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第20話 帰宅、未定。

異世界での初営業は終わった。


来店者数、1,024人。


売上、9,983,760円。


数字だけ見れば、大成功と言っていい。


ただ、店を閉めたからといって、今日が終わったわけではなかった。


「じゃあ、少しだけ集まろう」


俺たちは2階の携帯コーナーにある待合スペースへ集まった。


鈴木さんと渡辺は、そのまま1階のバックヤード整理を続けてもらっている。


昼過ぎから鈴木さん1人で始めた作業に、夕方から渡辺が加わった。


今日発注した商品の量を考えれば、明日の朝までに少しでも納品スペースを空けておきたい。


石井さんも、1階のイベントスペースをまだ掃除してくれている。


残ったメンバーで、今日の営業を簡単に振り返ることにした。


山本がホワイトボードの前に立つ。


「まず、今日出た問題からでいいですか?」


「お願い」


売れ筋商品の欠品。


電池不足。


レジ台数。


入口の入場管理。


イベントスペースの広さ。


家電の説明方法。


現地の物価。


魔道具と魔石の価格。


次々と書き込まれていき、最後に山本が『明日の納品』と書いた。


俺はそこを丸で囲む。


「結局、これが1番大きいな」


今日、山本にはかなりの量を発注してもらった。


昨日のテスト発注とは規模が違う。


食品、日用品、電池、小型家電、モバイルバッテリー、ポータブル電源、おもちゃ。


今朝と同じように届けばいい。


でも届かなければ、今日売れた分だけ在庫が減った状態で明日を迎えることになる。


「発注データ上は全部通ってます」


山本が業務端末を確認する。


「問題は、本当に来るかですね」


「昨日は来たけどな」


「昨日は数量1ですからね」


「そこなんだよ」


昨日試しに発注した商品は、確かに届いた。


注文番号も発注履歴と一致していた。


少なくとも、東山店から送った発注データはどこかへ届いていて、その商品をこちらへ持ってくる仕組みも存在している。


そこまでは分かっている。


ただ、1個届けられることと、大量の商品を届けられることが同じなのかは分からない。


量に制限があるのか。


納品される時間は決まっているのか。


そして何より、どうやって商品が届いているのか。


分からないことばかりだった。


「まあ、それは明日の朝にならないと分からないな」


「ですね」


山本は頷くと、そのまま業務端末を操作した。


「あと、今日の売上が入って、月間実績は84,846,190円です」


「8,400万か」


画面には、東山店の5月度実績が表示されている。


今日は5月13日。


月間売上目標は150,000,000円で、残りは65,153,810円。


「あと6,500万くらいか」


「そうですね」


山本の声は落ち着いている。


それも当然だった。


5月はゴールデンウィークがある。


東山店も連休中にかなり売上を作れていて、異世界へ飛ばされる前の時点で進捗が悪かったわけではない。


むしろ、ここまでは順調だった。


問題は、その先だ。


店ごと異世界へ飛ばされて、客が来るかどうかも分からない。


仮に来たとしても、日本の商品を欲しがってくれるのかすら分からない。


俺は最悪の場合、ここから月末まで売上ゼロという可能性も考えていた。


それが今日だけで、9,983,760円。


もう一度、画面に表示された月間実績を見る。


「……普通に嬉しいな」


山本が少し笑った。


「ですね」


「正直、今月はもう売上立たないと思ってたから」


「私も昨日の時点では、この先どうなるか分かりませんでしたし」


「だよな」


目標まで残り65,153,810円。


まだまだ遠い。


今日みたいな売上が毎日続くとも思っていない。


物珍しさで来た客も多いだろうし、初日だからこその勢いもあったはずだ。


それでも、売上ゼロを覚悟していた場所で、約1,000万の売上が立った。


俺にとっては、それだけで十分すぎるくらい大きかった。


「まあ、今日を基準にはしないけどな」


「初日ですからね」


「物珍しさもあるだろうし」


「明日は明日で見ましょう」


「だな」


そう答えながら、俺はもう1つの数字を思い浮かべた。


《現在の管理目標》


売上目標:150,000,000円


会社が東山店に設定した5月の売上目標。


そして、《管理者》が俺に提示した目標。


まったく同じ数字だ。


山本も店の売上目標は当然知っている。


でも、その数字が俺の固有スキルの条件にまでなっていることは知らない。


異世界まで来たのに、結局俺が追いかけている数字は元の世界と同じ。


そう考えると、なんだか少し笑えてきた。


「店長?」


山本に呼ばれる。


「何?」


