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第28話 これ、村ですか?

村が近づくにつれて、違和感は少しずつ大きくなっていった。


俺が勝手に想像していたのは、家が数十軒ほど集まり、その周囲を畑に囲まれた小さな農村だった。


ところが、前方に見えている建物は明らかにそれより多い。


「……家、多くない?」


助手席側に座る山本も、窓の外を見ながら頷いた。


「多いですね。私も、もっと小さい村を想像してました」


その隣に座る田中も、前方を覗き込む。


「二階建ても結構ありますよ」


確かに多い。


木造の建物が中心ではあるが、粗末な小屋という感じではなかった。


石を積んだ基礎の上に木造の家が建ち、中には一階部分を石造りにして、その上へ木造の二階を載せたような建物もある。


村の手前まで来たところで、先を走っていたミアと父親が速度を落とした。


俺もトラックの速度を落とし、その後ろをゆっくりついていく。


どうやらここが、ミアたちの住むレーヴァン村というらしい。


道幅も思っていたより広かった。


舗装はされていないものの、荷車や三輪車がすれ違える程度の幅があり、長年使われているのか地面もしっかり踏み固められている。


道の両脇には、雨水を逃がすためらしい浅い溝まで掘られていた。


「ちゃんとしてるな……」


思わず呟くと、山本がこちらを見る。


「何がです?」


「いや。もっとこう、異世界の村って……」


そこまで言って、やめた。


俺の知識なんて、ゲームや漫画や小説で得たものくらいしかない。


勝手なイメージを押しつける方がおかしい。


それよりも、今は別の意味で気になることがあった。


レーヴァン村へ入った瞬間から、とにかく見られている。


道を歩いていた人が立ち止まり、家の前で作業をしていた人まで手を止める。


子供たちはさらに分かりやすく、ミアたちの自転車が通る時には何の反応もなかったのに、その後ろからトラックが現れた途端、何人も道端へ寄ってきた。


「すごい見られてますね」


田中が言う。


「そりゃ見るだろ」


馬もいない。


誰かが漕いでいるわけでもない。


見える範囲に魔石らしいものもない。


それなのに、大きな鉄の塊が低い音を響かせながら動いている。


この世界の人たちからすれば、トラックの方がよほど異世界の乗り物だろう。


前を走っていたミアが振り返り、こちらへ大きく手を振った。


そのまま近くにいた子供へ何か話しかけると、その子まで目を丸くしてトラックを見る。


「……ミア、絶対説明してるよな」


「自慢してるんじゃないですか?」


山本が笑う。


「テンチョーの車だ、とか」


「俺のじゃないんだけどな」


会社の車だ。


もっと言えば、今の状況で会社の車を異世界で普通に使っていること自体、どう扱えばいいのか俺にもよく分からない。


そんなことを考えながら進んでいると、道沿いに商店らしい建物が増えてきた。


軒先に野菜や果物を並べている店。


肉を扱っているらしい店。


布を置いている店に、木箱や籠、陶器のようなものを並べている店。


少し奥からは、金属を叩く乾いた音まで聞こえてくる。


「……店あるじゃん」


俺が呟く。


「ありますね」


山本も周囲を見回した。


「しかも、一軒二軒じゃないですよ」


「村って、こんな感じなの?」


「私に聞かれても困ります」


それはそうだ。


俺たちは、この世界についてほとんど何も知らない。


昨日まで店へ来ていた客の姿から、なんとなく暮らしぶりを想像していただけだ。


どうやら、その想像はかなりズレていたらしい。


さらに進んだところで、道の脇に一本の柱が立っているのが見えた。


木製の柱の上には、半透明の石のようなものが取り付けられている。


どう見ても、用途はひとつしか思いつかない。


「田中、あれ何だと思う?」


「街灯……ですよね?」


「俺もそう見える」


ちょうどミアの父親が速度を落としたので、俺は窓を開けて声をかけた。


「すみません。あの柱って何です?」


父親は俺が指さした先を見る。


「ああ。夜に道を照らすための魔道具です」


やっぱり街灯だった。


「魔道具なんですね」


「はい。広場や、この辺りの道に置いてあります」


見渡してみると、何本も等間隔で並んでいるわけではない。


人通りの多そうな場所や曲がり角など、必要な場所にだけぽつぽつと設置されているようだった。


山本が窓越しに尋ねる。


「もっと増やさないんですか?」


父親は少し困ったように笑った。


「高いですから。それに、魔石も交換しないといけません」


「交換?」


「使っていると力がなくなります。そのたびに新しい魔石が必要です」


なるほど。


魔道具は、一度買えば終わりというわけではないらしい。


本体が高いうえに、動力源になる魔石まで定期的に交換する必要がある。


