました」
「了解です」
鈴木には、バックヤードと車両、それから搬入口周辺をもう一度見てもらうことにした。
何か変化がないか。
燃料や工具で使えそうなものは何があるか。
長引くなら、その辺も重要になる。
伊藤と高橋には、二階を中心に必要な売場の確認を頼んだ。
そして。
「店長は?」
山本が俺を見る。
「俺?」
「全体見て回ってください」
「雑じゃない?」
「店長なので」
「便利な言葉だな、それ」
「何かあれば判断してください」
「はいはい」
そうして、全員が再び散っていった。
集中レジ前に残ったのは、山本と木村。
俺はしばらく各班の動きを見てから、売場を歩き始めた。
四階へ向かう田中たち。
食品売場へ向かう加藤と森。
仮眠室を確認しに行く小林と佐藤。
みんな、思ったより普通に動いている。
いや。
普通なわけがない。
店の外には、見たこともない草原と森が広がっている。
それなのに、店内だけ見ていると、棚卸し前の大掛かりな作業みたいにも見える。
「……人間、慣れるの早いな」
俺もだけど。
二階を歩きながら、ふと、さっきの会話を思い出した。
――お告げ。
――神様。
――スキル。
――ステータス画面。
そして。
《管理者選定》
《中村大祐》
《現地適応処理 完了》
足が止まった。
「…………」
いや。
ないだろ。
そんなもの。
だいたい、四十三歳の家電量販店店長だぞ。
若返っただけでも十分おかしいのに、さらにステータスまで出たら、いよいよ意味が分からない。
「……ないない」
小さく呟く。
歩き出す。
数歩。
また止まる。
「…………」
でも。
管理者選定。
あれは確かに俺の名前だった。
「いや、だからって……」
周囲を見る。
誰もいない。
売場ではスタッフがそれぞれ作業している。
俺は少し考えてから――
トイレへ入った。
個室。
鍵をかける。
「…………」
静かだ。
何やってんだ俺。
四十三歳。
店長。
異世界のトイレの個室で、一人。
「……ステータス」
何も起きない。
「…………」
ほらな。
そう思ったのに。
なぜかもう一度試したくなる。
「ステータスオープン」
その瞬間。
目の前に、半透明の画面が浮かんだ。
「…………は?」
本当に出た。
しばらく瞬きすら忘れていた。
《STATUS》
中村大祐
年齢:18
所属:カワダ電器 東山店
階級:店長
職業:商人
個人Lv.1
HP:100 / 100
MP:30 / 30
筋力:8
体力:10
敏捷:9
知力:14
器用:13
精神:15
《基本能力》
・万能言語理解
・販売力
・簡易鑑定
・両替
《固有スキル》
・鑑定
・管理者 Lv.1
・チームビルド Lv.1
・スキル貸与 Lv.1
「…………」
まず見るところが多すぎる。
いや。
待て。
「18……?」
そこだ。
見た目だけじゃない。
本当に18歳になってるらしい。
43年間の記憶はそのまま。
でも、身体は18歳。
「……どういう基準なんだよ」
次。
所属。
カワダ電器東山店。
階級。
店長。
職業。
商人。
「異世界来てまで、そこ変わらないのかよ……」
勇者とか。
剣士とか。
魔法使いとか。
そういうのじゃない。
商人。
あまりにも現実的だった。
その下には、見慣れない能力名が並んでいる。
万能言語理解。
販売力。
簡易鑑定。
両替。
そして。
鑑定。
管理者。
チームビルド。
スキル貸与。
「…………」
一つずつ意味を考えようとして――やめた。
情報が多すぎる。
というか。
本当に出た。
異世界。
若返り。
謎のメッセージ。
その上、ステータス画面まで。
俺は半透明の表示を見つめたまま、しばらく動けなかった。
「……お約束、本当にあるんだな」
誰もいないトイレの個室で。
43歳の店長は、
18歳の《商人》になっていた。




