第6話 本日、臨時休業
「とりあえず、すぐ帰れるかどうかだな」
俺が言うと、山本がうなずいた。
「そこですね」
集中レジ前。
確認できるものは一通り確認した。
電気は使える。
水も出る。
トイレも使える。
インターネットも見られる。
店のシステムも動いている。
発注まで通る。
なのに、外は見たこともない草原と森。
地球には連絡できない。
山本が業務端末を見ながら続ける。
「今日中とか、明日には戻れるなら、そこまで大掛かりに動く必要はないと思います」
「うん」
「でも、長期になるなら話は別です」
それはそうだ。
一日なら、何とかなる。
二日でも、まあ何とかなる。
でも。
一週間。
一か月。
それ以上。
そうなれば、これはもう臨時休業どころの話じゃない。
「まず、何日くらい店だけで持つ?」
俺が聞くと、山本が資料を確認する。
「防災備蓄だけなら、想定は百人で三日程度です」
「百人?」
「はい」
水。
非常食。
簡易トイレ。
毛布。
衛生用品。
普通のタオル。
災害時に最低限必要になるものは、一通り備蓄してある。
そもそも、この店の太陽光発電と大型蓄電池も、災害時に店舗単独で動けるようにするためのBCP対策の一つだ。
普通に営業するくらいの電力を使っても、雨天が三日ほど続く程度なら耐えられる想定。
テレビや展示家電、不要な照明を落として最低限に絞れば、もっと長く持つ。
「十四人なら、備蓄だけでも結構持つな」
「単純計算なら、ですけどね」
山本が言う。
もちろん、そのまま百人分を十四人で割ればいいという話でもない。
水の使い方。
食料の内容。
衛生面。
電力。
そして、いつ帰れるのか分からないという不安。
それでも。
何もないよりは、ずっとマシだった。
「寝る場所も考えないとな」
俺が言うと、吉田が三階の方を見る。
「寝具売場ありますよ」
ある。
ベッドもある。
マットレスもある。
布団もある。
枕もある。
十四人が寝るくらいなら、商品を開ければどうにでもなる。
でも。
「まだ開けない」
俺が言うと、加藤がこちらを見る。
「使わないんですか?」
「今日の夜まで様子見」
「どうしてです?」
「明日の朝、普通に元に戻ってたらどうする」
「あ」
「開封したベッドとかマットレス、誰が払うんだよ」
加藤が少し考える。
「商品処理が必要ですね」
山本が言った。
「店長承認で」
「異世界転移を経費で落とせる会社あるか?」
何人かが笑った。
笑えるだけ、まだ余裕はあるらしい。
「帰れないなら使う。帰れるなら商品だ」
それでいい。
今は、最低限。
生活できる状態だけ作る。
「四階の会議室使うか」
四階には四十人程度入れる会議室がある。
空調もある。
普段は研修やメーカー説明会、会議なんかに使う場所だ。
机と椅子を寄せれば、かなり広い。
「男は会議室でいいだろ」
田中が言う。
「七人でしたっけ?」
「男は七人だな」
俺。
佐藤。
小林。
田中。
森。
渡辺。
鈴木。
七人。
四十人用の会議室なら余裕だ。
「冷暖房もありますしね」
吉田が言う。
「この世界に猛暑とかあったら知らんけどな」
「やめてくださいよ」
田中が嫌そうな顔をする。
外の季節すら分からない。
今は過ごしやすい。
でも、この先もそうとは限らない。
「女性は更衣室ですね」
山本が言った。
四階には男女それぞれの更衣室がある。
どちらも独立した部屋で、鍵もかかる。
女性も七人。
山本。
木村。
吉田。
高橋。
伊藤。
加藤。
石井さん。
「男の更衣室も女性側に使っていいよ」
「いいんですか?」
「男は会議室で寝るんだから、いらないだろ」
ロッカーの中身だけ各自回収して、必要ならロッカーそのものも移動させればいい。
二部屋あれば、七人でもある程度余裕が作れる。
「石井さんも、それで大丈夫ですか?」
「私は大丈夫ですよ」
石井さんが答えた。
「ありがとうございます」
俺が言う。
社員じゃない石井さんまで巻き込まれている。
だからこそ、当然のようにこちらの都合を押しつけたくはなかった。
「毛布は備蓄を使おう」
「それなら商品開けなくて済みますね」
「うん。今夜だけなら十分だろ」
それから。
もう一つ。
「四階の仮眠室も使えるよな」
「ありますね」
山本が答える。
名前こそ仮眠室だが、小さな一人用の部屋だ。
全員が寝る場所として使えるような広さではない。
