↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
26/37

第26話 2階、営業開始します

翌朝。


朝食を済ませた俺たちは、開店前から2階に集まっていた。


今日から使うことになった第二売場。


場所は、2階の集中レジ前にある催事場だ。


1階のイベントスペースほど広くはないが、商品を絞れば十分使える。


問題は、その先だった。


催事場の奥には、普段の2階売場がそのまま残っている。


スマートフォン、テレビ、パソコン、オーディオ。


ゲームやおもちゃ、食品や日用品。


今の人数で、2階全部を営業するのは無理だ。


「この棚、もう少し右です」


高橋の声に、田中と森が什器を動かす。


「これくらい?」


「もうちょっとです。そこだと普通に人が通れます」


「厳重だな」


俺が言うと、高橋が振り返った。


「店長が『奥には入れない』って言ったんですよ」


「言ったけど」


「じゃあ、入れないようにします」


「はい」


昨日まで入口整理を任せていたせいか、こういう導線管理は妙に手慣れてきている。


棚とパーテーションを組み合わせて、催事場より奥へ進めないようにする。


完全に壁を作るわけではない。


スタッフが通れる場所は残しつつ、客から見れば自然に『ここまで』と分かる形だ。


「集中レジは、この1台だけでいいですね」


加藤がレジの電源を確認している。


「ああ。他は使わない」


何台も開けたところで、担当する人間がいない。


そもそも、最初は1台あれば十分だろう。


売場の商品も、昨日決めた通りに分ける。


1階には食品、菓子、飲み物、日用品。


それに、説明がほとんどいらない簡単なおもちゃや雑貨。


2階は、電気関係を中心にする。


モバイルバッテリー。


ポータブル電源。


乾電池。


LEDランタン。


充電器。


ケーブル。


そして、昨日追加したソーラーパネル。


「ポータブル電源、全部持ってきます?」


佐藤が聞く。


「いや。分かりやすいやつだけ」


「何種類くらい?」


「3つくらいでいいんじゃない?」


田中が首を傾げる。


「3つ?」


「安いの。真ん中。一番大きいの」


「ああ」


日本の売場なら、選択肢の多さ自体に意味がある。


性能、容量、価格、メーカー。


いろいろ比較して選べる方がいい。


でも、この世界ではまだ早い。


そもそも『電気を蓄えて持ち運ぶ』というところから説明しなければならない客も多い。


そこへ20種類並べたところで、迷わせるだけだ。


「最初は選びやすい方がいいよ」


「じゃあ、この3機種にします?」


佐藤が候補を出す。


「うん。それで」


横には、それぞれ何に使えるか分かるように商品も置く。


LEDランタン。


小型扇風機。


充電式ライト。


実際に繋いで動かして見せれば、言葉だけで説明するよりずっと早い。


「ソーラーもここで見せます?」


吉田が折り畳み式のパネルを広げる。


「見本は繋ごう。実際に充電してるところ見せたい」


「窓際でいけますかね」


「足りなかったら外だな」


そんなやり取りをしているうちに、少しずつ売場らしくなってきた。


昨日までは何もなかった催事場。


そこへ什器を並べ、商品を置き、価格を付けて、導線を作る。


見慣れた仕事だった。


異世界に来てから、ずっと異常なことばかり続いている。


でも、こうして売場を作っている時だけは、日本にいた頃とあまり変わらない。


「……やっぱり、こういうのやってる時が一番普通だな」


俺が呟くと、山本がこちらを見る。


「昨日、4階に風呂作ろうとしてた人が言います?」


「それはそれ。これはこれ」


「システムキッチンも動かそうとしてましたよね」


「使える物は使わないともったいないだろ」


「そういうところだけは一貫してますね」


褒められた気はしない。


開店時間が近づく。


1階の準備も進んでいる。


あとは、実際に客を入れてみるだけだ。


俺は2階を見回してから、高橋を見る。


「高橋」


「はい」


「2階、任せる」


昨日の夜より、返事は早かった。


「分かりました」


