第4話 管理者選定
全員がそれぞれの持ち場へ散っていった。
集中レジ前に残ったのは、俺と山本、それから木村の三人だけだ。さっきまで十人以上いた場所が、一気に静かになる。
「さて」
俺も何か確認するか。
そう思ってズボンのポケットに手を入れたが、何もない。反対側も、胸ポケットも同じ。
「……あれ?」
「どうしました?」
山本が業務端末を操作しながら聞いてくる。
「スマホがない」
「落としたんじゃないですか?」
「いや……」
今朝の行動を思い返す。
店に着いて、事務所に入って、机に荷物を置いた。
そうだ。
「事務所だ」
「四階ですか?」
「ああ。充電しようと思って机に置いたままだ」
たった数十分前まで、普通に仕事を始めるつもりだった。それが今では、店ごと異世界。
人生、何があるか分からない。
限度はあるけど。
「取ってくる」
「私が行きましょうか?」
「俺のスマホだからいいよ。山本はそのまま調べてて」
「分かりました」
俺は木村を見る。
「木村、誰か戻ってきたら報告を聞いて、内容を記録しておいて」
「分かりました」
「使えるもの、使えないもの、異常があったところ。全部」
「まとめておきます」
「頼む」
そう言って、俺は階段へ向かった。
四階まで上がる。昨日までなら、それなりに息が切れていたはずなのに、今日はそうでもない。
身体が妙に軽い。
「……若いってすげえな」
嬉しいような、怖いような。
複雑だ。
四階に着くと、廊下は静まり返っていた。
事務所のドアを開ける。
「…………」
いつもの事務所だった。
壁のホワイトボード。積まれた書類。スタッフの予定表。
俺の机の上には、途中まで飲んでいた缶コーヒーまで置いてある。
窓の外さえ見なければ、今日も普通に仕事が始まりそうだった。
そして机の上には、探していたスマホ。
「あるじゃん」
手に取ると、画面は普通に点いた。時刻も合っている。
ただし――
「圏外……」
まあ、そうだろう。
異世界に携帯基地局がある方がおかしい。
ところが、Wi-Fiの表示は出ている。
「……繋がってる?」
試しにブラウザを開く。
検索サイトが表示された。
「は?」
適当に検索してみると、普通に結果が出る。ニュースサイトも開くし、内容も読める。
「いやいやいや……」
窓の外を見る。
草原。遠くの山。空には二つの月。
もう一度スマホを見る。
表示されているのは、日本のニュースだ。
「どうなってんだよ」
今度はメッセージアプリを開いた。
うちでは、勤務中の個人スマホは基本的にロッカーへ預ける決まりになっている。
売場で自分のスマホを持ち歩いているのは、業務上必要な俺くらいだ。
だから、他の連中がまだ個人スマホで通信を試していないのも当然だった。
まず、本部にいる同期の北村を選ぶ。
付き合いも長いし、多少変なメッセージを送っても、あとで説明すれば何とかなる相手だ。
『テスト。見えたら返信くれ』
送信。
だが、表示は送信中のまま動かない。
「……送れないのか」
もう一度試しても変わらない。
メールも送れない。SNSも投稿できない。
見ることはできるのに、こちらから日本側へ何かを送ろうとすると止まる。
「見るだけってことか……?」
そこで、ふと思う。
日本にいる北村には送れない。
じゃあ――
同じこっちの世界なら?
俺は高橋に連絡を入れた。
スマートフォン売場を確認しているなら、通信確認に使える端末くらいあるだろう。
『高橋、売場の端末でメッセージ確認できるか?』
今度は――
送信された。
「……お?」
少しして返信が来る。
『できます。店長から届きました』
「こっちは通るのかよ……」
もう一度、北村へのメッセージを見る。
こちらはまだ送信中のまま。
高橋には届く。
北村には届かない。
違いは一つ。
高橋は、この世界にいる。
北村は、日本にいる。
「……世界を跨ぐと送れない?」
少なくとも、今のところはそう考えるしかなさそうだった。
その時だった。
机の上のパソコンが、勝手に点いた。
「……ん?」
電源なんて入れていない。
画面は真っ黒で、その中央に白い文字だけが浮かんでいる。
《移送処理 完了》
「…………」
思わず固まった。
表示が切り替わる。
《対象》
《カワダ電器 東山店》
「移送……?」
さらに次。
《管理者選定》
《中村大祐》
「…………は?」
俺の名前だ。
間違いなく、俺。
選定。
その言葉だけが頭に残る。
「俺が……選ばれた?」
偶然じゃない?
俺がいたから東山店がここへ来たのか。
それとも、この店と一緒に俺が選ばれたのか。
分からない。
さらに表示が変わった。
《現地適応処理 完了》
現地適応。
その言葉を見た瞬間、無意識に自分の顔を触っていた。
四十三歳だった俺が、今では二十歳前後。下手をすれば高校生にすら見える身体になっている。
「……まさか」
これも、現地適応?
「なんで俺なんだよ」
画面に聞いてみる。
当然、返事はない。
そして数秒後、表示は消えた。
「は?」
慌ててマウスを動かすと、普通のログイン画面に戻っている。さっきの文字はどこにもない。
再起動しても変化なし。
履歴を探しても、当然のように何も残っていない。
「…………」
幻覚?
いや。
確かに見た。
移送処理。
カワダ電器東山店。
管理者選定。
中村大祐。
現地適応処理。
少なくとも、この店がここへ来たのは偶然ではない。
そして俺は、何かに選ばれた。
「……なんでだよ」
そこだけが、何も分からない。
山本に言うべきか。
少し考えたが、証拠はないし、理由も分からない。
今話したところで、ただ混乱させるだけかもしれない。
「……後でいいか」
スマホをポケットに入れ、俺は集中レジへ戻った。
山本は業務端末と睨めっこしていて、木村はレジ横にメモを広げている。
「店長、スマホありました?」
「あった」
「回線は?」
「圏外。でもWi-Fiは繋がってる」
山本が顔を上げる。
「ネットもですか?」
「見るだけなら」
「見るだけ?」
「検索もニュースも見られる。でも北村にメッセージ送ってみたらダメだった」
「北村さんって、本部の?」
「そう。同期の」
「じゃあ、日本側には送れない?」
「たぶん。ただ、高橋には届いた」
「高橋さんに?」
「スマホ売場の端末で確認してもらった。同じこっちの世界なら送れるっぽい」
山本の眉が寄る。
「……変ですね」
「だよな」
事務所で見たものについては、まだ黙っておくことにした。
少なくとも今は。
俺が選ばれた理由も、この店が選ばれた理由も、まだ何ひとつ分からない。
でも――
偶然じゃない。
それだけは、もう分かってしまった。
次回は5日(月)21時頃公開予定
書き溜めしているので5話分です




