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第22話 売上、ちゃんと入金されてます

目が覚めた。


最初に見えたのは、見慣れない天井だった。


「…………」


いや、見慣れてはいる。


毎日のように見ているバックヤードの天井だ。


ただ、普段ここで目を覚ますことがないだけで。


「……朝か」


身体を起こす。


マットレスの上で寝たおかげか、昨日の会議室よりは身体が楽だった。


隣を見ると、鈴木さんはまだ寝ている。


「…………」


そこで、ようやく思い出した。


俺は何のためにここで寝たんだ。


一気に眠気が飛び、搬入口へ視線を向ける。


昨夜、寝る前までは広く空いていた納品スペース。


そこに、大量の段ボールが並んでいた。


「……来てる」


思わず声が漏れる。


昨日まで何もなかった場所に、箱、箱、箱。


床置きされたケース商品や家電の外箱、積み上げられた日用品まで、かなりの量が並んでいる。


「鈴木さん」


返事がない。


「鈴木さん」


「……ん?」


「起きてください」


鈴木さんがゆっくり目を開けた。


「……来たか?」


「来てます」


その一言で、鈴木さんも起き上がった。


2人で納品スペースを見る。


「おお……」


「おお、じゃないですよ」


「店長も寝てただろ」


「寝てましたけど」


「じゃあ一緒だ」


何のために2人でバックヤードに寝たのか。


結局、納品された瞬間は見ていない。


夜中に物音がした記憶もなく、搬入口の鍵も閉まったまま。


シャッターにも異常は見当たらない。


少なくとも、普通にトラックが来て荷物を下ろしたようには見えなかった。


「……また見逃した」


「寝てたからな」


「鈴木さんもでしょ」


「酒、うまかったしな」


「それ関係あります?」


ある気はする。


でも認めたくない。


「とりあえず確認しましょう」


「おう」


鈴木さんはすぐに倉庫担当の顔へ戻った。


昨日発注した一覧をスマホで確認しながら、届いた商品を見ていく。


食品、日用品、電池、LEDランタン、小型扇風機、モバイルバッテリー、ポータブル電源、簡単なおもちゃ。


かなり届いている。


しかも、昨日売り切れた商品も何種類か見える。


「これなら今日もいけるな」


正直、かなり安心した。


売上が立っても、商品が補充できなければ店は続かない。


昨日は約1,000万売れた。


でも、それだけの商品が店からなくなったということでもある。


だから今は、売れたことよりも補充できたことの方がありがたかった。


「全部あります?」


「いや」


鈴木さんが首を振る。


「いくつか足りねえな」


「やっぱり?」


確認していくと、発注した数量より少ない商品がある。


箱そのものがない商品もあった。


ちょうどそこへ、バックヤードの扉が開く。


「おはようございます」


山本だった。


「おはよう」


山本は大量の荷物を見ると、一瞬だけ足を止めた。


「……来たんですね」


「来た」


「納品されるところは?」


俺と鈴木さんが黙る。


山本がこっちを見る。


「寝ました?」


「寝た」


「2人とも?」


「2人とも」


「何のためにそこで寝たんですか」


「それは俺も今考えてた」


山本が小さくため息をつく。


「まあ、届いたなら良かったですけど」


「ただ、全部じゃないっぽい」


「確認します」


山本が業務端末を開く。


鈴木さんが届いていない商品名を伝え、山本が発注履歴を順番に確認していった。


「ああ、これは在庫切れです」


「在庫切れ?」


「こっちは入荷待ち。こっちは発注数に対して引当数量が少ないですね」


「……普通だな」


「普通ですね」


異世界だから届かなかったわけではなく、地球側で普通に在庫が足りなかっただけらしい。


「そこは普通なんだ」


「むしろ、この表示を見る限り、向こうの在庫をそのまま参照してるっぽいですね」


昨日大量に発注したからといって、商品が無限に湧いてくるわけではない。


在庫がなければ来ない。


数量が足りなければ減らされるし、入荷待ちなら待つ。


そこだけ見れば、いつものカワダ電器だ。


「なんか安心するような、しないような」


俺が言うと、山本も苦笑した。


「少なくとも、無限在庫ではなさそうですね」


「まあ、それはそうか」


全部好きなだけ出せるなら、それはもう家電量販店じゃない。


俺たちがやっているのは、あくまで商売だ。


在庫があって、売れて、減ったら発注する。


届くこともあれば、欠品することもある。


その方がまだ理解できる。


「店長」


鈴木さんが少し離れた場所から呼んだ。


「これ、なんだ?」


見ると、商品とは少し違う形の段ボールが置かれている。


側面には社内用のラベルが貼られていた。


山本が近づく。


「あ」


「何?」


「制服です」


「制服?」


昨日、長期生活を考える中で試しに追加申請したやつだ。


箱を開けると、中には見慣れたカワダ電器の制服がサイズごとにまとめられていて、名札用の備品まで入っていた。


「……本当に来た」


「来ましたね」


「商品じゃないぞ、これ」