「レジだけじゃなくて、売場全体見てもらっていいから」


「説明もですか?」


「もちろん」


高橋は携帯・通信の担当だ。


契約こそできないが、客の使い方を聞いて必要な商品を組み合わせて提案するのは、本来の仕事とそこまで変わらない。


スマートフォンだって、本体だけ売れば終わりじゃない。


充電器やケーブル、モバイルバッテリー。


その人の使い方に合わせて、必要な物を案内する。


むしろ今の2階には、高橋が普段から触っていた商品が多い。


「分からない商品は佐藤に聞けばいい」


少し離れたところから声が飛んできた。


「聞こえてますよ」


「頼む」


「はいはい」


高橋が小さく笑った。


それを見て、少しだけ安心する。


元通りの仕事には戻せない。


でも、今できる形に変えていけばいい。


開店。


今日も朝から客は来た。


昨日ほどではないが、入口前には何組か待っている。


1階で受付をして、必要に応じて2階へ案内する。


最初は、階段を上がること自体を警戒する人もいた。


昨日まで、客が入れたのはほぼ1階だけだった。


無理もない。


「こちらにも商品があります」


田中が案内すると、何人かが恐る恐る2階へ上がってくる。


そして。


「……おお」


最初に来た男が、LEDランタンを見て声を上げた。


「昨日の灯りだ」


「はい。こちらで詳しく説明しています」


高橋が応対する。


「これは、どれくらい使える?」


「明るさによって変わります。一番明るくすると短くなりますし、少し暗くすれば長く使えます」


「暗くもできるのか?」


「できますよ」


実際に操作して見せると、男の目が変わった。


「こっちは?」


「それは、電気を持ち運ぶ物です」


モバイルバッテリー。


昨日までなら、1階で佐藤や田中が説明していた商品だ。


今日は高橋が説明している。


相手の反応を見ながら、少しずつ言い方を変える。


分からなければ一度止まり、別の言葉に置き換える。


そのやり方は、携帯売場で高齢の客へ料金プランを説明していた時と、たぶんそんなに変わらない。


俺は少し離れたところから、その様子を見る。


「普通にできてるな」


隣にいた佐藤が言う。


「元々こういう説明は慣れてるからな」


「昨日ちょっと気にしてましたもんね」


「聞いてた?」


「近くにいましたから」


まあいい。


高橋自身も、少しずつ感覚を取り戻しているようだった。


午前中。


2階には思った以上に客が上がってきた。


特に多かったのは、昨日充電サービスを使った人たちだ。


「家で充電したい」


「毎回ここへ来なくていい方法はないか」


そう聞かれれば、自然とソーラーパネルの説明へ繋がる。


毎日ランタンを少し使うだけなら、小さい物でいい。


家族で複数使うなら、もう少し大きい方がいい。


仕事で毎日大量に使うなら、大きめのポータブル電源も候補になる。


高い物を売ればいいわけじゃない。


その人に合う物を売る。


そこは、日本でも異世界でも変わらない。


「店長」


高橋に呼ばれた。


「何?」


「この人、夜ずっと灯りを使いたいそうなんですけど」


客を見る。


40代くらいの男だ。


「何に使うんです?」


「革を縫う」


仕事か。


「毎日?」


「ああ」


「夜、どれくらい?」


日が落ちてから3時間ほど作業するらしい。


俺はランタンとソーラーパネルを見る。


「だったら、こっちでいいんじゃない?」


高橋が出していた組み合わせより、一段小さい物を示す。


「これで足ります?」


「毎日晴れるわけじゃないから予備は欲しいけど、最初から大きいの買わせなくていいよ」


「なるほど」


まずはこの組み合わせで使ってもらう。


足りなければ、後から予備を増やす。


それでも不足するなら、店の充電サービスを使えばいい。


客はしばらく考えたあと、頷いた。


「それにする」


高橋が商品を持ってレジへ向かう。


すれ違いざま、小声で言った。


「店長、もっと高いの売れたのに」


「必要ない物売ってどうする」


「冗談です」