便利ではあるが、使い続けるにも金がかかるということだ。


俺の頭に、昨日までの売場が浮かんだ。


LEDランタン。


乾電池。


モバイルバッテリー。


ソーラーパネル。


あれだけ売れた理由は、単に珍しい商品だったからではないのかもしれない。


似た機能を持つ物は、この世界にもすでに存在している。


ただし高く、しかも維持費までかかる。


それに比べれば、うちの商品はかなり安く見えるはずだ。


「店長」


山本が小声で言った。


「今、売れそうって思いました?」


「思った」


「顔に出てました」


「仕方ないだろ。店長なんだから」


村の暮らしを見に来たはずなのに、つい商品のことを考えてしまう。


職業病みたいなものだ。


いや。


ステータス上、本当に職業は《商人》なんだけど。


再びミアたちの後ろについて進むと、やがて道が大きく開けた。


中央には井戸があり、その周囲には人が集まっている。


近くには露店や商店が並び、荷車や三輪車も何台か停められていた。


どうやら、ここがレーヴァン村の中心らしい。


ミアの父親が自転車を押しながら近づいてくる。


「こちらへ停めてください」


示されたのは、荷車などがまとめて置かれている広場の端だった。


俺は周囲に十分注意しながらトラックを停め、エンジンを切る。


さっきまで響いていた低い音が消えると、今度は周囲のざわめきがはっきり聞こえた。


「……見られてるな」


「ですね」


山本が苦笑する。


広場にいた人たちの視線が、ほとんど全部こちらへ向いている。


トラックを見ている人もいれば、運転席にいる俺を見ている人もいる。


ミアに何か尋ねている人もいて、子供たちは近づきたくて仕方がないという顔をしていた。


「店長、降りないんですか?」


「ちょっと出づらい」


「ここまで来たんだから出てください」


「分かってるよ」


覚悟を決めてドアを開け、地面へ降りる。


その瞬間、周囲のざわめきが一段大きくなった。


「……なんか俺、珍獣みたいになってない?」


助手席側から降りてきた山本が答える。


「見た目が若いからじゃないですか?」


「それ関係ある?」


「少なくとも店長には見えませんよね」


「言うな」


田中も助手席側から続いて降りてきたところで、ミアが俺のところへ走ってきた。


「テンチョー、こっち!」


「はいはい」


どうやら案内してくれるらしい。


トラックに積んできた商品はひとまずそのままにして、俺たちはミアと父親の後について歩き出した。


広場から続く道を歩くと、車の中から見ていた時以上に人の多さがよく分かる。


食料品を扱う店。


布や衣類を扱っているらしい店。


鍋や農具を並べた店。


パンのような香りが漂ってくる建物もあれば、料理を出しているらしい店もある。


少し離れたところには、宿屋らしき建物まであった。


「……宿まであるじゃん」


俺が呟くと、田中が建物の方を見る。


「街道沿いなんじゃないですか?」


「ああ、なるほど」


考えてみれば、村だから宿屋がないという決まりもない。


行商人や旅人が通るなら、泊まる場所だって必要になる。


今まで俺たちは、この辺りの地理すら知らなかった。


カワダ電器から近い。


ミアたちが住んでいる。


そして、ここがレーヴァン村という名前らしい。


分かっていたのは、それくらいだ。


しばらく歩くと、周囲の家より少し大きな建物が見えてきた。


木造の二階建てで、入口も広い。


ミアの父親がその前で立ち止まる。


「こちらです」


「村長さんの家ですか?」


「いえ。村の集会所です。村長はこちらで待っています」


集会所まであるのか。


俺の中にあった「村」のイメージが、また少し崩れた。


中へ入ると、広い部屋に長机と椅子が並び、壁にはこの辺りのものらしい地図が掛けられていた。


その奥から、一人の男性がこちらへ歩いてくる。


年齢は50代くらいだろうか。


体格がよく、服装も周囲の人より少し仕立てが良さそうに見えた。


「お待ちしておりました」


男性が頭を下げたので、俺も慌てて頭を下げる。


「初めまして。カワダ電器東山店の中村です」


「ヒガシヤマテン?」


「あー……店の名前です」


「なるほど」


たぶん、あまり分かっていない。


「私は、レーヴァン村の村長をしております。ロイドと申します」


「よろしくお願いします」


山本と田中も続いて挨拶した。


これで、さっき聞いた村の名前が正式に確認できた。


レーヴァン村。


ミアたちが暮らす、この大きな村の名前だ。


ロイド村長は俺たちを順番に見てから、穏やかに笑った。


「昨日、こちらの者から話を聞きました。皆さんは、突然現れた大きな建物の方々だと」


「はい」


「あれは店なのだとか」


「そうです」


