第24話 売場が足りません
異世界での営業2日目は、昨日より落ち着いていた。
朝から数十人が並んでいた時はどうなることかと思ったが、開店してみれば昨日ほどの混乱はない。
スタッフも流れを覚えているし、入口の人数管理も機能している。
レジも止まっていない。
午前中の店内は忙しいながらも、昨日のように全員が走り回るほどではなかった。
「これなら、少し人を抜けるな」
俺が言うと、山本が業務端末から顔を上げた。
「住環境の方ですか?」
「うん。昨日は営業だけでほぼ全員使ったけど、今日はそこまでじゃない」
もちろん、客が増えればすぐ戻せばいい。
ただ、落ち着いている今のうちに進められることは進めておきたい。
異世界に来て3日目。
とりあえず寝る場所はある。
食事もできる。
シャワーも使える。
でも、それはあくまで『何とか生活できる』というだけだ。
帰れる見込みが立っていない以上、そろそろもう一段先を考えた方がいい。
「小林」
近くにいた小林を呼ぶ。
「はい」
「4階の仮眠室、洗濯機置けないかな」
「仮眠室ですか?」
「もうベッド外してるだろ。今はシャワー使う時の脱衣場にしてるし、あそこをもう少しちゃんと使いたい」
元々は1人用の仮眠室だった。
すぐ隣にシャワールームがあり、ベッドを撤去した今は脱衣場として使っている。
ただ、今は本当に着替えるだけの場所だ。
14人で生活するなら、もう少し使いやすくしたい。
「大容量のドラム式を1台置いて、個人用のロッカーも置けないかな」
「着替え置き場ですか?」
「そう。毎回、寝る場所から服持ってくるの面倒だろ」
下着や部屋着、タオル。
最低限の着替えくらいは、シャワーの近くに置いておけた方がいい。
洗濯機も同じ場所にあれば、脱いだ物をそのまま洗える。
小林が少し考えてから頷いた。
「ベッドがなくなった分、スペースはあります。配置次第ですけど、いけると思います」
「じゃあ見てもらっていい?」
「分かりました。給水と排水も確認してきます」
電力については心配していない。
今は2階も3階も通常売場として使っておらず、照明も必要なところだけ。
展示家電もほとんど動かしていない。
雨の日を想定しても、今の営業と生活で使っている電力は全体の5%程度だ。
大容量のドラム式を1台増やしたところで、問題になるような状況ではなかった。
「あと、吉田」
「はい?」
「4階の寝る場所も、一回ちゃんと考えてもらっていい?」
「寝具ですか?」
「いや。そろそろベッド置けないかなと思って」
男性側は4階の40人用会議室を使っている。
7人で寝るには十分すぎるくらい広い。
女性側は女性更衣室。
元々あったロッカーは外へ出しているので、4人が寝るにはこちらも余裕がある。
場所が足りないわけじゃない。
問題は、いつまで続くか分からない生活を、いつまでも床にマットレスだけで済ませるのかということだ。
「家具売場からベッド持ってきて置けないかな」
「それなら大丈夫だと思います」
「あと、仕切り」
「パーテーションですか?」
「できれば、もう少しちゃんとしたやつ。寝る時くらい一人になれる方がいいだろ」
朝から晩まで同じメンバーと働いて、そのまま同じ建物で暮らす。
それが毎日続くなら、せめて自分だけの空間くらいはあった方がいい。
完全な部屋を作る必要はない。
ベッドの周りを仕切って、簡易的な個室にできれば十分だ。
吉田が少し考える。
「会議室はかなり広いですし、7人分ならいけると思います。女性側も4人なら問題ないですね」
「じゃあ、ベッドと仕切りの候補お願い」
「分かりました」
昨日までは、とりあえず寝られればよかった。
今日は、その次を考えられる。
少しずつだが、この店が『泊まる場所』から『暮らす場所』へ変わり始めていた。
もっとも、営業の方にも新しい問題は出ていた。