「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」


昨日より、少し顔が柔らかい。


とりあえず、この配置は悪くなさそうだ。


昼を過ぎても、2階は大きな混乱なく回った。


1階も、電気関係の商品を上へ移したことで多少余裕ができている。


単純に売場が広くなったというより、役割が分かれたことで整理された感じだ。


「最初からこうすればよかったですね」


田中が言う。


「最初から客が1,000人来ると思ってたらな」


「無理ですね」


「だろ」


異世界転移初日に、


明後日から2階も営業します。


なんて判断できる奴がいたら会ってみたい。


午後。


入口にいた森が俺を呼びに来た。


「店長、ミアちゃん来てます」


「お、来た?」


1階へ降りると、ミアが父親と一緒に立っていた。


「おとうさん、いいって!」


ミアが先に言う。


「何が?」


「むら!」


「ああ!」


昨日頼んだ話だ。


ミアの父親が頭を下げる。


「村までなら案内できる。村長にも話しておいた」


「本当ですか。ありがとうございます」


「いつ来る?」


できれば早い方がいい。


ただ、今日いきなり店を抜けるわけにはいかない。


2階を開けた初日だ。


「明日はどうです?」


「いいぞ」


話はすぐに決まった。


朝、店まで迎えに来てもらい、そこから一緒に村へ向かう。


営業が落ち着いたところで、明日の人員も考える。


本当なら、伊藤を連れて行きたかった。


接客もできるし、客との距離の取り方も上手い。


現地の人と話す役としては向いている。


ただ。


「伊藤は無理だよな」


本人がレジから顔を上げる。


「無理ですね」


「即答だな」


「私抜けたらレジどうするんですか」


「ですよね」


1階だけならともかく、今日から2階のレジまで開けている。


今の状況で、伊藤を外へ連れ出す余裕はない。


「じゃあ、田中かな」


近くにいた田中がこちらを見る。


「俺ですか?」


「接客できるし、話聞くのも慣れてるだろ」


「それはまあ」


「お願い」


「分かりました」


これで俺と田中。


あと一人。


「山本も来て」


山本が少し驚いた顔をする。


「私ですか?」


「村長から仕事の話聞くなら、山本いた方がいいだろ」


賃金。


勤務時間。


休み。


村の生活費。


町へ行く頻度。


その辺りを聞くなら、数字や条件の整理に強い山本がいた方がいい。


「店の方は?」


「木村にお願いする」


少し離れたところで話を聞いていた木村が頷いた。


「事務と連絡は大丈夫です」


「山本の代わり、頼む」


「分かりました」


問題は、何かあった時の現場判断だ。


俺も山本もいない。


そこで、小林を見る。


「小林」


「はい?」


「明日、店で何かあったらお願いしていい?」


「何かって、どの程度です?」


「俺に聞きたいレベルのやつ」


「広いですね」


「そこは頼む」


小林は白物家電のリーダーで、年齢も経験もある。


普段から落ち着いていて、トラブル時の判断も任せやすい。


少し考えてから、小林が頷いた。


「分かりました。店の方は見ておきます」


「助かる」


これで決まった。


明日の村訪問は、俺、山本、田中。


店では木村が事務と全体連絡を引き受け、何かあった時の現場判断は小林。


伊藤はレジに残る。


「店長」


伊藤が言う。


「ん?」


「帰ってきたらちゃんと教えてくださいね」


「何を?」


「村のことです」


「もちろん」


考えてみれば、俺たちはみんな気になっている。


この店へ来る人たちが、普段どんなところで暮らしているのか。


明日、ようやくそれを見に行ける。


その後も営業は大きな問題なく続いた。


2階を開けたことで、客の流れもかなり分散している。


1階で食品や日用品を買う客。


2階で電気製品の説明を受ける客。


全部を同じ場所へ詰め込んでいた昨日までとは、明らかに違った。


夕方になっても大きな混乱は起きず、最後の客を見送る。


「外、もう誰もいません」


高橋が確認して戻ってきた。


「じゃあ閉めよう」


正面入口を閉める。


