第19話 売上、1,000万……届かず。
日が傾き始める頃には、朝から続いていた客足も少しずつ落ち着いてきた。
入口の外まで伸びていた列はもうなく、店内にはまだ何組か残っているものの、昼間のような慌ただしさはない。
「……やっと落ち着いてきたな」
俺はイベントスペースを見回した。
朝からずっと人、人、人だった。
最初は40人ずつ入れていたはずなのに、気づけば何回入れ替えたのかも分からない。
売場の商品もかなり減っている。
お菓子やパン、日用品に電池。
小型扇風機やLEDランタン、モバイルバッテリー。
途中から販売を始めた商品は、思っていた以上の勢いで売れていった。
「店長」
山本が業務端末を持って近づいてくる。
「そろそろ、残ってるお客様だけ対応しながら明日の準備に入ります?」
「そうしよう」
俺は周囲を見回した。
14人全員を、このまま接客に置いておく必要はない。
客足が落ち着いた今なら、残っている客への対応を続けながら、明日の準備も並行して進められる。
「分かれるぞ」
近くにいたスタッフがこちらを見る。
「渡辺、バックヤード行って鈴木さん手伝ってきて」
「了解です」
「昼過ぎから1人で整理してもらってる。明日の納品が来ても入れられるように、できるだけ空けたい」
渡辺が1階奥のバックヤードへ向かう。
鈴木さんは、昼過ぎからずっと倉庫整理に入っている。
今日すぐには売らなそうな商品を台車へ積み、貨物エレベーターを使って4階の予備倉庫へ移しているはずだ。
朝から客対応で手が足りず、そこまで1人で任せてしまっていた。
「さすがに1人じゃ大変だからな」
俺は渡辺の背中を見送り、次の指示を出す。
「木村は今日の売上と販売数の集計。山本も一緒にお願い」
「はい」
「分かりました」
「田中、吉田、森は明日売る商品を考えて。今日売れたものを増やすだけじゃなくて、似た商品も候補に入れて」
田中が頷いた。
「扇風機だったら、種類を増やす感じですか?」
「そう。卓上とか首掛けとか。今日聞いた使い方も参考にして」
「了解です」
「森はおもちゃも」
「任せてください」
「吉田は日用品中心で」
「はい」
最後に佐藤と小林を見る。
「2人は充電サービス。明日から始められるように、今晩中にまとめて」
佐藤が少し驚いた顔をした。
「明日からですか?」
「明日から」
俺は即答した。
今日、モバイルバッテリーやポータブル電源はかなり売れた。
しかも、その場で全部を満充電にして渡せたわけじゃない。
こっちでは当たり前でも、この世界の人たちには電気を作る方法がない。
商品だけ売って、『あとは自分で充電してください』では済まない。
「今日買った人、明日また来る可能性あるだろ」
「ありますね」
「そこで充電できませんって言ったら、普通にクレームになる」
小林が頷いた。
「確かに」
「だから今日中に決める。受付方法、預かり方、充電時間、受け渡しまで」
佐藤がスマホにメモを取り始める。
「料金はどうします?」
「最初は無料でいいと思ってる」
山本がこちらを見る。
「販促ですか?」
「それもあるけど、まず売った側の責任」
今日うちで買ってもらった商品くらいは、使えるところまで面倒を見る。
そのくらいはしたい。
「対象はポータブル電源とモバイルバッテリー。魔道具は対象外」
「受付の時は?」
「壊れてないか確認するだけでいい」
今のところ、この世界にある地球製のポータブル電源やモバイルバッテリーは、うちから出たものだけだ。
販売記録まで照合する必要はない。
「膨らんでるとか、割れてるとか、濡れてるとか。明らかに異常がある物は預からない」
「充電端子も確認します?」
「それも。安全に充電できないなら断る」
小林がメモを取る。
「預かる時間は?」
「1時間」
「1時間だけですか?」
「まずはそれで。どれくらい充電できるか、今晩実際に試してみよう」
ポータブル電源を満充電にするには、1時間では足りないだろう。
モバイルバッテリーも容量によって違う。
だから最初から、満充電を約束するサービスにはしない。
「1時間預かって、その間できる範囲で充電。満充電保証はなし」
「番号札もあった方がいいですね」
「そうだな。充電する場所はイベントスペースの端で」
預かった商品と受付番号、受付時間、返却予定時刻、受け渡し済みかどうか。
最低限、それだけ管理できればいい。
「混雑したら受付を止める。預かれる数にも上限を作って」
「分かりました」
「今日中に形にして、明日の朝から始めよう」
佐藤と小林が頷いた。
「了解です」
売って終わりじゃない。
使えるところまで面倒を見る。
そこまでやって、ようやく店だ。
高橋、伊藤、加藤には、残っている客の対応とレジを任せる。
石井さんはイベントスペースの片付けを手伝ってくれていた。
俺は各所を回りながら、足りないところへ顔を出す。
こうして役割を分けると、急にいつもの閉店前みたいになる。
ただ、売場にいる客は異世界人で、レジには見たこともない金が持ち込まれ、それが日本円の売上へ変わっていく。
全然いつも通りじゃない。
それでも、客足は確実に減っていった。
1組、また1組と商品を抱えた客を見送り、空が赤から紫へ変わる頃には、店内に残る客もわずかになっていた。
やがて外が完全に暗くなり、最後の客を見送る。
高橋が入口の外を確認してから戻ってきた。
「もういません」
「じゃあ閉めよう」
