別話2 仕事の後は、村作りです
営業を終え、レジ締めも済ませたあと。
俺たちは3階の調理家電実演コーナーに集まっていた。
4階に生活スペースを作る話は進めているが、まだシステムキッチンも食事スペースも移していない。
なので今のところ、夕食はここだ。
炊飯器に電子レンジ、ホットプレート。
調理家電だけなら、むしろ普通の家庭より充実している。
問題は、食材がそこまで充実していないことだった。
「今日もレトルト?」
田中が聞く。
「嫌ならカップ麺あるぞ」
「レトルトで」
即答だった。
「選べるだけありがたいと思え」
「店長、カレー何ですか?」
森が俺の皿を見る。
「中辛」
「甘口残ってますよ」
「いらない」
「辛口もありますよ」
「そこまで攻めなくていい」
中辛でいい。
カレーに刺激を求めているわけじゃない。
ただ、甘口を食べるくらいなら別の物を食べる。
それだけだ。
「こっち来てから、食事だけは妙に規則正しくなりましたよね」
山本が言う。
「帰る場所ないからな」
「言い方」
「事実だろ」
仕事が終われば、そのまま同じ建物で飯を食う。
通勤時間ゼロ。
渋滞なし。
終電もない。
こう言うと、ものすごく理想的な職場みたいに聞こえる。
実際は、異世界から帰れないだけなんだけど。
食事を終える頃には、さすがに全員の表情も緩んでいた。
昼間は客がいる。
店を開けている間は、どうしても仕事の顔になる。
でも営業が終われば、少しくらいは切り替えないと持たない。
「今日、何かします?」
森が言った。
「何かって?」
「ボードゲームとか」
俺は森を見る。
「やる?」
「店長が食いつくの早いんですよ」
「聞いたのお前だろ」
ボードゲーム。
その言葉だけで、少し元気が戻る。
売場にはいくらでもある。
ただし、商品棚の物を遊ぶつもりはなかった。
「ちょっと待ってて」
立ち上がる。
「どこ行くんです?」
「4階」
俺のロッカーには、私物のボードゲームが何個か入れてある。
仕事終わりにスタッフと遊ぶこともあるし、個人的に遊びたいゲームを店へ持ってきて、そのまま置いてあることもある。
自分の店にボードゲーム売場を作っている人間が、私物まで店に置いている。
別におかしくはない。
たぶん。
4階へ上がり、自分のロッカーを開ける。
その奥から箱を取り出した。
カルカソンヌ。
それと、拡張1。
「これなら6人いけるな」
基本セットだけなら5人まで。
でも拡張を入れれば、6人で遊べる。
3階へ戻ると、森が箱を見て笑った。
「店長、私物持ってるんですか」
「あるよ」
「店の商品じゃなくて?」
「商品で遊んだら中古になるだろ」
「それはそうですけど」
テーブルを片付ける。
参加したのは6人。
俺、森、田中、吉田、木村、山本。
「じゃあ色取って」
俺は駒を出していく。
赤。
青。
緑。
黄。
黒。
ピンク。
俺は赤。
森は黒。
田中が青。
吉田が緑。
木村が黄色。
最後に残ったピンクを手に取って、山本へ渡した。
「山本はピンクだろ?」
山本が俺を見る。
「何で最初から決まってるんですか?」
「似合うから」
「そういう問題ですか?」
「嫌?」
山本は少しだけ駒を見る。
「……別に嫌ではないですけど」
「じゃあ決まり」
「納得はしてませんからね」
そう言いながら、普通にピンクの駒を受け取る。
使うんだ。
「で、何で今日カルカソンヌなんです?」
田中が聞く。
「明日、村行くから」
全員が一瞬黙った。
森が言う。
「これ、村作るゲームじゃないですよ」
「似たようなもんだろ」
「街です」
「修道院もある」
「そういう話じゃないです」
細かい。
タイルを混ぜながら、初めて遊ぶ人向けに簡単に説明する。
引いたタイルを置いて、道や街、修道院などを繋げる。
置いたタイルには自分の駒を配置でき、完成すれば得点になる。
「ただし、すでに誰かの駒がいるところには、自分の駒を直接置けない」
俺が説明する。
「でも、別々だったものが後から繋がることはある」
「それで乗っ取れるんですよね」
森が言う。
「言い方」
「間違ってないじゃないですか」
まあ、間違ってはいない。
ゲーム開始。
序盤は、思ったより静かだった。
「これ、こっちでいいですか?」
田中がタイルを回す。
「向きは自由」
「じゃあここ」
「そこ置く?」
「ダメですか?」
「いや、いいけど」
人のプレイを見ると、つい口を出したくなる。
でも我慢する。
店長が横から全部言ったら面白くない。
その点、山本は妙に慎重だった。
タイルを引いて盤面を見る。
それから、すぐには置かない。
「山本、長くない?」
「考えてます」
「初回だぞ」
「初回だからです」
効率。
安全。
無駄を減らす。
仕事の時とあまり変わらない。
「あ、ここですね」
ピンクの駒が小さな街に置かれる。
