第23話 異世界でも採用します
正面入口の外には、すでに数十人が集まっていた。
「……増えてない?」
俺が言うと、渡辺が外を見ながら頷いた。
「昨日より早いですよね」
「まだ開店前なんだけど」
昨日は朝から人が押し寄せた。
でも今日は、それを知ったうえで来ている。
昨日商品を買った人もいれば、買えなかった人もいるだろう。
昨日来た誰かから話を聞いて、初めて来た人だっているはずだ。
理由はそれぞれだろうが、少なくとも昨日だけの物珍しさで終わったわけではなさそうだった。
「とりあえず、昨日と同じで入場管理しよう」
高橋が入口へ向かう。
「40人ずつでいいですか?」
「うん。最初はそれで」
昨日の反省はある。
だからといって、いきなり全部を変える必要はない。
使えるところはそのまま使って、問題が出たところだけ直していけばいい。
売り切れた商品の一部も戻ってきたし、充電サービスも今日から始められる。
制服まで届いた。
GOD BOXの件は意味不明なままだが、それを考えている間にも客は来る。
なら、まず店を開ける。
今やるべきことは、それだ。
「店長」
入口へ向かおうとしたところで、伊藤に呼び止められた。
「昨日の子、来てますよ」
「昨日の子?」
「最初に来た女の子です」
見ると、入口の外で並んでいる大人たちの間から、小さな手が振られていた。
「あ」
俺も手を振る。
女の子は嬉しそうに笑った。
最初に会った時は、店の中へ入るだけでもかなり警戒していた。
それが今では、完全に顔見知りだ。
「開けたら中に入れてあげて」
「分かりました」
開店準備を済ませ、正面入口を開ける。
昨日と同じように40人ずつ案内を始めると、女の子も最初の組に混じって店内へ入ってきた。
俺を見つけると、そのまま小走りで近づいてくる。
「おはよう!」
「おはよう」
昨日より、明らかに距離が近い。
「今日も来たの?」
「うん!」
「何か買いに来た?」
女の子は少し考えてから首を振った。
「見に来た!」
「そっちか」
まあ、それでもいい。
店なんて、買う時だけ来る場所じゃない。
見て、遊んで、気に入った物があれば買ってもらえばいい。
「昨日、お母さんにいっぱい話した!」
「何を?」
「ここ!」
女の子が両手を広げる。
たぶん店全部のことを言っている。
「光るやつとか、風が出るやつとか、お菓子とか!」
「それ全部話したの?」
「うん!」
なるほど。
昨日1,024人来た原因の一部は、この子かもしれない。
「そういえば」
俺は今更ながら気づいた。
何度も話しているのに、名前を聞いていない。
「名前、聞いてなかったよな」
女の子が一瞬きょとんとする。
それから、自分を指さした。
「ミア」
「ミア?」
「うん!」
「俺は中村」
「ナカムラ!」
「店長でもいいよ」
「テンチョー!」
そっちを選ぶのか。
まあいい。
「じゃあミア。ちょっと聞いていい?」
「いいよ!」
俺は入口から少し離れた、営業の邪魔にならない場所へ移動した。
ミアもそのままついてくる。
「この辺って、村以外にも人がたくさんいるところある?」
「あるよ」
即答だった。
「町?」
「うん。大きいよ!」
やっぱりある。
昨日から村の人たちと話していて、近くに村しかないとは思っていなかった。
商店があって、魔道具があって、魔石も流通している。
なら、それなりの規模の町や市場があるはずだ。
「そこで物を買ったりできる?」
「できるよ。お肉もお野菜もあるし、服もあるよ」
俺の中で、昨日の書き置きが蘇る。
『こっちの世界とも、ちゃんと取引してくださいね。』
食料や生活用品。
それに、魔石や魔道具。
この世界で何が売られているのか、一度自分の目で見ておきたい。
「行ってみたいな」
「テンチョー、町行くの?」
「そのうちね」
ミアが嬉しそうに頷く。
「お父さん知ってるよ!」
「道を?」
「うん!」
それは助かる。
さすがに初めての異世界で、地図もなしに歩き回るつもりはない。
店の外がどれくらい安全なのかも分かっていない以上、行くなら現地の人に案内してもらった方がいい。
「じゃあ、今度お父さんにも話聞かせてもらえる?」
「いいよ!」
勝手に承諾していいのかとは思うが、本人が連れてきてくれるなら、その時改めて頼めばいい。
「ありがとう」
俺が言うと、ミアは満足そうに笑った。
そして、そのままお菓子の方へ走っていった。
「走らない!」
伊藤の声が飛ぶ。
ミアが急に歩き出す。