「店長」
田中に呼ばれて、俺は1階のイベントスペース奥へ向かった。
「どうした?」
「これ、どこに置きます?」
田中が指さした先には、追加で出してきた菓子類や日用品が並んでいる。
「……また増えたな」
「増えましたね」
最初から、何でもかんでも並べていたわけじゃない。
菓子類も日用品も、ある程度種類を絞っていた。
同じような商品を何種類も並べれば、それだけで売場が狭くなる。
だから最初は、分かりやすい商品を中心に選んでいた。
ところが昨日、予想以上の客が来た。
当然、欠品も出る。
これがなくなったなら、こっちを出そう。
そんな感じで、その場その場で代わりの商品を持ってきた。
クッキーがなくなれば別の菓子。
石鹸が減れば別の商品。
タオルが売り切れれば違う種類。
飲み物も、日用品も同じだった。
あくまで欠品した商品の代替だったはずなのに、その代替品まで普通に売れた。
しかも今日になると、
「昨日売っていた、あっちのお菓子はないのか」
「昨日見た別の石鹸が欲しい」
そんなことを聞いてくる客までいる。
昨日その場しのぎで出した商品が、客にとってはもう『この店で売っている商品』になっていた。
「……これ、戻せないな」
俺が言うと、田中が頷く。
「昨日買った人がいる以上、今日もあると思いますよね」
「だよな」
元々扱っていたポータブル電源やモバイルバッテリー、LEDランタンみたいな商品が新しく増えたわけじゃない。
増えたのは、同じカテゴリーの中にある商品の種類だ。
菓子も増えた。
日用品も増えた。
電池も種類違いが増えた。
小型家電も、代替で出した別モデルを引っ込めづらくなった。
1つ1つは大した増加に見えなくても、それが全部積み重なると話は別だ。
「商品点数、だいぶ増えてますね」
後ろから山本の声がした。
「昨日、欠品するたびに代替出したからな」
「しかも、その代替品まで売れましたからね」
「今日、それ目当ての人も来てる」
「ですね」
俺は改めてイベントスペースを見回した。
食品、菓子、飲み物、日用品、電池、照明、小型家電、バッテリー関係、おもちゃ。
最初から扱っていたカテゴリー自体は、大きく変わっていない。
でも、その中に並ぶ商品の種類が明らかに増えている。
「……売場が足りないな」
単純に客が増えたから狭いわけじゃない。
売る物が増えた。
しかも、一度売ってしまった以上、簡単には引っ込めづらい物ばかりだ。
「減らします?」
山本が聞く。
俺は少し考えてから首を振った。
「売れてる物を減らす理由がない」
「じゃあ、広げるしかないですね」
「それは夜考えよう。今日はこのまま」
営業中に売場を大きく動かすのは危ない。
どこまで広げるのか。
どの商品を移すのか。
レジをどうするのか。
考えるなら、営業が終わってからだ。
その後も客足は続いた。
昨日のように入口の外まで延々と列が伸びるほどではないが、暇というわけでもない。
混む時間もある。
ただ、少し待てば流れる。
そのくらいのペースだった。
おかげで休憩も昨日よりきちんと回せた。
「店長、昼行ってください」
山本に言われる。
「まだ大丈夫」
「そう言って昨日遅れましたよね」
「……はい」
反論できない。
俺もちゃんと休憩を取る。
店長が倒れたら、それこそ話にならない。
昼を済ませて1階へ戻ると、小林が戻ってきていた。
「どうだった?」
「洗濯機、いけそうです」
「本当?」
「置き方を少し考えれば、大容量のドラム式とロッカーは入りそうです。給水も取れます」
「排水は?」
「そこだけ少し手を入れる必要がありますけど、何とかなりそうです」
「じゃあ、それで進めよう」
これで、脱衣場に洗濯機と着替え置き場をまとめられる。
シャワーを使う。
着替える。
脱いだ物を洗う。
最低限の着替えを置いておく。
今よりずっと生活らしくなる。
