↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/37

第21話 今夜はバックヤードで

グループチャットに送ったメッセージを確認して、俺はスマホをポケットに入れた。


『今日はここまで。終わってない作業は明日に回していい』


『寝床作ったら、ご飯食べて休んでな!』


送った以上、俺もそろそろ仕事を終わらせるべきだ。


そう思いながら1階の奥へ向かうと、バックヤードから台車の音が聞こえてきた。


「まだやってるし」


中へ入る。


広いバックヤードには、昼間より明らかに空いたスペースができていた。


すぐには動かなそうな在庫や、明日の販売に影響しない商品は4階の予備倉庫へ移され、搬入口の前はかなり広く空いている。


渡辺が空の台車を押して戻ってきた。


「あ、店長。ちょうど終わります」


「終わるって送ったばっかりだからな」


「見ました」


「なら止まれ」


「これ戻したら終わりです」


「それならよし」


奥では鈴木さんが最後の荷物を壁際へ寄せていた。


「鈴木さんも、今日はそこまでで」


「おう。もうだいたい空いたぞ」


鈴木さんが手を止め、搬入口側を見る。


俺もつられてそちらへ目を向けた。


確かに広い。


今日の昼頃まで商品で埋まっていたとは思えないくらい、床が見えている。


「これだけありゃ、ある程度は入るだろ」


「ある程度、ですけどね」


今日の発注量を思い出す。


食品、日用品、電池、小型家電、モバイルバッテリー、ポータブル電源、おもちゃ。


売れた物を中心に、かなり多めに入れている。


本当に全部届くなら、このスペースでも足りるかどうか分からない。


ただ、届かなければもっと困る。


「来ると思います?」


渡辺が聞いた。


「来てくれないと困る」


「願望じゃないですか」


「今はそれしかない」


昨日は届いた。


今朝、確かに商品があった。


発注番号も一致していた。


だから今日も来る可能性は高い。


ただし、昨日は数量1。


今日は大量発注。


条件が違いすぎる。


「まあ、朝になれば分かるか」


俺がそう言うと、鈴木さんが少し考えてから口を開いた。


「店長」


「はい?」


「俺、今日ここで寝るわ」


「……ここで?」


「バックヤードで」


思わず周囲を見る。


商品棚。


台車。


搬入口。


どう見ても寝る場所ではない。


「なんでまた」


「納品だ」


鈴木さんが搬入口を指さす。


そこでやっと意味が分かった。


昨日の商品が届いた瞬間を、誰も見ていない。


搬入口は施錠されたまま。


防犯設備にも異常はなかった。


人もトラックも来ていないのに、朝には商品だけが置かれていた。


「ここにいりゃ、何か分かるかもしれねえからな」


「寝てたら分からなくないです?」


「なんか音すりゃ起きるだろ」


渡辺が苦笑する。


「鈴木さん、普通に寝そうですけど」


「お前よりは起きる」


「絶対俺の方が起きますって」


「じゃあ渡辺も寝るか?」


「いや、俺は会議室戻ります」


即答だった。


賢明だと思う。


俺はもう一度、空いた納品スペースを見る。


正直、俺も気になっていた。


商品はどうやって届いているのか。


何もない空間から突然現れるのか。


それとも、俺たちが見ていない時だけ何かが起きているのか。


もし何か分かるなら、確認しておきたい。


「……俺もここで寝ようかな」


鈴木さんがこっちを見る。


「店長も?」


「見たいんですよ。届くところ」


「じゃあ2人だな」


「見張りってほどじゃないですけどね」


「寝るけどな」


「それ言ったら終わりでしょ」


渡辺が笑う。


「じゃあ俺、先に戻りますね」


「ああ。ご飯食べて、寝床作って休んで」


「店長もですよ」


「分かってる」


渡辺を送り出してから、俺と鈴木さんは寝床の準備に取りかかった。


さすがに床へ直接寝る気はない。


使うことにした展示用のマットレスと寝具を、必要な分だけ運ぶ。


俺たちの分は2組。


寝具を使ったことは、加藤に記録を頼んだ。


「ここでいいか?」


鈴木さんがバックヤードの端を指す。


搬入口から少し離れているが、扉は見える。


もし納品時に何か起きれば、気づける可能性はある。


「いいんじゃないですか」


マットレスを並べ、毛布と枕を置く。


それだけで、さっきまで完全な作業場だった場所に、妙な生活感が生まれた。


「……なんか嫌ですね」


「何がです?」


「倉庫に寝床があるの」


「非常時っぽくていいじゃないですか」


「もう十分非常時ですよ」


確かに。


店ごと異世界に来ている時点で、これ以上の非常時もなかなかない。


寝床を作り終えると、一度バックヤードを出た。


夕食は3階の調理家電売場近くの休憩スペース。


今日も全員で食べる余裕はなく、それぞれ作業が終わった順に済ませている。


俺は冷凍食品とご飯を適当に選んだ。


贅沢を言える状況じゃない。


それでも、昼のカップラーメンよりはずっといい。


食べ終わったら、4階のシャワーへ向かう。


順番待ちは少しあったが、昨日よりは流れができている。


着替えを済ませ、さっぱりしてバックヤードへ戻る頃には、店内はかなり静かになっていた。


照明も必要最低限まで落としてある。


「店長」


マットレスの横で鈴木さんが待っていた。


その手には、小さめの箱がある。


見覚えがある。


「それ」


「720の方だ」


「開けるんですか?」


「山本さんには許可もらってる」


「いつの間に」


「寝床作る前にな」


抜け目がない。


昨日持ってきた1.8Lの大吟醸は、さすがに開けるのを止めた。