ちゃんと聞くんだ。
少し面白い。
俺は売場を見回した。
昨日ほどの混乱はなく、スタッフも流れを覚えている。
充電サービスの受付にも、早速何人か並んでいた。
これなら、少しくらい別のことを試しても問題なさそうだ。
そこで、俺はGOD BOXのことを思い出した。
こっちの世界とも取引しろ。
そう言われても、手元にあるのは日本円だ。
昨日の客から受け取った現地通貨は、レジを通した時点で処理されている。
現地で買い物をするなら、当然こちらの通貨が必要になる。
「……試してみるか」
1階では営業が動いている。
わざわざイベントレジを止めて、よく分からない実験を始める必要はない。
俺はGOD BOXから10,000円札を1枚だけ持ち出し、2階へ上がった。
向かったのは、今は使っていない集中レジだ。
周囲に客はいない。
ここなら、何を試しても売場には迷惑をかけない。
「さて」
一万円札を手に持つ。
昨日は、この世界の金をレジに通すと日本円へ変わった。
なら、逆はどうなるのか。
この日本円を、現地で使える金に替えたい。
そう意識した瞬間、頭の中に見慣れた表示が浮かんだ。
《基本能力:両替》
「やっぱり反応するか」
レジを操作し、一万円札を投入口へ入れる。
商品を通したわけではない。
売上として処理したわけでもない。
当然、レジの現金が10,000円増えたわけでもなく、ただ《両替》を使うために日本円を投入しただけだ。
レジが小さく音を立てる。
投入した一万円札は、そのまま内部へ消えた。
少し遅れて、レジ脇の排出口から硬貨と紙幣が出てくる。
「……おお」
思わず声が出た。
昨日何度も見た、この世界の通貨だ。
排出口から取り出すと、《両替》のおかげで、その価値も自然に分かる。
合計で10,000円相当。
レジの売上にも、開店準備金にも一切触れていない。
GOD BOXから持ってきた日本円だけが、同じ価値の現地通貨へ変わっていた。
「逆もいけるんだな」
これなら、町へ行っても買い物ができる。
食料も買えるし、魔石も魔道具も、この世界の物なら実際に金を払って仕入れられる。
昨日の書き置きにあった『取引』が、ようやく現実的になってきた。
俺は現地通貨をまとめてポケットへ入れ、1階へ戻った。
少し離れたところにいた山本を呼ぶ。
「山本、ちょっといい?」
「はい?」
俺はポケットから、さっき両替した現地通貨を出した。
「これ、GOD BOXの1万円」
山本が一瞬止まる。
「……減ってません?」
「現地通貨にした」
「できたんですか?」
「できた」
俺は2階で試したことを説明した。
山本は現地通貨を見ながら、少し驚いた顔をする。
「これなら、向こうで買い物できますね」
「そう。さっきミアにも聞いたんだけど、この辺に大きい町があるらしい」
「町?」
「肉も野菜も売ってるって。多分、魔石とか魔道具もある」
山本が少し考える。
「仕入れもできますね」
「それもある」
この世界の物価を知りたいし、実際に何が売られているのかも見ておきたい。
GOD BOXの書き置き通りに現地と取引するなら、なおさら一度は行っておいた方がいい。
「でも」
山本が売場を見る。
「店長、店空けられます?」
「……そこなんだよ」
今の東山店には14人しかいない。
昨日は14人総出だったし、今日も朝から数十人が並んでいる。
俺が数時間抜けるだけなら何とかなるかもしれない。
ただ、今後この状態が続くなら、町へ行く以前に別の問題を考えないといけない。
休みだ。
異世界へ来てから、今日で3日目。
店舗から出られないせいで感覚がおかしくなっているが、全員がほぼずっと職場にいる。
仕事が終わっても店内にいて、朝起きればそのまま仕事が始まる。
このままでは、勤務と生活の境目がなくなる。
「……これ、休みどうするんだ?」
思わず口に出た。
山本が俺を見る。
「今気づいたんですか?」
「いや、昨日から考えてはいたよ」
「本当ですか?」
「本当」
たぶん。
ちょうど近くにいた木村も呼ぶ。
「俺たち、このまま毎日全員で営業するの無理だよな」
山本が当然のように頷いた。
「無理ですよ」
即答だった。
「ですよね」
「昨日1日だけでもかなり疲れてますから。店に住んでるからって、毎日勤務扱いにするのはダメです」
「分かってる」
店から帰れないことと、毎日働くことは別だ。
たとえ店内にしかいられなくても、仕事から外れて休める日は必要になる。
「シフト組む?」
俺が聞く。
