第5話 使えるもの、使えないもの
集中レジ前に戻って少しすると、最初の報告が上がってきた。
加藤と石井さんだ。
「店長」
「どうだった?」
「水、出ます」
「トイレも普通に使えましたよ」
石井さんが続ける。
「水圧もいつも通りだと思います。清掃で毎朝使ってるので、その辺は分かります」
「給湯は?」
「使えます」
「よし」
思わず少し安心した。
水が出る。トイレが使える。
それだけでもかなり大きい。
……が。
「ちょっと待て」
急に引っかかった。
「この水、どっから来てる?」
加藤と石井さんが黙る。
「…………」
「いや、店ごと飛んでるんだぞ」
店の周りには道路すらない。
当然、水道管がどこかの浄水場まで伸びているとも思えない。
「なのに普通に蛇口ひねったら水出るって、おかしくないか?」
「おかしいですね」
加藤が即答した。
「あと、排水された水ってどこ行ってるんでしょう」
「それな」
トイレは流れるし、手洗いも使える。
排水口にも普通に水が落ちていくが、その先がどこに繋がっているのかは分からない。
「あとさ」
もう一つ気づく。
「これ、飲んで大丈夫なのか?」
石井さんが少し困った顔をする。
「見た目も匂いも、いつもの水ですけどね」
「だからって飲んで平気とは限らないですよね」
加藤が言う。
「水質検査とかできる?」
「簡単な確認ならできるかもしれませんけど、完全に安全かまでは……」
「だよなぁ」
少し考える。
水は出る。
トイレも流れるし、給湯も使える。
臭いもないし、濁りもない。
今のところ、普段の水と何も変わらない。
「……まあ」
俺は頭をかく。
「使えてるから、ひとまずよしとするか」
「いいんですか、それで」
「今ここで考えても答え出ないだろ」
「それはそうですけど」
「飲むのは念のため後回し。手洗いとかトイレは普通に使おう」
「分かりました」
「何か変なことがあったら、すぐ報告」
加藤がうなずく。
木村もメモを取る。
「水道、トイレ、給湯は使用可能。水源、排水先不明。飲用は保留……」
「そう書かれると急に怖いな」
「事実なので」
「まあ、そうだけど」
続いて小林が戻ってきた。
「白物、調理家電、今のところ問題ありません」
「電気来てる?」
「来てます」
木村が書き込む。
「白物、調理家電、通電確認」
次は佐藤。
「黒物も通電してます。テレビもパソコンも普通に動きます」
「……普通に?」
「少なくとも機械側は」
佐藤が少し考える。
「ただ、店長」
「ん?」
「そもそも何で電気来てるんですかね」
全員が止まった。
そうだ。
店ごと移動している。
道路もないし、電柱もない。
当然、日本の電力網に繋がっているはずもない。
でも――
「太陽光か」
俺も思い出した。
佐藤がうなずく。
「たぶん、それです」
東山店は二年前に建てた時から、屋上に太陽光発電設備と大型蓄電池を備えている。
災害時にも店舗単独である程度稼働できるよう、最初からオフグリッド運用に対応した設計だ。
「蓄電池の残量は?」
「かなり余裕はあるはずです」
佐藤が答える。
「設計上は、普通に営業してる状態でも、雨の日が三日くらい続いて持つ想定です」
「営業状態で三日?」
「はい。売場の照明も、展示家電も、それなりに動かした状態でです」
それなら、不要なものを落とせばかなり長く持つ。
……ただ。
「待てよ」
俺は窓の外を見る。
明るい。
見慣れない世界の空に、ちゃんと太陽らしきものが浮かんでいる。
「こっちの太陽でも、太陽光って発電するのか?」
佐藤も一瞬止まった。
「……そこは確認した方がいいですね」
「山本」
「はい」
「発電量、端末から見られる?」
山本が手元の業務端末を操作する。
「少し待ってください」
数秒。
画面を見た山本が眉を上げる。
「……出ました」
「どう?」
「発電してます」
「本当に?」
「はい。今のところ数値も通常範囲です」
俺は思わず窓の外を見る。
月は二つ。
見たこともない草原。
どう考えても日本じゃない。
でも、太陽光パネルは普通に仕事をしているらしい。
「じゃあ少なくとも、昼間は充電できるってことか」
「現状はそうですね」
佐藤もうなずく。
「これなら、消費を抑えればかなり持つと思います」
「よし」
少しだけ安心する。
とはいえ、いつ帰れるかは分からない。
三日なのか、一週間なのか、一か月なのか。
もっと長いのか。
だったら――
「展示、落とそう」
「了解です」
「冷蔵設備とか通信とか、必要なもの優先。照明も必要な場所だけ」
「そこまで落とせば、かなり節電できます」
「ああ」
営業状態でも雨が三日続いて持つ。
さらに今は、売場を通常営業させる必要がない。
だったら、相当余裕は作れるはずだ。
それでも、余裕があるから使うんじゃない。
余裕があるうちに温存する。
「使えるうちに、少しでも貯めとこう」
「了解です」
木村も書き込む。