「今、笑いました?」


「ちょっとだけ」


「売上立ったんだから、そこは素直に喜んでください」


「今ちょうど喜んでたところ」


「ならいいです」


管理者スキルのことは、まだ黙っておく。


今はそれより、明日の営業と俺たち自身の生活を考える方が先だ。


俺はホワイトボードを見る。


今日の営業だけでも、改善したいことは山ほど見つかった。


ただ、店のこととは別に、そろそろ本気で考えなければならない問題がある。


俺は空いている場所に、大きく書いた。


『生活』


何人かがこっちを見る。


「こっちも考えよう」


田中が首をかしげた。


「生活ですか?」


「今日で2日目だからな」


さっきまで営業の話をしていた空気が、少しだけ変わった。


5月13日。


今日も帰れなかった。


朝から客が押し寄せて、考える暇がなかっただけで、元の世界へ戻る方法は何も分かっていない。


戻れる兆候だって、今のところはない。


「帰れないって決めつけるわけじゃない。でも、1週間とか1か月ここにいることになっても困らないようにはしておこう」


山本がゆっくり頷いた。


「長期化を想定するってことですね」


「そう。帰れたら、それが1番いい。でも帰れない間まで我慢大会する必要はないだろ」


明日の朝、突然元の駐車場へ戻れるなら大歓迎だ。


でも、そうならなかった場合。


毎日会議室の床で寝て、レトルトとカップ麺を食べ続け、同じ制服を着回す。


そんな生活を続けていたら、仕事以前に全員が参ってしまう。


「衣食住で考えよう」


俺はホワイトボードに3つ書いた。


衣。


食。


住。


「まず衣」


改めて全員の制服を見る。


まだ2日目だから、今日の分くらいなら何とかなる。


でも、これが1週間、1か月となれば話は別だ。


「制服、追加申請してみよう」


山本が俺を見る。


「誰にです?」


「システムに」


「相手いませんよ」


「でも商品は発注できた」


「制服も来ると?」


「分からない」


「じゃあ?」


「実験」


山本がため息をつく。


「店長、実験って言えば何でも許されると思ってません?」


「この世界では試さないと何も分からないんだよ」


制服だけじゃなく、名札や必要なら作業着も。


社内システムから申請できる物なら、とりあえず試してみる。


商品発注と同じように届く可能性だってある。


「次、食」


今ある食品を思い浮かべる。


米、レトルト、カップ麺、パン、おにぎり、菓子、缶詰、飲み物。


数日なら何とかなる。


でも、この生活が長引けば話は変わる。


「1か月これは嫌だな」


俺が言うと、田中が即答した。


「嫌です」


「だよな」


「毎日カップ麺はさすがにきついです」


「俺も嫌だ」


山本が業務端末を開く。


「発注マスタで探します?」


「お願い。普段うちの売場には置いてない食品でも、頼める物がないか見てみたい」


業務用の米や調味料。


冷凍食品。


肉や魚の加工食品。


保存食や野菜ジュース。


普段この店では扱っていなくても、会社として取引している商品があるかもしれない。


「生鮮食品は難しそうですね」


「そこは現地調達も考えよう」


今日来た人たちは、この世界で普通に暮らしている。


なら、肉も野菜もあるはずだ。


今は俺たちが一方的に商品を売っているだけだが、この先もここで生活するなら、向こうから物を買う必要も出てくる。


最後は住。


俺は3階の方を見る。


家具売場には、ベッドもマットレスも寝具もある。


困るのは、それらが全部商品だということだけだ。


「……下ろすか」


山本がすぐ反応した。


「昨日、商品だからって嫌がってませんでした?」


「2晩目は話が違う」


「何がです?」


「床が硬い」


何人かが笑った。


でも、これは本気だ。


18歳になった俺ですら、朝起きた時は身体が痛かった。


他のみんななら、もっときついだろう。


吉田が手を挙げる。


「展示品使います?」


「それがいいな」


いきなり販売在庫から14台のベッドを使う必要はない。


展示品や予備のマットレス、枕、寝具。


使える物から回せばいい。


「使用した物は全部記録残して」


加藤が頷いた。


「はい」


「あと、最終的には個室も考えたい」


何人かが驚いた顔をする。


「個室ですか?」


「ずっと14人で雑魚寝は無理だろ」


会議室、更衣室、予備倉庫。


家具とパーテーション。


店内には使えそうな物がいくらでもある。


もちろん今日明日でやる話ではないが、長期化するなら最低限1人になれる場所くらいは必要だ。


「今日は寝床だけ改善しよう。個室は後回し」


「賛成です」


そこで田中が、ぽつりと言った。


「風呂欲しくないですか?」


一瞬、全員が黙った。


「……欲しい」


