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第30話 今度は、こっちが買います

レーヴァン村を出た頃には、外はすっかり暗くなっていた。


昼間と同じ道を、今度はカワダ電器へ向かってゆっくり走る。


運転しているのは俺で、助手席側には山本と田中。

行きと同じ3人だが、帰りのトラックには来た時になかった荷物がいくつも増えていた。


「結構買いましたね」


山本が言う。


「思ったより色々あったからな」


荷台に積んであるのは、野菜や果物、卵、パン、それに少量の生肉。

さらに、店のみんなへの土産として買った焼き菓子まである。


実は、ロイド村長に夕食をご馳走になる前。

話が一段落したところで、俺たちは市場にも案内してもらっていた。


◇


「村長さん。あと、もうひとつお願いしてもいいですか?」


「なんでしょう?」


「買い物がしたいんです」


俺がそう言うと、ロイド村長は少しだけ意外そうな顔をした。


「買い物、ですか?」


「はい。今まで俺たち、ずっと売ってばっかりだったんで」


カワダ電器には食料がある。

米もあるし、レトルト食品や冷凍食品もある。


さらに発注を試していくうちに、冷凍の肉や魚、野菜といった食材まで商品マスタから注文できることも分かってきた。

食べ物がなくなるという意味では、最初に想像していたほど切迫していない。


それでも、昨日レーヴァン村の中を歩いていて気になった。

ここでは普通に、生鮮食品が売られている。


「野菜とか、肉とか、卵とか。こっちで普通に食べてる物を買って帰りたくて」


「それでしたら、市場へ行けば揃いますよ」


「あと、店のみんなへの土産も何か」


横で田中が笑う。


「そっちが本命じゃないですか?」


「違う。半分くらい」


「半分あるんですね」


ロイド村長に案内してもらい、俺たちは広場の市場へ向かった。


昨日も通った場所なのに、今日は見え方がまるで違う。

昨日は建物の多さや人の多さに驚いていたが、今日は店頭に並んでいる商品そのものが気になる。


籠いっぱいの野菜。

木箱に並んだ果物。

卵やパン。

干し肉だけではなく、その日のうちに切り分けられたらしい生の肉まである。


「これ、今日採れたやつですか?」


葉物野菜を指さして尋ねると、店番の女性が頷いた。


「今朝採った物ですよ」


「じゃあ、これください」


俺が即答すると、横から山本に止められた。


「店長、値段聞いてません」


「あ」


完全にスーパーで買い物をする感覚になっていた。


値段を確認し、両替してあった現地の硬貨を渡す。

昨日までカワダ電器のレジで受け取っていた硬貨を、今度はこちらから差し出して商品を受け取る。


ただそれだけなのに、不思議と新鮮だった。


「なんか、こっちで初めて普通に買い物した気がする」


「実際、初めてじゃないですか?」


山本に言われて気づいた。


確かにそうだ。

俺たちは異世界へ来てから、まともにこの世界の商品を買ったことがなかった。


ずっと売る側だった。


そこからは、一気に買い物が進んだ。


葉物野菜や根菜をいくつか選び、卵も買う。

果物は店のみんなにも食べてもらえそうな物を少し多めにした。


パン屋では焼きたての匂いに負けて、予定より余分に買ってしまった。


「14人いますからね」


山本が言う。


「そうそう。14人いるから仕方ない」


「今、自分に言い聞かせました?」


「気のせい」


肉屋には、生の肉も普通に並んでいた。


保存方法を聞くと、その日のうちに食べるか、冷える場所で保管するのが一般的らしい。

俺たちには冷蔵庫も冷凍庫もある。


「これ、結構大きいな」


俺が言うと、田中が首を傾げた。


「何がです?」


「生鮮食品を普通に買えること」


冷凍食品だけでも生活はできる。

でも、新鮮な野菜や卵、肉が買えるなら、食生活はかなり変わる。


しかも村までは近い。

トラックを毎回出さずに済む方法さえあれば、日常的な買い物先として十分使える距離だった。