「太陽光発電、異世界でも稼働確認。節電。展示家電停止。必要設備を優先」
「異世界でもって書くんだ」
「重要なので」
「まあ、そうだな」
その後も報告が続いた。
吉田からは、家具とアウトドア売場に大きな異常なし。
森からは、
「ゲーム機も普通に動きます」
「そうか」
「ネット対戦も確認します?」
「後でいい」
「ですよね」
木村が『ゲーム機、動作確認』だけを書いた。
鈴木と渡辺からは、バックヤード、搬入口、商品受け渡し口、車両。
どれも残っているとの報告だった。
「トラックも軽もエンジンかかったぞ」
「燃料は?」
「今入っとる分だけだな」
「了解」
木村が書く。
「車両使用可能。燃料補給手段なし」
最後に戻ってきたのは、田中と伊藤。
「正面入口、シャッター問題なしです」
「セキュリティも動いてます」
「侵入検知は?」
「反応します」
「よし」
店の設備そのものは、想像以上に生きている。
そこへ高橋が戻ってきた。
顔が少し難しい。
「店長」
「どうだった?」
「変です」
「それ、俺も思ってる」
「店長からのメッセージは届きました」
「うん」
「売場の端末同士でも通信できます。Wi-Fiも使えます」
「ネットは?」
「見られます」
「日本側は?」
「ダメです。電話も、メールも、メッセージも送れません。SNSも投稿できません」
やっぱりか。
「こっちの世界にある端末同士なら通る?」
「今確認できた範囲では、そうです」
「世界を跨ぐとダメってことか?」
「……たぶん、そういうことだと思います」
「なんなんだ、それ」
「私が聞きたいです」
高橋が少し不機嫌そうに売場端末を見る。
通信担当としては、相当気持ち悪い状況なんだろう。
木村が記録する。
「インターネット閲覧可能。異世界側同士の通信可能。日本側への外向き通信不可……」
そして。
山本が手を上げた。
「店長」
「ん?」
「もっと変なのがあります」
嫌な予感がする。
「何」
「業務端末です」
山本が画面をこちらへ向けた。
見慣れた、カワダ電器の商品管理システム。
商品マスター。
在庫。
売上。
発注画面。
どれも普通に開いている。
「東山店の在庫も出てます」
「本部在庫は?」
「見られます」
「昨日の売上も?」
「全部出てます」
そこまでは、まだ分かる。
普通のインターネットも、日本側の情報を見ること自体はできている。
問題は――
「発注は?」
山本が俺を見る。
「……試します?」
「安いやつ一個で」
「分かりました」
山本が商品を選ぶ。
消耗品を一つ。
数量1
いつもと同じように発注ボタンを押した。
数秒。
『発注を受け付けました』
「…………」
俺と山本が画面を見る。
「通った?」
「……通りました」
「マジで?」
「発注番号も出てます」
普通のメッセージは送れない。
メールも送れない。
電話も繋がらない。
SNSにも投稿できない。
なのに、発注だけは通った。
「……意味分かんねえな」
「私に聞かないでください」
「聞いてない」
木村がメモに書き足す。
「カワダ電器業務システム。閲覧可能。発注処理も可能……」
俺はその文字を見ながら、昨日までなら何でもなかった発注画面を見つめる。
日本には連絡できない。
でも、商品だけは頼める。
この店は、日本と完全に切れたわけでもないらしい。
木村がメモを見ながら言った。
「一回まとめますね」
全員がそちらを見る。
「水道、トイレ、給湯は使用可能。ただし水源と排水先は不明。飲用は一旦保留」
「電気も使用可能。太陽光発電と蓄電池でオフグリッド稼働中。こっちの太陽でも発電確認済み。ただし節電」
「店内設備、車両、商品は今のところ大きな異常なし」
「インターネット閲覧は可能。こっちの世界にある端末同士の通信も可能」
一度区切る。
「ただし、日本側への電話、メール、メッセージ、SNSなどの送信は不可」
そして、
「カワダ電器の業務システムは閲覧可能。発注処理も可能」
「発注だけ通るのが一番意味分かんないな」
「ですね」
木村のメモを見る。
こうして並べると、使えるものは思ったより多い。
水が出るし、電気もある。
食料もあるし、車も残っている。
店そのものも生きている。
少なくとも、今日すぐにどうにかなる状況ではなさそうだ。
張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
山本が業務端末を置く。
「で」
「ん?」
「店長。これからどうします?」
全員が俺を見る。
「…………」
帰る方法は分からない。
外に何がいるのかも分からないし、ここがどこなのかすらまだ分からない。
分からないことだらけだ。
でも、水は出る。電気もある。
食い物もあるし、寝る場所だってどうにかなる。
俺は時計を見る。
本来なら、そろそろ開店時間だった。
「……とりあえず」
全員が俺を見る。
「今日、どうする?」
「そこからですか?」
山本のツッコミが、集中レジ前に響いた。