「社内備品ですね」


山本が業務端末を確認する。


「申請処理も完了になってます」


「じゃあ、発注だけじゃないんだ」


商品を注文すれば届くだけではなく、社内システムから申請した制服まで届いた。


となると、東山店の商品発注システムだけが地球とつながっているわけではない。


カワダ電器の業務システムそのものが、何らかの形で向こうとつながっている可能性がある。


「……便利なんだけど、怖いな」


「分かります」


山本が頷く。


「何が通って、何が通らないのか分かりませんからね」


メールは送れない。


電話もできない。


本部へ連絡も取れない。


なのに、発注は通るし、制服申請も通る。


基準がまったく分からない。


「そのうち、有給申請も通るんじゃない?」


「店長、今取ります?」


「帰れるなら取る」


「でしょうね」


そんな話をしていると、山本が業務端末の画面を見たまま止まった。


「……店長」


「今度は何?」


「ちょっと、これ見てください」


嫌な予感がする。


山本がこういう声を出す時は、大体何かある。


画面を覗き込む。


売上関連の入金処理。


昨日の日付。


東山店。


金額、9,983,760円。


「…………」


見覚えがある。


ありすぎる。


昨日の売上、そのままだ。


「店長」


「うん」


「昨日の売上、会社に入金されてます」


「……なんだって!?」


思わず声が大きくなった。


もう一度画面を見る。


9,983,760円。


間違いない。


昨日、異世界で売り上げた金額だ。


「全額?」


「全額です」


「ちょっと待って」


昨日のレジ締めを思い出す。


開店準備金100,000円をレジへ残し、それ以外の売上金は全部事務所の金庫へ入れた。


俺も見ていたし、加藤と伊藤が現金を数えてPOSとの差異がないことも確認している。


その売上金を金庫へ運び、施錠した。


「まだ金庫だよな?」


「そのはずです」


「だよな?」


通常なら、店舗の現金売上が勝手に会社へ入金されることはない。


警備会社の現金輸送サービスが店舗から回収し、そこから所定の処理を経て入金される。


当然、異世界に警備会社なんて来ていない。


少なくとも、俺たちは見ていない。


「事務所行こう」


「はい」


鈴木さんもついてくる。


3人で4階の事務所へ上がり、金庫を開ける。


扉の中を見て、俺はしばらく動けなかった。


「……ない」


完全に空というわけではない。


元から金庫内に保管していた物は、そのまま残っている。


でも、昨日入れた売上金だけが綺麗になくなっていた。


「昨日、ここに入れましたよね?」


山本が確認する。


「入れた」


「俺は見てねえけど、店長が入れたんだよな?」


鈴木さんが言う。


「入れたよ」


間違いない。


金庫は施錠されていて、荒らされた形跡もない。


それなのに昨日の売上だけが消え、会社側には同じ金額が全額入金されている。


「……自動回収?」


俺が言う。


山本が首を振る。


「そんな機能ありません」


「だよな」


そんな機能があるなら警備会社がいらない。


「じゃあ、誰が持ってったんだよ」


誰も答えない。


答えられるはずもない。


とりあえず金庫を閉め、バックヤードへ戻ることにした。


また確認することが増えた。


歩きながら、山本が業務端末を確認する。


「木村さんにも後で見てもらいましょう。会計上どう処理されているのかも確認した方がいいです」


「そうしよう」


「ただ、少なくとも会社側には普通に売上として上がってます」


「異世界の売上なのに?」


「数字だけ見れば、普通の東山店の売上です」


「普通って何だっけ」


最近、本気でそれが分からなくなってきた。


バックヤードへ戻ると、鈴木さんは再び検品に取りかかった。


俺も制服の箱を端へ移そうとして、ふと気づいた。


その奥に、見覚えのない箱がある。


「……これ何?」


さっきまで商品に隠れて見えなかった。


段ボールでもなく、プラスチック製の収納ケースにも見える。


大きさは宅配便の中型箱くらいで、白っぽい箱の上には黒い文字が書かれていた。


《GOD BOX》


「…………」


嫌な名前だ。


ものすごく嫌な名前だ。


山本も覗き込む。


「ゴッド……ボックス?」


「そう読めるよな」


「発注しました?」


「するわけないだろ」


「ですよね」


鈴木さんも近づいてくる。


「商品じゃねえよな」


「商品マスタにGOD BOXがあったら嫌だよ」


触ってみると、見た目通り普通の箱らしい。


鍵もない。


俺は蓋に手をかけた。


「開けます?」


山本が聞く。


「開けるしかないだろ」


ゆっくり蓋を持ち上げ、中を見た瞬間、また言葉が止まった。


「…………」


札束。


日本円。


綺麗にまとめられた紙幣が入っている。


「金?」


山本も固まった。


「なんで?」


「知らない」


売上金は会社へ入った。


金庫からも消えた。


なのに、また金が来た。


意味が分からない。


「木村呼ぼう」


「ですね」


しばらくして、木村がバックヤードへ来た。


事情を説明する。


