第32話 魔道具、高すぎません?
礼拝堂を出て少し歩いたところで、俺は足を止めた。
神様から言われたことは、結局それほど難しい話ではなかった。
こちらの人たちと仲良くして、困っていることがあれば、できる範囲で助ける。
便利な物を見たり使ったりすることで、何かを考えるきっかけになればいい。
だったら、俺たちの方もこの世界のことを知らないと始まらない。
「そういえばさ」
山本と田中が振り返る。
「魔道具って、この村でも売ってるんだよな?」
田中がすぐに反応した。
「見に行きます?」
「行きたい」
存在自体は知っている。
村の街灯にも使われているし、昨日ロイド村長からも話を聞いた。
ただ、商品としてちゃんと見たことはまだない。
神様に言われたからというより、単純に気になっていた。
日本でずっと家電を売ってきた人間として、この世界の生活用品がどうなっているのかは見ておきたい。
ロイド村長に聞くと、村の中心部に魔道具を扱う店があるらしい。
場所を教えてもらい、3人で向かうことにした。
◇
魔道具店は、想像していたよりずっと小さかった。
外から見れば、少し大きめの雑貨屋くらいにしか見えない。
中へ入ると、棚に並んでいる商品も多くはなかった。
それでも、俺には十分面白い。
最初に目に入ったのは、卓上に置けるくらいの照明用魔道具だった。
金属と木を組み合わせた台座の上に、半透明の部分が付いている。
形としては、ランタンに近い。
「これ、照明ですか?」
店主らしい男性に聞く。
「ああ。家庭で使うなら、そのあたりが一般的だな」
「へえ」
商品を見ると、次に値段を見る。
これはもう職業病みたいなものだ。
値札を確認して、昨日までの買い物から現地通貨をざっくり円に換算する。
一度計算してから、もう一度値札を見た。
「…………」
山本がこちらを見る。
「どうしました?」
「いや……これ、200,000円くらいしない?」
「え?」
田中まで値札を覗き込む。
「そんなにするんですか?」
「ざっくりだけど、そのくらい」
思わず照明魔道具を見直した。
カワダ電器で売っているLEDランタンなら、2,000円ほどだ。
もちろん、それだけでは充電できない商品もある。
でも、モバイルバッテリーを付けて、さらに小型のソーラーパネルまで組み合わせたとしても、20,000円前後で収まる。
昼間に充電して、夜に使うところまで一式揃えても、目の前の魔道具の10分の1程度だ。
「……高っ」
思わず声に出た。
店主が不思議そうにこちらを見る。
「それでも家庭用では普通の物だぞ」
「これで普通なんですか?」
「ああ。もっと良い物なら、当然もっと高くなる」
普通の基準がおかしい。
いや、この世界ではこれが普通なのだろう。
だからこそ、村の街灯には使われていても、各家庭に当たり前のように置かれているわけではない。
「これって、一回買えばずっと使えるんですか?」
「まさか」
店主が笑った。
「中の魔石がなくなれば交換する」
やっぱり消耗品まであるらしい。
「交換用の魔石はいくらくらいです?」
店主が棚の奥から、小さな魔石を一つ取り出した。
値段を見る。
「……こっちは20,000円くらいか」
本体約200,000円。
さらに交換用の魔石が約20,000円。
やっぱり高い。
「この魔石、一個でどれくらい使えるんです?」
何気なく聞いた。
店主は照明用の魔道具を指さした。
「これなら、夜だけ使って半年ほどだな」
「……半年?」
思わず聞き返す。
「ああ。毎晩長く使えば、もう少し早くなくなるが」
「毎日使って?」
「当然だ」
俺は魔石を見る。
手のひらに十分収まる程度の大きさしかない。
「……長くない?」
田中も同じ魔石を覗き込んだ。
さっきまで値段を見ていた山本も、今度は魔石そのものへ視線を移している。
店主だけが不思議そうだった。
「そうか?」
どうやら、この世界では普通らしい。
「いや、すみません。まだ、こっちの感覚がよく分からなくて」
そう答えながら、頭の中では別のことを考えていた。
LEDランタン単体なら2,000円。
モバイルバッテリーとソーラーパネルまで揃えても約20,000円。