「ずいぶん大きな店ですな」


「地元でも大きい方ですね」


こちらの基準なら、とんでもなく大きく見えるだろう。


4階建ての建物に広い駐車場。


全面ガラスの入口があり、照明も看板もついている。


改めて考えると、あれが何もなかった場所へ突然現れた時の衝撃は相当だったはずだ。


「まず、突然近くに現れてしまって申し訳ありません」


俺が言うと、ロイド村長は声を上げて笑った。


「あなた方が謝ることではないでしょう」


「まあ……そうなんですが」


好きで転移してきたわけではない。


「村に何か被害はありませんでしたか?」


「今のところは何も。それどころか、村の者が何人もそちらへ買い物に行っていると聞いております」


「ありがたいことに」


「珍しい品が、かなり安く買えるそうですな」


もうそこまで話が広がっているらしい。


口コミの速さは、世界が違っても変わらない。


「今日は商売だけが目的ではなくて、こちらの暮らしについて色々と教えていただきたいと思って来ました」


「我々の暮らしを?」


「はい。俺たちは、この世界のことをほとんど知りませんから」


山本が鞄からノートとペンを取り出した。


聞きたいことは多い。


普段、何を食べているのか。


何を町まで買いに行くのか。


物価はどの程度なのか。


どんな仕事があり、どれくらいの賃金を受け取っているのか。


働く時間や休日はどうなっているのか。


レーヴァン村からカワダ電器まで通うことに問題はないのか。


今後、現地の人を雇うことを考えるなら、こちらの常識を知らないまま条件を決めるわけにはいかない。


「もちろん構いません」


ロイド村長はすぐに頷いた。


「我々も、あなた方について色々と聞きたいと思っておりました」


「それなら助かります」


これなら話は早そうだ。


俺も椅子へ座ろうとして、窓の外が妙に騒がしいことに気づいた。


「……なんか人、増えてません?」


集会所の前に、かなりの人数が集まっている。


子供だけではない。


大人も混じっていて、さっき広場でこちらを見ていた人たちまで、どうやら後をついてきたらしい。


ロイド村長が窓の外を見て笑う。


「あなた方を見に来たのでしょう」


「そんなに珍しいですか?」


「突然現れた大きな店の人間が、見たこともない車で村へ来たのです。珍しくないと思いますか?」


「……ごもっともです」


「それに、何か品を持ってきたとも聞いております」


俺はゆっくりミアの父親を見る。


父親が少しだけ目を逸らした。


「少し話しました」


「少し?」


「皆、興味がありまして」


なるほど。


こちらは調査販売のつもりだったが、すでに客候補が集まっているらしい。


俺は田中を見る。


「あとで準備しようか」


「はい。かなり来そうですね」


売ること自体は問題ない。


むしろ、どの商品に反応するのかを見るには好都合だ。


ただ、その前にひとつ確認しておきたいことがあった。


レーヴァン村へ入ってから、ずっと気になっている。


「村長さん」


「はい」


「ちょっと聞いてもいいですか?」


「なんでしょう」


俺は窓の外へ目を向けた。


人がいる。


家がある。


店が並び、宿があり、広場も集会所もある。


道には街灯まで設置されていた。


「この村って、何人くらい住んでるんです?」


ロイド村長は少し考えてから答えた。


「正確には、先月の記録になりますが」


山本がすぐにペンを構える。


「1,587人です」


俺は固まった。


隣を見ると、山本のペンも止まっている。


田中も何も言わない。


たぶん3人とも、同じ数字を頭の中でもう一度確認している。


「すみません」


俺は念のため聞き返した。


「何人です?」


「1,587人です」


聞き間違いではなかった。


俺はもう一度、窓の外を見る。


店があって、宿もあって、人も多い。


道には街灯まで立っている。


そりゃそうだ。


1,500人以上住んでいるなら、この規模にもなる。


昨日の夜。


カワダ電器の3階でカルカソンヌを遊びながら、俺たちは村づくりだの街づくりだのと話していた。


その時、森に言われた言葉まで思い出す。


――街を作るゲームですよ。


「……村じゃないじゃん」


「店長?」


山本がこちらを見る。


「これ、もうちょっとした街じゃん」


ロイド村長が不思議そうに首を傾げた。


「村ですが?」


「……そうなんですね」


どうやら、この世界の「村」は、俺たちが想像していたものとはかなり違うらしい。


レーヴァン村。


人口1,587人。


商圏開拓、初日。


まず最初に分かったことはひとつ。


俺たちは、この世界の「村」というものを完全に舐めていた。

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