さらに市場を歩いていると、田中が一軒の店の前で足を止めた。


「店長、これ便利じゃないですか?」


店頭に並んでいたのは、大きな背負い袋だった。


布製だが、中に簡単な枠が入っていて形が崩れにくく、かなりの量を背負えるようになっている。

行商や荷物運びに使う物らしい。


「……ああ。これいいな」


見た瞬間、日本でよく見かけた配達用の大型バッグを思い出した。

もちろん見た目はかなり違うが、用途は近い。


「これ背負って自転車なら、村で買った物を持って帰れるな」


「自転車、ありましたっけ?」


「商品マスタにあった気がする」


東山店に自転車売場はない。

ただ、店舗に置いていない商品でも、会社全体の商品マスタに登録されていれば取り寄せられる物がある。


自転車も、その中にあった覚えがある。

あとで店に戻ったら確認しよう。


ひとまず、背負い袋は何個か買っておくことにした。


そのあと、店のみんなへの土産も探した。


果物を煮詰めた物を使っているという小さな焼き菓子を見つけ、一つ試しに買って食べてみる。


「……うまい」


「それ、今日何回目くらいです?」


山本が笑う。


「美味いものは美味いんだから仕方ない」


人数分を包んでもらった。


買い物が一段落したところで、もうひとつロイド村長に頼んでおきたいことを思い出した。


「そうだ。村長さん」


「はい」


「この村に、大工さんっています?」


「もちろんおりますよ」


「紹介してもらえませんか?」


ロイド村長が俺を見る。


「何か建てるのですか?」


「店の中を、もう少し住みやすくしたくて」


今、4階の40人用会議室は男性陣の生活スペースになっている。

女性陣も元々あった更衣室を使っている。


短期間ならまだいい。

ただ、帰れる可能性があると分かっても、いつ帰れるかまでは分からない。


それなら、その間の暮らしは整えておいた方がいい。


「壁を作って何部屋かに分けたいのと、前に話してたキッチンと風呂も進めたくて」


山本が頷く。


「4階に移す案ですね」


「うん」


3階のリフォーム展示にあるシステムキッチンとユニットバスを4階へ移す。

前から考えていた案だが、俺たちだけでは配管や壁工事まではできない。


「大工だけで難しいところは、必要な職人も紹介できると思います」


「本当ですか?」


「ええ。一度、店を見てもらうのがいいでしょう」


「お願いします」


これで、止まっていた生活環境の改善も動かせそうだ。


そのあと、俺たちはロイド村長に夕食までご馳走になった。


そして今。

買い物と土産を積んだトラックで、カワダ電器へ戻っている。


◇


店が見えてきた頃には、駐車場はすっかり暗くなっていた。


正面入口には最低限の照明だけが点いている。


「閉店してるな」


「そりゃ、この時間ですから」


村で話を聞き、販売をして、買い物をして、夕食までご馳走になった。

長居した自覚はある。


搬入口へ回ると、渡辺が店内から出てきた。


「おかえりなさい」


「ただいま」


渡辺はすぐに荷台を見る。


「なんか増えてません?」


「買い物してきた。土産もあるぞ」


「運びます」


「現金だな」


「店長も同じだと思います」


荷物を店内へ運び込むと、締め作業を終えたメンバーが次々に集まってきた。


「おかえりなさい」


「村どうでした?」


「お土産あります?」


最後に聞いたのは、やっぱり森だった。


「あるよ」


焼き菓子の包みを出すと、一気に人が寄ってくる。


野菜や肉は先に冷蔵庫へ入れ、パンや果物だけテーブルへ並べた。

ちょうど残っていたメンバーも夕食を始めるところだったので、俺たち3人も飲み物だけ持って、そのまま報告会に合流する。


「じゃあ、食べながらやろうか」


山本がノートを開いた。


まず伝えたのは、レーヴァン村の人口が1,587人だったこと。

案の定、全員から「それ村ですか?」という反応が返ってきた。


続けて、カワダ電器が建っている場所が昔から神様の土地と呼ばれていること。