対して、この照明魔道具は約200,000円。
価格だけなら勝負にもならない。
カワダ電器の方が圧倒的に安い。
でも。
この小さな石一つで、毎晩明かりを点けて半年。
「……待って」
俺はもう一度、魔石を見る。
「やっぱり、この石すごくない?」
山本が頷いた。
「私も、そっちが気になりました」
「20,000円って聞いた時は高いと思いましたけど、半年なんですよね?」
田中も同じことを考えていたらしい。
「そうなんだよ」
魔道具本体が高いことと、魔石そのものが持っている力は別の話だ。
この小さな石の中に、どれだけのエネルギーが入っているのか。
そもそも、それをどうやって光に変えているのか。
今の俺たちには何も分からない。
店の奥にあるほかの魔道具についても聞いてみると、熱を出す物や、物を冷やすための物もあるらしい。
当然、照明よりさらに高く、使う魔石も大きくなる。
それでも、俺が想像していたより長く使えるようだった。
「なるほどなあ……」
「かなり気になってますね」
山本が笑う。
「そりゃ気になるよ」
魔道具がなぜこれほど高いのか。
魔石はなぜ、これほど長く使えるのか。
便利な物が存在するのに、なぜ一般家庭まで広く普及していないのか。
最後の理由だけなら分かる。
単純に高すぎる。
でも、それだけで片づけていい物でもなさそうだった。
俺は、もう一度照明用の魔道具を見る。
カワダ電器のLEDランタンなら、圧倒的に安く提供できる。
だからといって、こっちの魔道具を時代遅れだと考えるのは違う。
高い代わりに、魔石一つで半年も動く。
「競合商品として、ちゃんと見ないとダメだな」
「競合なんですか?」
田中が笑った。
「同じ用途なら競合だろ」
照明が欲しい客にとっては、魔道具もLEDランタンも選択肢になる。
どちらが優れているかではなく、その人にどちらが合っているかだ。
今何を使っていて、何に困っているのかも知らずに、安いからという理由だけで売ったら、俺が今までやってきた接客と変わってしまう。
神様に言われたことを思い出す。
こちらの人たちと仲良くして、困っていることがあれば助ける。
それをするためにも、まずはこの世界のことをもっと知らなければならない。
今日は見学だけにして店を出ることにした。
正直、魔石を一つ買って帰りたい気持ちはかなりあったが、20,000円相当と聞くと、何となく買うには高い。
「そのうち買おう」
「研究用ですか?」
田中が聞く。
「半分は興味本位」
「半分で済みます?」
否定はしなかった。
◇
帰る前に、昨日焼き菓子を買った店にも寄った。
俺たちを見るなり、店の女性が笑う。
「また来たのかい?」
「昨日のお菓子、店のみんなに好評だったんで」
「お前も食べただろ?」
「……食べました」
隣で山本が笑った。
「しかも2個目を狙ってましたよ」
「それ言う?」
店の女性まで笑い始める。
昨日より少し多めに包んでもらい、今度はちゃんと値段を聞いてから支払った。
「今日は聞くんだな」
「昨日学びました」
「一日で偉いじゃないか」
完全に子供扱いされている気がする。
たぶん、見た目が18歳なのも原因の一つだろう。
追加で両替してきた現地通貨が、さっそく役に立った。
包みを受け取ると、女性が手を振る。
「また来な」
「はい。また来ます」
昨日より自然に答えられた。
こういうのも、神様が言っていた「仲良くする」の一つなのかもしれない。
◇
カワダ電器へ戻ると、まだ営業中だった。
入口へ近づくと、駐車場にも何人か異世界の客がいて、1階催事スペースでは加藤と伊藤がレジを担当している。
2階の集中レジは、高橋が一人で回しているはずだ。
そして入口付近では、渡辺が来店した客の誘導をしていた。
俺たちに気づくなり、渡辺が少し興奮した顔で近づいてくる。
「店長、おかえりなさい」
「ただいま。店、大丈夫だった?」
「大丈夫です。それより店長、さっき魔導車来ましたよ」
「え?」
思わず足が止まった。
魔導車の存在自体は知っている。
昨日、ロイド村長からも聞いた。
魔石と人間の魔力を使って走る四輪の乗り物で、かなり高価らしい。