でも720mlの方なら、2人で少し飲むくらいはいいだろう。


少なくとも、山本の許可も出ている。


「見張りですよね?」


「飲み過ぎなきゃ大丈夫だろ」


「それはそうですけど」


紙コップを2つ用意する。


小さな折り畳みテーブルをマットレスの間に置いて、その上で大吟醸を開けた。


会社のバックヤードで、閉店後に店長と倉庫担当が日本酒。


元の世界なら、説明するのが面倒すぎる光景だ。


でも、俺自身は43歳のままだ。


見た目が若返っていようが、記憶も感覚も何も変わっていない。


だから酒を飲むことにも、特に違和感はなかった。


鈴木さんが俺の紙コップに少しだけ注いだ。


「じゃあ、初営業お疲れさん」


「ああ。お疲れさまでした」


紙コップを軽く合わせる。


1口飲む。


「……うま」


疲れているせいか、妙に身体に染みる。


鈴木さんも満足そうに飲んでいる。


「今日はすごかったな」


「すごかったですね」


「ほぼ1,000万だろ?」


「16,240円足りませんけどね」


「細かいなあ」


「木村と山本に言ってください」


2人で少し笑った。


売る予定なんてなかった。


朝の時点では、見るだけ、触るだけ、食べてもらうだけのつもりだった。


それが終わってみれば、来店者数1,024人。


売上9,983,760円。


こんな営業日になるなんて、誰が想像しただろう。


「店長、楽しそうだったぞ」


鈴木さんが言った。


「俺が?」


「接客してる時な」


今日のことを思い返す。


確かに忙しかった。


判断することも多かったし、失敗もした。


売り切れも出したし、朝に言ったことを客に突っ込まれて謝りにも行った。


それでも。


「いつもの店長だったぞ」


その一言で、少しだけ肩の力が抜けた。


異世界。


若返った身体。


意味の分からないスキル。


空には2つの月。


何もかもがおかしい。


それでも、客が来て、何に困っているのか聞いて、商品を提案する。


買ってもらった後のことまで考える。


そこだけは、元の世界と同じだった。


「……そう見えました?」


「見えたぞ」


「なら、よかった」


紙コップに残った酒を少し飲む。


しばらく2人とも黙っていた。


昼間はあれだけ騒がしかったバックヤードも、今は店内設備の低い作動音が聞こえるだけだ。


静かになると、余計なことまで考えてしまう。


「……帰れるんですかね」


気づけば、そんな言葉が口から出ていた。


鈴木さんはすぐには答えなかった。


少しだけ酒を飲んでから、いつもの調子で言う。


「分かんねえな」


「ですよね」


妙に安心した。


大丈夫です。


きっと帰れます。


そんな根拠のない言葉より、その答えの方が今はありがたかった。


分からない。


それが今の事実だ。


今日で2日目。


店は動いた。


客も来た。


売上も立った。


食べる物もあって、寝る場所も少しずつ整い始めた。


明日の営業準備までしている。


この世界で困らないように動けば動くほど、ここで暮らす準備が整っていく。


それは安心できることのはずなのに、同時に少し怖かった。


「俺、店長だから」


口に出してから、自分でも変な言い出し方だと思った。


鈴木さんは何も言わず、続きを待っている。


「みんなには、なんとかなるって言わないといけないじゃないですか」


「まあ、そうだな」


「でも俺も、分かんないんですよ」


帰れるのか。


なぜ店ごとここへ来たのか。


どうして俺だけこんなに若返ったのか。


夢に出てきた創造神は何を知っているのか。


そして、明日の朝、本当に商品が届くのか。


考えれば考えるほど、分からないことばかりだった。


鈴木さんは紙コップを置く。


「分かんねえなら、分かんねえでいいんじゃねえか」


「店長がそれでいいです?」


「店長だって人間だろ」


俺は自分の手を見る。


昨日までとは明らかに違う、若い手だ。


「……見た目はだいぶ変わりましたけどね」


「中身は変わってねえだろ」


「まあ、それはそうですけど」


思わず笑った。


鈴木さんも笑う。


それだけで、胸の奥にあった重いものが少しだけ軽くなった気がした。


目の前には、今日必死に空けた納品スペースが広がっている。


明日の朝、ここに大量の商品が並んでいるのか。


それとも何もないのか。


今はまだ分からない。


「……頼むから来てくれよ」


俺は小さく呟いた。


「商品か?」


「商品です」


「帰る方法じゃねえのか?」


「それも来てほしいですけど」


「欲張りだな」


「店長なんで」


また少し笑う。


紙コップに残っていた酒を飲み切った。


もう1杯飲みたい気もしたが、やめておく。


今日は十分疲れているし、何か起きた時に起きられなければ、わざわざバックヤードで寝る意味がない。


大吟醸を片付けて、俺たちはそれぞれマットレスへ横になった。


照明を落とすと、バックヤードは一気に暗くなる。


搬入口の方をぼんやり眺めながら、耳を澄ませた。


何か起きれば、きっと分かる。


少なくとも、その時の俺は本気でそう思っていた。


「鈴木さん」


「なんだ?」


「物音したら、起こしてくださいね」


「店長もだぞ」


「もちろん……」


そう返したところまでは覚えている。


朝から動き続けた疲れと、少しだけ飲んだ酒。


その両方が一気に押し寄せてきて、さっきまで気になっていた搬入口すら、少しずつ視界から遠ざかっていく。


何かが起きる瞬間を見届けるはずだった俺の意識は、思っていたよりずっと簡単に途切れた。


鈴木の口調を統一させました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。