正面入口を閉める。
「本日の営業、終了」
俺が言うと、店内のあちこちから一斉に息を吐く音が聞こえた。
「お疲れさまでしたー」
田中が大きく伸びる。
「疲れた……」
伊藤はレジ台に手をついている。
高橋も珍しく疲れた顔をしていた。
「初日からこれは想定してませんでしたね」
「俺もしてない」
そもそも今日は販売しない予定だった。
見るだけ、触るだけ、食べてもらうだけ。
そう言っていたはずなのに、終わってみれば完全に営業していた。
「伊藤、加藤。レジ締めお願い」
「はい」
「了解です」
閉店したとはいえ、まだ終わりではない。
売ったなら、締める。
そこは元の世界と同じだ。
2階の集中レジで、伊藤と加藤が現金を数え始める。
俺も横から覗き込んだ。
千円札、五千円札、一万円札。
見慣れた日本円が、次々とレジから取り出されていく。
今日、客が差し出したのはこの世界の金だった。
それが会計の瞬間に消え、売上分だけ日本円へ変わっている。
頭では分かっていたが、1日分をまとめて目の前にすると改めて異常な光景だ。
「……すごい量ですね」
伊藤が言う。
「そりゃ、ずっとレジ鳴ってたからな」
加藤はそんな俺たちを横目に、淡々と現金を揃えていく。
「開店準備金、100,000円残します」
「お願い」
カワダ電器は全店共通で、レジの開店準備金は100,000円。
そこは異世界へ来ても変わらない。
明日の営業用に100,000円をレジへ残し、それ以外を回収する。
数え終えた札束が、少しずつケースへ移されていった。
「これ、金庫ですよね?」
伊藤が聞く。
「うん。これだけの現金をレジに置いたまま寝る方が怖い」
この世界に泥棒がいるのかは知らないし、そもそも閉店後の店内へ勝手に入れるのかも分からない。
それでも、大量の現金をレジへ入れたままにしておく理由はない。
加藤がPOSの数字と現金を照合する。
しばらく画面と手元を見比べたあと、加藤が顔を上げた。
「合ってます」
「差異なし?」
「なしです」
「よし」
現地通貨を受け取り、それが日本円へ変わり、POSの数字とも一致している。
何度確認しても不思議な仕組みだが、少なくとも商売としてはきちんと成立していた。
売上金をケースへ収め、事務所の金庫へ運ぶ。
持ち上げると、思っていた以上にずしりと重かった。
正式な数字はまだ分からない。
それでも、この重さだけで今日はかなり売れたのだと実感する。
金庫へ売上金を収めて施錠し、再び売場へ戻る頃には、木村と山本の集計も終わっていた。
「店長」
木村がスマホを見ながら近づいてくる。
隣には山本もいる。
「速報、出ました」
「売上?」
「はい」
俺は少し身構えた。
かなり売れたのは分かっている。
さっき金庫へ運んだ現金を見れば、なおさらだ。
でも、正式な数字まではまだ知らない。
木村が画面を確認する。
「本日の売上、9,983,760円です」
「…………」
一瞬、言葉が出なかった。
「もう1回」
「9,983,760円です」
「1,000万?」
「惜しいです。16,240円足りません」
「そこまでいったなら1,000万でよくない?」
「ダメです」
即答された。
山本まで横で頷いている。
「売上は売上ですから」
「……はい」
9,983,760円。
プレオープン初日。
しかも、朝の時点では商品を売る予定すらなかった。
「来店人数は?」
木村が別の集計を開く。
「1,024人です」
「1,000人超えたの?」
「入口のカウントをまとめると1,024人ですね」
「……村ごと来たってレベルじゃなかったな」
昨日は、女の子1人だった。
それが今日は1,024人。
増え方がおかしい。
俺は頭の中でざっくり計算する。
「客単価、約1万?」
「だいたいそれくらいです」
「高っ」
思わず声が出た。
家電量販店として考えれば、客単価1万そのものは驚く数字ではない。
でも今日来た人たちは、最初はクッキーを食べたり、石鹸を眺めたりしていた人たちだ。
それが終わってみれば、1人あたり約1万。
「何がそんなに売れた?」
木村が集計を見せてくれる。
食品、日用品、電池、LEDランタン、小型扇風機、モバイルバッテリー、ポータブル電源、簡単なおもちゃ。
1つ1つは、それほど高い物ばかりではない。
ただ、とにかく人数が多かったうえ、後半には単価の高い商品もかなり動いている。
「物珍しかったんですかね」
田中が言う。
「それだけじゃ分からないな」
珍しいから買ったのか。
魔道具と比べて安いのか。
性能に対して価格が安いのか。
あるいは、今日だけの祭りみたいな感覚だったのか。
そもそも、この世界の平均的な収入も物価もまだ分かっていない。
だから今日の数字だけで、何かを決めつけることはできない。
ただ、1つだけははっきりした。
この世界でも、うちの商品は売れる。
それも、俺たちが思っていたよりずっと。
俺はもう1度、木村の画面を見る。
9,983,760円。
1,000万まで、あと16,240円。
「……惜しいな」
「だから売上は売上です」
「分かってるよ」
思わず笑ってしまう。
プレオープン初日。
来店者数、1,024人。
売上、9,983,760円。
販売する予定すらなかった1日は、気づけば普段の営業日よりもずっと濃い1日になっていた。
カワダ電器東山店。
異世界での初営業は、想像を大きく超える売上で幕を閉じた。