レーヴァン村の人たちですら、ほとんど実物を見たことがないと言っていた。
「本当に来たの?」
「来ました。駐車場に停めてましたよ」
「見たかった……」
素直に声が出た。
「俺も最初、馬車かと思ったんですけど、馬がいなくて。それでちょうど近くにいた森さん呼んだんです」
渡辺がスマホを取り出す。
「写真撮りました」
「マジで?」
画面を見る。
そこには、見慣れた自動車とは明らかに違う乗り物が写っていた。
四輪で、人が何人か乗れそうな車体。
地球の自動車ほど洗練されてはいないが、馬も何も付いていない以上、自力で走る乗り物なのは一目で分かる。
「……本当にあるんだな」
存在を知っているのと、実物を見るのではやっぱり違う。
「店にいたお客さんも、みんな見てましたよ」
「そりゃ見るよな」
村の人ですら滅多に見ない物だ。
これを所有できるだけでも、かなり裕福な人物なのだろう。
そこへ、ちょうど森が1階へ降りてきた。
「店長、帰ってきたんですね」
「今、魔導車の写真見せてもらってた」
「あれすごかったですよ。渡辺に呼ばれて見に行きました」
森はおもちゃ・ゲーム担当なので、魔導車の客を接客したわけではない。
ただ、あれだけ目立つ物が来れば見に行きたくなる気持ちは分かる。
「で、その人何買っていったの?」
俺が聞くと、渡辺が答えた。
「会計した加藤さんから聞いたんですけど、LEDランタン20個買っていったみたいです」
「……20個?」
「はい。20個です」
一人で使う数ではない。
家族用にしても多い。
「何に使うんだろうな」
「そこまでは聞いてないみたいです」
「まあ、いいか」
無理に用途を聞くような買い物でもない。
ただ、今まで来ていた客とは少し違う気がする。
店の噂がレーヴァン村や近隣の集落より、さらに外まで広がり始めているのかもしれない。
俺は渡辺のスマホに映った魔導車をもう一度見る。
珍しい魔導車。
LEDランタン20個。
何となく、覚えておいた方がいい気がした。
◇
夜。
営業を終え、夕食を食べながら今日の報告会を始めた。
ただ、今日はいつもの報告だけではない。
みんなに話しておかなければならないことがある。
食事が一段落したところで、俺は口を開いた。
「ちょっと、みんなに話しておきたいことがある」
全員の視線が集まる。
「俺、今まで黙ってたことがある」
山本と田中だけは、すでに内容を知っている。
俺は転移した直後から順番に説明した。
俺だけに《管理者選定》という表示が出て、そこに自分の名前が表示されていたこと。
そのあと夢の中で神様に会っていたこと。
自分だけが18歳くらいまで若返った理由についても、その神様から聞いていたこと。
そして今日、レーヴァン村の礼拝堂で再び同じ神様と会ったこと。
話し終えると、当然のようにいくつもの視線が刺さった。
「……店長、それ今まで黙ってたんですか?」
「はい」
山本がため息をつく。
「そこはもう私が怒りました」
少しだけ笑いが起きた。
俺としては助かる。
「で、神様に聞いた」
一度言葉を切る。
「俺たち、元の世界に帰れるのかって」
さっきまでの笑いが消えた。
「帰れるって言った。絶対に帰れるって」
誰もすぐには喋らなかった。
最初に口を開いたのは小林だった。
「本当に?」
家族がいる小林にとっては、ほかのみんな以上に重い言葉だと思う。
「ああ。そこははっきり言ってた」
小林はゆっくり息を吐いた。
安心したのか、それとも家族のことを考えたのかは分からない。
でも、少しだけ表情が緩んだように見えた。
「じゃあ、いつ帰れるんですか?」
伊藤が聞く。
「それが……今じゃないらしい」
「今じゃない?」
「まだ、こっちでやることがあるみたいだ」
神様から言われた内容も伝える。
こちらの人たちと仲良くする。
困っていることがあれば、できる範囲で助ける。
今やっていることは間違っていないから、もう少し続けてほしい。
前に会った時は帰れるかどうかすら教えてくれなかったが、今回は俺たちがちゃんとやっているから、そこまでは教えてもいいと思ったらしい。
「要するに、営業続けろってことですか?」
森が言った。
「たぶん、それも含まれてる」