吉田が即答する。


「欲しいですね」


伊藤も頷いた。


今あるのは、4階のシャワー1つ。


使えるだけありがたいし、順番に使えば14人でも何とかなる。


でも、長くここで生活するなら湯船が欲しくなる気持ちは分かる。


俺は3階を思い浮かべた。


「リフォーム展示」


小林がこっちを見る。


「ユニットバスですか?」


「使えない?」


「展示品、そのままじゃ無理ですよ」


「だよな」


給水、給湯、排水。


全部繋ぐ必要がある。


とはいえ、ここは家電量販店だ。


設備も部材もある。


「瞬間給湯、連結して使うとか無理?」


小林が腕を組んだ。


「容量次第ではありですね」


「1台じゃ足りない?」


「風呂までやるなら厳しいと思います。複数台でどう組むかは考えないと」


「じゃあ、それも調べよう」


すぐにやる必要はない。


でも、できる可能性があるなら検討しておいて損はない。


そこで佐藤が口を挟んだ。


「それやるなら、電気側も見た方がいいですよ」


「ああ。それもだな」


生活を快適にしようとすれば、その分だけ電気を使う。


洗濯機、冷蔵庫、調理家電、給湯。


さらに昼間は、店も営業する。


今までは電気が使えるというだけで安心していたが、長期生活を考えるなら、使えることと余裕があることは別の話だ。


「ソーラーとバッテリーの容量、ちゃんと確認しよう」


佐藤が頷く。


「発電量と使用量、記録取ります?」


「お願い。特に夜間」


昼間は太陽光がある。


問題は日が沈んでからだ。


大型バッテリーからどれだけ使っているのか。


店の営業と14人の生活を両立して、どのくらい余裕が残るのか。


そこを知らずに家電だけ増やすのは危ない。


「仕事増えましたね」


田中が言う。


「誰のせいだと思ってる?」


「異世界?」


「正解」


少しだけ笑いが起きた。


生活の話になって重くなりかけていた空気も、それで少し戻る。


「今日はこんなところでいいか」


俺が言うと、何人かがほっとした顔をした。


これ以上続けても、疲れた頭ではいい案は出ない。


やるべきことは見えた。


あとは優先順位をつけて、1つずつ片付ければいい。


それぞれが作業へ戻っていく。


山本と木村は、今日の販売データと発注内容の整理。


田中、吉田、森は、明日の販売候補をまとめる。


高橋、伊藤、加藤はレジ回りと売場の片付け。


石井さんは、今日1日でかなり汚れたイベントスペースの清掃を続けてくれている。


佐藤と小林は、そのまま明日から始める充電サービスの準備に取りかかった。


俺も何か所かを回りながら、作業の進み具合を確認する。


そうしているうちに、外はすっかり暗くなっていた。


1階のイベントスペースへ戻ると、その端に朝まではなかった一角ができている。


長机の上には充電器とケーブル。


番号札と受付表。


預かった商品を置くためのスペースも確保されていた。


「できた?」


俺が聞くと、佐藤が受付表を見せる。


「一応、明日から運用できます」


対象はモバイルバッテリーとポータブル電源。


料金は無料。


預かり時間は1時間で、満充電は保証しない。


破損や膨張、水濡れなどの異常がある物は受付不可。


混雑時には受付そのものを止める。


決めていた内容が、きちんと形になっていた。


「同型品でも試しました」


「どうだった?」


「商品によって差はありますけど、1時間でどのくらい充電できるか、大体の目安は出せそうです」


「なら明日からいけるな」


「はい」


これなら、今日商品を買った客が明日充電を求めて戻ってきても、困らせずに済む。


「ありがとう」


「仕事ですから」


佐藤が笑う。


俺も少しだけ肩の力が抜けた。


時計を見ると、もう十分遅い時間だった。


初営業で朝から動きっぱなしだったうえ、閉店後まで作業を続けている。


明日も店を開けるなら、これ以上働かせるより、ちゃんと休ませる方が大事だ。


俺はグループチャットを開いた。


鈴木さんと渡辺はまだバックヤード。


ほかのみんなも、それぞれの作業場所に散っている。


『今日はここまで。終わってない作業は明日に回していい』


送信する。


少し考えてから、もう1通打った。


『寝床作ったら、ご飯食べて休んでな!』


送信。


画面を見ながら、自分でも少し笑ってしまった。


店長として出す今日最後の指示が、売上でも在庫でも接客でもない。


飯を食って、寝ろ。


異世界生活2日目。


そんな指示を全員に出すことになるなんて、昨日までは想像もしていなかった。

次回は明日21時公開予定

ストック放出はいったんここまで

明日からはしばらく毎日2話ごとに公開していきます

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