「組むしかないですね」
山本が答える。
「ただ、昨日くらいお客様が来るなら、人数を減らすのはかなり厳しいです」
「だよな」
14人でも余裕があったとは言えない。
入場管理や接客、レジ、実演、在庫、バックヤード、集計、清掃。
さらに今日からは充電サービスまで始まっている。
人数を減らせば、その分どこかにしわ寄せが来る。
「人、増やすしかないか」
木村がこちらを見る。
「増やすって、どこからです?」
俺は1階の入口側を指さした。
「外」
一瞬、2人とも黙った。
山本が先に口を開く。
「現地の人を雇うってことですか?」
「うん」
口にしてみると、意外と悪くない。
むしろメリットは多い。
この世界の常識を知っているし、村や町のことも分かる。
現地の商品や物価にも詳しく、客との感覚だって俺たちより近い。
俺たちは言葉こそ通じるが、文化まで理解しているわけではない。
現地スタッフがいれば、その差を埋めてもらえる。
「給与は?」
木村が聞く。
「そこは調べないと」
昨日のGOD BOXには利益分の日本円が入っている。
しかも、その日本円は現地通貨へ両替できた。
給料を払う手段そのものはある。
あとは、この世界で働いた時の普通の給料がいくらなのか。
勤務時間や休み、それに仕事内容。
そのあたりを聞く必要がある。
山本が考えながら言う。
「雇用契約とかどうするんです?」
「そこも問題だな」
日本の雇用契約を、そのまま持ってくるわけにもいかない。
そもそも、この世界にどんな雇用慣行があるのか分からない。
「いきなり正式採用は怖いな」
「私もそう思います」
「まずは手伝いとか、短時間からかな」
「それなら現実的かもしれませんね」
俺は1階の売場を思い浮かべる。
品出しや入口案内。
簡単な清掃や商品の運搬。
番号札を渡すくらいなら、最初からレジや高額商品を任せなくてもいい。
できるところから少しずつ覚えてもらえばいい。
そこで、もう1つ気づいた。
「制服も出せるな」
山本がこっちを見る。
「昨日届いたやつですか?」
「そう。申請したら来た」
現地スタッフ用のサイズが申請できるのか。
そもそも、社員でもない人間の制服申請が通るのか。
そこは試さないと分からない。
でも、もし通るなら、この世界の人がカワダ電器の制服を着て売場に立つことになる。
「……すごい絵になりそうだな」
「何がです?」
「いや、なんでもない」
獣人のスタッフが制服を着ている可能性だってある。
猫耳にカワダ電器の制服。
普通にありそうなのが怖い。
「店長、楽しんでません?」
山本が言う。
「ちょっとだけ」
「採用はちゃんとしてくださいね」
「分かってるよ」
冗談で雇うわけじゃない。
俺たちが休むためにも、この世界を知るためにも、店を長く続けるためにも、現地スタッフは必要になるかもしれない。
それに、町へ行くなら店を任せられる人数も増やしておきたい。
一気に全部を決める必要はない。
まずは今日の営業を続けながら、村の人たちに仕事について聞いてみる。
給料の相場や働き方。
どんな仕事が一般的なのか。
そして、うちで働いてみたい人がいるのか。
「とりあえず、募集条件作ろう」
俺が言うと、山本がすぐに止めた。
「今日ですか?」
「今日中に叩き台」
「また仕事増やしてますよ」
「だから現地スタッフ雇うんだよ」
「まだ雇ってません」
「これから雇う」
山本がため息をつく。
その横で木村が笑っていた。
「まず相場調査ですね」
「うん。そこから」
俺は1階の売場を見る。
ミアがお菓子売場の前で伊藤と話している。
その向こうには、昨日とは違う顔の客もいる。
数十人で始まった今日の営業を眺めていると、この中に将来同じ制服を着て働く人がいる可能性だってあるんだと、少しだけ現実味を帯びてきた。
昨日までは、どうやって商品を売るかばかり考えていた。
でも、これから必要なのはそれだけじゃない。
こちらから物を買うことも考えなければならないし、町へも行きたい。
スタッフの休みも作らなければならない。
そのためには、人も増やす必要がある。
異世界生活3日目。
カワダ電器東山店は、商品を売るだけの店から、少しずつこの世界で商売を続ける店へ変わり始めている。
そして今、次に必要なのは新しい商品ではなく。
一緒に働いてくれる人だった。
次回は明日21時公開予定
GOD BOXは、店の売上100に対して、製品原価75%を引いた25%分が入っています。