異世界での営業3日目。


2階を使った初めての営業も、無事に終わった。


しばらくして、レジ締めを終えた木村と加藤がやってきた。


「店長、今日の売上出ました」


「お、いくら?」


木村が業務端末を見る。


「8,536,420円です」


「……850万か」


昨日は8,947,320円。


今日も少し下がった。


ただ、思っていたほどではない。


「ソーラー、結構出てたもんな」


「出てましたね」


山本が頷く。


昨日までは、ランタンやモバイルバッテリー、ポータブル電源そのものが中心だった。


でも今日は、それを家で使い続けるためのソーラーパネルが動き始めた。


電気製品を買った客が増えれば、次は充電する方法が必要になる。


一つの商品が売れたことで、その次の需要が生まれている。


「今月の累計は?」


「102,329,930円です」


「……1億超えたか」


月間目標は150,000,000円。


残りは約4,800万。


月末まではまだ16日ある。


単純に割れば、1日300万ほど。


初日は約1,000万。


2日目は約900万。


そして今日は約850万。


このままずっと同じ水準が続くとは思っていない。


近くの村に一通り商品が行き渡れば、売上は少しずつ落ち着いていくだろう。


それでも、もう目標が手の届かない数字には見えなかった。


「……かなり現実的になってきたな」


俺が言うと、山本も頷いた。


「ですね。異世界に来た時は、今月もう無理かと思いましたけど」


「俺も」


転移した直後は、これ以上まともに売上を作れるとは思っていなかった。


それが今では、ソーラーパネルのように、実際に商品を使ってもらったことで新しい需要まで生まれている。


明日行く村でも、俺たちがまだ知らない使い方や困りごとが見つかるかもしれない。


「異世界に飛ばされて、ノルマ達成が見えてくるって何なんだろうな」


木村が笑う。


「店長、嬉しそうですね」


「嬉しいよ。店長だから」


山本が呆れたように笑った。


まだ営業3日目。


この先どうなるかは分からない。


でも、少なくとも今は。


売上の心配だけをしていればいい状況ではなくなってきた。


明日は、初めて店の外へ出る。


ミアの村へ行って、この世界の暮らしを見る。


売るためだけじゃない。


俺たちの客が、普段どんな生活をしているのかを知るために。


「……まあ、なんとかなるか」


明日は、初めてカワダ電器の敷地の外へ出る。


こちらで第一部は終わります

今後は別話を挟みながら第二部に移行します

初めて店の敷地から離れ異世界を見てまわります



ここで改めまして、北原悠真と言います。


今回、初執筆ということもあり、文章も拙い点も多く読み辛い箇所もあるかも知れません。

もっと精進していきますので、ご容赦いただければと思います。


また、個人的に驚いたのが、作品登録の際に、AI利用についてのヒアリングがあったことです。

私自身が心配性なため、書き進んではChatGPTに流して、物語が破綻してないか?矛盾は生じていないか?誤字脱字はないか?などなど、厳しくチェックしてもらってるので、AIはとても厳しいアシスタントとして利用しています。


当の本人は全く気にもせず、勘違いしながら書いてる部分を、チャッピーから的確に指摘をもらえます。

特に登場人物が多いので、今どこにいるか?役割がすり替わってないかなど、気をつけているつもりですが、結構やらかしてます。


そんな私のうっかりを事前に埋めてから、公開できるので凄いなぁと思います。

印刷会社勤めの時は『ザル校正』とよく怒られたものです…


ただ、頼んでもいないのにアイディアを投下してくることもしばしばで…『コイツやるじゃねぇか』とライバル心を抱くことも(笑)



さて、この物語は、僕の学生時代に派遣スタッフとして家電量販店に出入りしていた時の記憶や、社会人としての経験、そしてボードゲーム業界に携わる人間としての小ネタを挟みながら、好き勝手に書いてます。


妙に解像度の高い描写がある時は…察してください。


少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。