ただ、小林はそこで話を終わらせなかった。
「店長」
「ん?」
「今のシャワー、14人でずっと使うつもりですか?」
「……やっぱそこ気になる?」
「使えなくはないですけど、毎日だと大変ですよ」
俺も同じことを考えていた。
今あるのは1人用のシャワーだけ。
非常時なら十分だ。
でも、これから先も14人で暮らすとなると話は変わる。
「3階のリフォーム展示に、風呂あるよな」
小林が嫌な予感でもしたような顔をした。
「ありますけど」
「4階に持ってこれないかな」
「展示用のユニットバスを?」
「うん」
「店長、それ結構大仕事ですよ」
「できるかどうかだけ」
4階にはバックヤードもある。
在庫を置くためのスペースなので、まだかなり余裕があり、天井も高い。
そこへ置けるなら、生活設備を4階にまとめやすい。
「場所なら、トイレ周辺どう?」
小林が少し考える。
「給排水を考えると、その辺りが候補にはなりますね」
「ユニットバス自体は運べる?」
「展示品ですから、一度ばらして4階で組み直せると思います。部材も貨物エレベーターで上げられますし」
「じゃあ、いける可能性はある?」
「あります。ただ、脱衣場をどうするかは考えないと駄目ですね」
今の仮眠室は、既存シャワー用の脱衣場にして、洗濯機と個人ロッカーも置く予定だ。
そこへ新しい風呂の脱衣場まで兼ねさせるのは無理がある。
なら、ユニットバスの近くに別で作るしかない。
壁まで作るのか。
パーテーションで区切るのか。
そこは実際の配置を見ながら考えればいい。
「すぐやらなくていい。置けるかどうかと、必要な工事だけ見ておいて」
「分かりました」
風呂まで少し現実味が出てきた。
そこで、もう一つ気になる。
食事だ。
今は3階の調理家電実演スペースで食事をしている。
電子レンジも炊飯器もあるし、調理するには便利だ。
でも、寝る場所は4階。
シャワーも4階。
これから風呂や洗濯まで4階へ集めるなら、食事のたびに3階まで降りるのは地味に面倒になる。
「吉田」
「はい?」
「4階のバックヤード、手洗い場の近くってテーブル置ける?」
「かなり置けますよ」
「ダイニング作れないかな」
「食事する場所ですか?」
「そう。毎回3階まで行くのも面倒だろ」
本格的な調理は今まで通り3階でもいい。
でも、食べる場所くらいは寝る場所の近くにあった方がいい。
そこでまた、3階を思い出す。
「……システムキッチンもあったよな」
吉田が笑った。
「リフォーム展示の?」
「うん」
「持ってきます?」
「持ってこれるなら」
今度は小林が苦笑する。
「風呂の次はキッチンですか」
「せっかくあるんだから使える物は使おう」
家電量販店で暮らしている。
なら、売っている物を使わない手はない。
システムキッチンを4階の手洗い場周辺へ持ってきて、給排水を繋げられるなら、簡単な調理まで4階で済ませられる。
テーブルと椅子を置けば、そこがダイニングになる。
「これもできるか確認だけお願い」
「分かりました」
洗濯機。
ロッカー。
ベッド。
簡易個室。
風呂。
ダイニング。
システムキッチン。
昨日までは、とにかく寝られれば十分だった。
でも、帰れる見込みが立っていない以上、そろそろ考え方を変えなければならない。
ここは店だ。
それでも今の俺たちにとっては、同時に家でもある。
なら、住めるようにするしかない。
そんなことを考えている間にも、1階からはスタッフに呼ばれる声が聞こえてくる。
まだ営業は終わっていない。
「店長、ちょっとお願いします!」
「はいはい、今行く!」
俺は4階を後にして、また売場へ戻る。
昨日よりは落ち着いている。
それでも、次から次へと客は来る。
商品を補充して、説明して、売場を整えて。
気がつけば、午後の時間も慌ただしく過ぎていった。