そこには時折、人や物、大きな建造物が送られてきて、役目を終えれば元いた場所へ帰ると言われていることも共有した。


「じゃあ、帰れる可能性はあるんですね」


伊藤が尋ねる。


「可能性はある。ただ、いつ帰れるのかも、何をすればいいのかも分からない」


希望はある。

でも、答えが出たわけではない。


さらに、神様の土地の周辺には魔物が近づかず、レーヴァン村もその範囲に入っていること。

反対側にも別の村があり、ほかにもいくつか集落があることを説明した。


「最近、店に来る人が変わってきたのは、その辺から来てる人が増えてるんだと思う」


そこで木村が業務端末を見る。


「じゃあ、売上いきますね」


今日の売上は、村での販売分も含めて8,024,180円。

昨日の8,536,420円から、約6%減だった。


「まあ、下がるよな」


俺が言うと、伊藤が首を傾げた。


「結構下がってません?」


「いや。むしろこれでも落ちてない方だと思う」


レーヴァン村の人口は1,587人しかいない。


最初の数日は、突然現れた巨大な店への興味と、珍しい商品のまとめ買いが重なった開店特需だ。

同じ人が毎日ランタンや生活用品を買い続けるわけではない。


「村だけが商圏なら、もっと一気に下がってもおかしくない。でも反対側の村や周辺の集落から、新しい客が入ってきてる」


山本が頷く。


「だから特需が落ち着いても、下がり幅が小さい」


「たぶんそういうこと」


今後も売上は下がる。

最終的に今の半分くらいまで落ちても不思議ではない。


それでも十分すぎる数字だ。


「累計は110,354,110円です」


木村が続ける。


残りは39,645,890円。


まだ安心するには早い。


「で、売る方はそんな感じ」


俺は買ってきた野菜を見る。


「これからは、俺たちも向こうから買う」


生鮮食品が普通に手に入る。

カワダ電器の冷凍食材と組み合わせれば、食事の幅もかなり広がる。


さらに、村で買った大きな背負い袋を見せた。


「これで買った物を持って帰れる。自転車も商品マスタにあったから、何台か発注しようと思う」


歩けば20分。

自転車なら7〜8分。


普段の買い出しなら十分だ。


「トラックは?」


鈴木が尋ねる。


「必要な時だけ」


車のタンクに入っている分とは別に、BCP用の携行缶には軽油が20リットルある。

すぐに困るわけではないが、補充できる保証もない。


近距離の移動に使い続ける必要はない。


「それと、大工さんも紹介してもらえる」


今度は小林が反応した。


「4階ですか?」


「うん。個室と、前に話してたキッチンと風呂」


3階のシステムキッチンとユニットバスを4階へ移せるか、職人に実際に見てもらう。

既存のシャワーはそのまま残す。


そこまでできれば、4階はかなりまともな生活フロアになる。


「結構、一気に進みそうですね」


山本が言う。


「ああ」


帰れる可能性はある。

でも、それまでどれだけ時間がかかるかは分からない。


だから、待つだけではなく、ここでちゃんと暮らせるようにしておく。


俺はテーブルの上に並んだパンと果物を見る。


昨日までカワダ電器の中にある物だけで生活していた。

今日は、初めてこの世界から食べ物を買って帰ってきた。


売るだけだった関係が、少しだけ変わった気がする。


「じゃあ、とりあえず明日からも普通に営業な」


「はい」


「自転車も発注して、大工さんにも来てもらう」


「はい」


「あと、村へ買い出しも行く」


森が焼き菓子を食べながら笑う。


「なんか普通に生活してますね」


「帰れるまではな」


そう言って、最後に残っていた焼き菓子へ手を伸ばす。


「あ、それ店長2個目ですよね?」


森が即座に言った。


俺の手が止まる。


「……半分なら?」


「ダメです」


美味しかったので、もっと買ってこれば良かった…

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