最初は半信半疑だったが、GOD BOXの中身を見た瞬間、表情が変わった。


「数えます」


「お願い」


紙幣を取り出して数え、山本が昨日の販売データを開く。


木村も数字を照合しながら計算を進めていった。


少し時間がかかった。


やがて、木村が手を止める。


「合います」


「何と?」


「昨日の利益分です」


「……利益?」


「昨日の売上から、販売した商品の原価を引いた金額です」


俺と山本が顔を見合わせた。


「ぴったり?」


「ぴったりです」


もう一度整理する。


昨日の売上は9,983,760円。


その全額が会社側へ入金され、金庫からも同じだけの売上金が消えている。


一方、このGOD BOXには、そこから販売した商品の原価相当額を引いた利益分だけが入っていた。


「……どういう精算だよ」


誰に聞いているのか、自分でも分からない。


会社には売上全額が入り、そのうえで異世界側には利益だけが戻ってくる。


普通ではない。


ただ、数字だけは妙に綺麗だった。


「店長」


木村が箱の中を見て言った。


「紙、入ってます」


「紙?」


札束の下に、小さく折られた紙が1枚入っている。


嫌な予感しかしない。


取り出して開く。


日本語だった。


『これは報酬です。こっちの世界とも、ちゃんと取引してくださいね。』


「…………」


しばらく誰も喋らなかった。


俺はもう一度、紙を読む。


やっぱり同じことが書いてある。


「……誰からです?」


山本が聞く。


「さあ」


そう答えながら、頭の中には1人しか浮かんでいなかった。


夢に出てきた、あの創造神。


若返った理由を聞いた俺に、『その方が、動きやすいでしょう?体力もありますし、長く働けます』と、何でもないことのように言った存在。


たぶん、こいつだ。


いや、絶対こいつだ。


「店長?」


「……いや、なんでもない」


俺は紙へ視線を戻す。


こっちの世界とも、ちゃんと取引してくださいね。


地球の商品をこちらで売るだけではなく、この世界の人たちとも金を動かせ。


そういう意味に見える。


木村がGOD BOXの中を見る。


「この利益分が、報酬ってことですかね?」


「たぶんな」


山本も数字を確認する。


「会社には売上全額が入って、利益だけこっちに戻る……」


「今のところ、そう見える」


「意味分かりませんね」


「俺も」


ただ、これで1つ安心できることもあった。


俺はGOD BOXの中の現金を見る。


「……まあ、とりあえず給料はここから払えるな」


山本が一瞬黙った。


「ああ……」


「いつ帰れるか分からない以上、みんなの給料も考えないといけないだろ」


元の世界の給与処理が今後どうなるのかは分からない。


会社側で今まで通り給与が支払われる可能性もある。


ただ、それを俺たちが確認する方法はない。


少なくとも、目の前には使える現金がある。


「でも、勝手に配るのも違うな」


俺が言うと、山本が頷いた。


「ですね。そもそも、このお金を誰のお金として扱うのかから決めないと」


会社の金なのか、東山店の運転資金なのか、それとも俺たちへの報酬なのか。


書き置きには『報酬』としか書かれていない。


しかも、この世界とも取引しろと書かれている以上、全部を給与に回すわけにもいかない。


「給料、現地での仕入れ、生活費、店の運転資金……」


木村が指を折りながら数える。


「使い道、結構ありますね」


「あるな」


何より、まだ1日分しか確認できていない。


今日の営業でも同じ仕組みになるのか、毎日利益分が返ってくるのか、何か条件があるのか。


今のところは何も分からない。


俺はGOD BOXの蓋を閉めた。


「この金をどう運用するかは、今後ちゃんと決めよう」


「ルール作ります?」


山本が聞く。


「作る。ただし今日じゃない」


「店長にしてはまともですね」


「どういう意味?」


「そのままの意味です」


そこへ、バックヤードの入口から渡辺が顔を出した。


「店長」


「何?」


「外、もう人います」


「……え?」


時計を見る。


まだ開店準備を始めるような時間だ。


「何人?」


「今見えるだけで、10人くらいです」


早い。


昨日より早い。


俺はGOD BOXへ一度だけ目を向けた。


会社への入金も、利益分の報酬も、現地との取引も、この金をどう扱うのかも、考えなければならないことは一気に増えた。


ただ、今やるべきことは決まっている。


「山本」


「はい」


「金の話は今日の営業終わってから」


「分かりました」


「木村も、数字だけ記録お願い」


「はい」


昨日売り切れた商品の一部は戻ってきた。


届かなかった商品もあるし、制服まで届いた。


そのうえ、店の外にはもう客が来ている。


なら、店長として今やることは1つだ。


「よし。開店準備しよう」


異世界生活3日目の朝。


会社への入金も、GOD BOXも、この世界との取引も、全部あとで考える。


今はまず、今日の店を開けるところからだ。


次回は明日21時公開予定


鈴木の口調を統一させました

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