俺は思わず言った。
「ピンクのくせに堅実だな」
山本が顔を上げた。
「今、何か言いました?」
「何も」
「言いましたよね?」
「ゲームに集中しよう」
隣で木村が笑っている。
まずい。
口に出てた。
少しして、俺の前にはそこそこ大きな街ができ始めていた。
「よし」
悪くない。
あと2枚くらいで閉じられる。
駒も入っているし、完成すればかなり大きい。
「店長、それ狙ってます?」
森が聞く。
「当然」
「完成します?」
「する」
「言い切った」
そこへ吉田がタイルを置いた。
俺の街から少し離れたところに、別の小さな街ができる。
「じゃあ、ここにします」
緑の駒を置く。
「そっち行くんだ」
「ダメですか?」
「いや、全然」
その時点では、俺の街とは繋がっていない。
だから問題ない。
俺は自分の街を伸ばし、吉田も自分の街を伸ばしていく。
そして何巡か後。
吉田が引いたタイルを、盤面の上でくるくると回した。
「あ」
森が声を出す。
俺も気づいた。
「ちょっと待って」
「ここ、置けますよね?」
吉田がタイルを置く。
道と草原。
そして街。
それまで別々だった2つの街が繋がった。
俺の赤い駒がいる街と、吉田の緑の駒がいる街。
それが1つになった。
「……俺の街だったのに」
俺が言う。
森が即座に返す。
「もう店長だけの街じゃないですよ」
「うるさい」
吉田が笑う。
「これ、どうなるんです?」
「完成した時に、駒が多い方が得点をもらう」
俺と吉田。
今は1対1。
「同じだったら?」
「両方」
「じゃあ、このままでいいんですね」
「よくない」
「何でです?」
「俺の気持ちの問題」
でも、こういうのがカルカソンヌだ。
最初から相手の街に駒を置くことはできない。
ただ、別の場所から街を伸ばして繋げれば、後から入り込むことはできる。
俺の街だったはずのものが、気づけば共有物になる。
「店長、もう一個駒入れたらいいじゃないですか」
田中が言う。
「簡単に言うな」
別の街を作って、そこへ駒を置いて、さらに都合よくこっちへ繋げなければならない。
当然、必要なタイルが来るとも限らない。
そして。
来なかった。
終盤。
俺の大都市は立派に広がっていた。
だが、完成していない。
あと一か所。
どうしても穴が残る。
「店長、それ無理じゃないですか?」
森が言う。
「まだ終わってない」
「残り少ないですよ」
「引けばいい」
「必要な形、かなり限定されてますよ」
「引けばいい」
引かなかった。
最後まで。
「終わりですね」
森が言う。
「待って」
「もうタイルないです」
「探せば1枚くらい落ちてない?」
「ないです」
机の下も見た。
なかった。
得点計算に入る。
完成していない街も最後に得点にはなる。
ただし、完成時ほどおいしくない。
修道院、道、街、草原。
順番に集計していく。
「山本さん、結構取ってない?」
木村が言う。
「そうですか?」
「そのピンク、だいぶ働いてますよ」
「無駄に置かなかったので」
「ほら、堅実」
俺が言う。
「ピンク関係ないですからね」
最終結果。
1位、山本。
「え?」
俺が言う。
「何で?」
「得点を取ったからじゃないですか?」
「初回だよな?」
「初回です」
納得いかない。
2位、森。
3位、吉田。
4位、木村。
そして5位。
俺。
最後は田中。
「よし」
思わず声が出た。
田中が顔を上げる。
「何が『よし』なんですか」
「最下位じゃない」
「店長、5位ですよ」
「6人中5位だからセーフ」
「何がセーフなんです?」
知らない。
でも最下位ではない。
それでいい。
「もう1回やろう」
俺はすぐにタイルへ手を伸ばした。
山本が止める。
「ダメです」
「何で?」
「明日、朝から村に行くんですよね?」
「1回くらいなら」
「今何時だと思ってるんですか」
時計を見る。
思っていたより遅い。
「……片付けようか」
「そうしてください」
森が笑う。
「店長、次は勝てるといいですね」
「次は本気出す」
「今回も本気でしたよね?」
「ウォーミングアップ」
「大都市作ってましたけど」
「うるさい」
タイルを箱へ戻していく。
明日は、初めてこの店の敷地の外へ出る。
ミアの村。
この世界の人たちが、どんな家に住んで、何を食べて、どんな仕事をしているのか。
俺たちが今まで見てきたのは、店へ来る客としての姿だけだ。
明日は、その暮らしを見に行く。
テーブルの上に残った最後の街タイルを箱へ戻しながら、ふと思った。
本物の村を見に行く前日に、何で俺たちは街を作ってたんだろう。
まあ。
少しくらい仕事を忘れる夜があってもいい。
異世界に来て4日目。
カワダ電器東山店。
営業終了後くらいは、ただのボードゲーム好きでいさせてほしい。
次回は明日21時公開予定