「神様公認の営業ですね」
「その言い方はやめて」
少し笑いが戻った。
ただ、神様が言っていたのは単に商品を売り続けろという意味ではない。
便利な物を見たり、実際に使ったりすることで、こっちの人たちが何かを考えるきっかけになればいいらしい。
答えや技術を全部教える必要はない。
そこまで話すと、佐藤が少し考えるような顔をした。
「それで今日、魔道具を見に行ったんですか?」
「まあ、それもある。ちょうど気になってたからな」
「どうでした?」
「高かった」
即答すると、何人かが笑った。
「照明用の家庭向けで、ざっくり200,000円くらい」
今度は笑いが止まる。
「20万?」
「そう」
俺は昼間考えた比較を、そのまま説明した。
「うちで売ってるLEDランタンなら2,000円くらい。モバイルバッテリーとソーラーパネルまで付けて、昼間に充電して夜使えるようにしても、全部で20,000円くらいだろ?」
佐藤が頷く。
「まあ、そのくらいですね」
「全部揃えても10分の1だ。だから最初は、単純に高すぎるだろって思った」
ただ、そこで話は終わらない。
「交換用の魔石が20,000円くらいするらしい」
「それも高いですね」
「俺もそう思った。でも、その魔石一個で、照明なら夜だけ使って半年くらい持つんだって」
佐藤の表情が変わった。
「半年?」
「毎晩使って、らしい」
「魔石の大きさは?」
指でだいたいの大きさを示す。
佐藤はしばらく考えたあと、少し身を乗り出した。
「それ、結構すごくないですか?」
「やっぱそう思う?」
本体の価格は圧倒的に高い。
でも、この小さな石一つで半年も照明を動かし続けられる。
仕組みは何も分からないが、そこだけはどうしても気になった。
「そのうち一個買って、ちゃんと見てみたいんだよな」
「分解していいなら見たいです」
「買って即壊すのやめて」
「分解です」
「同じだよ」
また少し笑いが起きる。
今日来た魔導車についても共有した。
レーヴァン村の人たちですらほとんど見たことがない魔導車が、カワダ電器まで来たこと。
そして、その客がLEDランタンを20個まとめて買っていったこと。
「20個って、何に使うんでしょうね」
「分からない。ただ、今までとはちょっと違う客が来始めてるのかもしれない」
今の段階では、それ以上のことは分からない。
なら、無理に結論を出す必要もない。
最後に、今日の売上を確認する。
「今日、いくらだった?」
木村が端末を見る。
「6,548,320円です」
昨日は8,024,180円。
そこから約150万円落ちている。
「やっぱり下がってきたな」
山本も数字を見ながら頷く。
「かなり落ちましたね」
「まあ、想定してたことではある」
最初の数日は完全に開店特需だった。
レーヴァン村の人たちが、必要な物を一気に買い揃えれば当然その反動は来る。
同じ人が毎日何万円も買い続けるわけではない。
むしろ、6,500,000円台でもまだ高いくらいだ。
周辺の村や集落から新しい客が来ているからこそ、この数字で踏みとどまっている可能性もある。
「ここからさらに下がる前提で考えた方がいいな」
「目標までの計算も、今までの平均では見ない方がよさそうですね」
「ああ」
売上が下がること自体は悪いことではない。
異常だった特需が、少しずつ落ち着き始めているだけだ。
それでも今日一日で6,548,320円。
普通に考えれば十分すぎる。
話が一段落したところで、山本が俺を見る。
「そういえば、神様からもう一つ何か言われたんじゃなかったですか?」
「ああ」
昼間のことを思い出す。
「明日になったら、俺が今ちょっと心配してることが一つ解消されるって」
「何のことです?」
「分からない」
朝、事務所で話していた現金のことが頭をよぎる。
ただ、神様は何が解決するのかまでは教えてくれなかった。
明日は自転車も届く。
朝飯には納豆と卵も届くはずだ。
大工のドイルも、店の中を見に来る。
今日だけでもいろいろ進んだ。
明日は、また何かが変わるらしい。
それが良い変化なのかどうかまでは、まだ分からなかった。
次回は明日21時公開予定