ただ、その横にはシャワールームがある。
部屋の中には簡単な調理台と水道もある。
「寝る場所っていうより、シャワー使う時の脱衣場にした方がよさそうだな」
「その方が使いやすいですね」
山本もうなずく。
着替えを置いたり、順番待ちをしたり。
シャワーを使うなら、そのためのスペースがあった方がいい。
もし本当に長期になるなら――
「洗濯機もここに置けそうだな」
小林が部屋の位置を思い浮かべるように言った。
「水道もありますし、排水が取れればいけそうですね」
「帰れなかったら考えよう」
三階には洗濯機がいくらでもある。
もちろん全部商品だ。
だから今すぐ開ける気はない。
でも、何日も暮らすことになれば話は別だ。
調理台と水道もあるなら、簡単な飲み物や食事の準備にも使えるかもしれない。
寝室とは別に、生活用の水回りを一か所にまとめられる。
それだけでもかなり助かる。
「で、シャワーのお湯出るかな」
俺が言う。
小林が少し考えた。
「給湯設備次第ですね」
「貯湯式か、瞬間式か」
どちらなのか。
今まで気にしたこともない。
普段、店長が従業員用シャワーの給湯方式まで覚えているわけがない。
貯湯式なら、あらかじめ温めたお湯をタンクに貯めて使う。
当然、使えば減る。
十四人で順番に浴びれば、途中でなくなる可能性がある。
瞬間式なら、使う時にその都度お湯を作る。
タンクの量を気にする必要はない。
ただし、今度は連続してどれくらい運転できるのかを確認した方がいい。
「そこは後で実物見よう」
「そうですね」
小林がうなずいた。
今考えても分からないものは、見ればいい。
それでいい。
一通り生活面の話をしたところで、田中がふと思い出したように言った。
「でも、こういう時って普通、何かないんですか?」
「何が?」
「異世界ですよ?」
「だから?」
「お告げとか」
森が反応する。
「あー」
田中が続ける。
「神様とか女神様が出てきて、『あなたたちは選ばれました』みたいな」
「ないな」
俺は即答した。
「スキルとかも?」
「ない」
「ステータス画面は?」
「ない」
「店長、試しました?」
「なんで俺がやるんだよ」
「だって」
田中が俺を見る。
それにつられて、何人かも俺を見る。
嫌な予感がする。
「この中で、一人だけ若返ってるじゃないですか」
「…………」
そうだった。
全員そのまま。
俺だけ。
四十三歳から、どう見ても二十歳前後。
いや。
もっと若いかもしれない。
「店長だけ、絶対なんかありますよ」
森まで言い出す。
「ステータスオープン、とか」
「やらん」
「スキル一覧」
「やらん」
「アイテムボックス」
「ないから」
「鑑定」
「家電量販店の店長に何を鑑定させる気だ」
笑いが起きる。
山本まで、少し笑っている。
そして。
山本が俺を見る。
「本当に、何もなかったんですか?」
「…………」
一瞬。
事務所のパソコンに表示された文字が頭をよぎった。
《移送処理 完了》
《管理者選定》
《中村大祐》
《現地適応処理 完了》
「…………」
「店長?」
「ないよ」
少し間が空いた。
田中が言う。
「今、間ありましたよね?」
「ない」
「絶対なんかあるじゃないですか」
「ないって」
まだ。
言う必要はない。
俺自身、あれが何なのか分かっていない。
証拠もない。
説明もできない。
だったら。
今は、余計な不安を増やすだけだ。
その時。
ふと、時計が目に入った。
「……あ」
「どうしました?」
山本が聞く。
「開店時間、過ぎてる」
一瞬。
全員が黙った。
田中が時計を見る。
「ほんとだ」
「田中」
「はい」
「入口に臨時休業の張り紙出してきて」
田中が止まった。
「……必要ですか?」
「必要だろ」
「でも」
田中が正面入口の方を見る。
その先にあるのは、道路じゃない。
草原。
森。
知らない世界。
「誰が来るんです?」
「…………」
正論だった。
そもそも道路がない。
客どころか、人がいるのかも分からない。
「いや、でも出す」
「なんでです?」
「店だからだよ!」
また笑いが起きた。
俺は少し考える。
「理由は……『都合により』でいい」
田中が笑う。
「異世界転移のため、じゃなくて?」
「書けるか!」
田中は笑いながら、一階へ向かっていった。
カワダ電器東山店。
本日、臨時休業。
理由。
異世界転移のため。
……さすがに、それは書けなかった。




