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第18話 なくならない予定でした

午後に入る頃には、店内の空気も少し変わっていた。


客は相変わらず多く、レジも止まらない。


でも、朝からずっと動き続けているスタッフには、さすがに疲れが見え始めていた。


「そろそろ休憩回すぞ」


俺は売場全体を見ながら声をかけた。


山本が頷く。


「順番どうします?」


「持ち場を止めないように少しずつ。接客も家電も、片方ずつ抜けてもらおう」


忙しいからといって休憩を後回しにしすぎると、後半で一気に崩れる。


いつもの店でもそうだし、むしろ忙しい時ほどちゃんと回した方がいい。


「田中、吉田。順番に休憩入って」


「了解です」


「分かりました」


「佐藤と小林も、どっちか一人ずつ」


「はい!」


「高橋も渡辺と交代で。入口は絶対に一人にしないで」


「了解です」


一人ずつ持ち場を抜けて、戻ってきたら次を休ませる。


それを繰り返していく。


問題はレジだった。


加藤と伊藤は、販売を始めてからほとんどレジを離れていない。


「加藤」


「はい?」


「先に休憩行って」


「大丈夫ですか?」


「大丈夫にする」


俺は木村を見る。


「木村、レジ入れる?」


「入れますよ」


即答だった。


木村は売上と在庫の集計を担当しているけど、レジ操作ができないわけじゃない。


「じゃあ、加藤の休憩中だけお願い」


「分かりました」


木村が持っていたスマホを山本へ渡す。


「売上と在庫、ここまで入ってます」


「引き継ぎます」


「お願いします」


木村が加藤と交代して、レジに入った。


「じゃあ、お願いします」


「任せてください」


加藤が休憩へ向かう。


その直後、次の客が商品を持ってきた。


木村が受け取る。


「こちらですね」


ピッ。


商品のバーコードを読み取る。


客が現地通貨を差し出した。


木村が受け取った瞬間、ほんの少し表情が変わる。


「……分かる」


「価値?」


「はい。円にするといくらか分かります」


やっぱりだ。


俺だけじゃないし、加藤だけでもない。


木村にも、現地通貨の価値が分かっている。


そのまま会計を続けると、木村の手の中から現地通貨が消え、レジから現地通貨のお釣りが出た。


売上分は日本円。


いつも通りだ。


「問題ないですね」


「うん。そのままお願い」


「了解です」


これでまた一つ分かった。


少なくとも今のところ、会計の仕組みは俺個人に限定されていない。


店のスタッフなら使えると考えて良さそうだ。


しばらくして、加藤が戻ってきた。


「戻りました」


「おかえり。じゃあ次、伊藤」


「はい!」


伊藤がレジを離れようとする。


その隣で、木村が俺を見る。


「私、そのままですか?」


「伊藤戻るまでお願い」


「二連続ですね」


「助かります」


「あとで私もちゃんと休憩くださいね」


「もちろん」


木村が少し笑う。


伊藤が休憩へ向かり、木村はそのままレジを続ける。


一人休ませて、戻ってきたら次。


そうやって少しずつ全員の休憩を回していく。


その間も、客足は落ちなかった。


むしろ後半に入ってからの方が、目的がはっきりしている客が増えてきた。


「光る道具があるって聞いた」


「風が出るやつはどれだ?」


「石鹸が欲しい」


「子どもが遊ぶ物は?」


前の組で買った人から聞いたんだろう。


口コミが、もう始まっている。


田中が休憩から戻る。


「店長、戻りました!」


「じゃあそのまま売場お願い!」


「はい!」


森の周りには、相変わらず子どもたちが集まっている。


吉田は日用品と雑貨、佐藤と小林は家電、高橋と渡辺は入口。


石井さんは試食やお菓子のところを手伝ってくれていて、山本は木村から引き継いだ数字を確認しながら全体を見ていた。


ちゃんと回っている。


朝の時点では、そもそも買い物が成立するかどうかすら分からなかったのに、今は休憩の順番まで考えている。


我ながら、状況の変化が激しすぎる。


伊藤が戻ってきた。


「戻りました!」


「おかえり」


木村もようやくレジを離れる。


「じゃあ集計戻ります」


「お願い」


これでレジは、また加藤と伊藤の二人体制に戻った。


その時、山本が俺を見る。


「店長」


「何?」


「次、店長休憩行ってください」


「俺?」


「朝からまともに休んでないですよね」


「まあ……」


「今は回ってます。行ける時に行ってください」


俺は売場を見る。


レジは二台とも動いているし、入口は高橋と渡辺。


森、吉田、田中は接客に入り、佐藤と小林は家電。


鈴木さんはバックヤードで、木村も集計に戻った。


確かに、今なら少しくらい抜けても大丈夫そうだ。


「じゃあ、ちょっとだけ」


「ちゃんと休んでください」


「分かってるって」


俺は売場を山本に任せて、一度その場を離れた。


朝からほとんど食べていない。


ちゃんとした昼飯を用意する気力もないし、こんな時はこれでいい。


カップラーメンにお湯を注いで、蓋を閉じる。


三分。


ようやく椅子に座れた。


「……疲れた」


水を一口飲む。


座った瞬間、足に一気に疲れが来た。


まだ異世界に来て二日目なのに、今日はもう何日分働いたんだろうと思うくらい濃い。


朝は村人が押し寄せて、初めて商品が売れて、売場を急造して、二台目のレジを出して、大量発注までした。


少なくとも、売れている。


それも予想以上に。


明日も商品が届くなら、かなり面白いことになる。


そんなことを考えていると。


『店長!』


インカムから木村の声が飛んできた。


俺はカップラーメンを見る。


まだ一分も経っていない。


「はい」


『お菓子、一種類なくなりました!』


「え?」


『完全にゼロです』


「他の種類は?」


『あります。でも、それが一番売れてました』


「じゃあ似たやつ前に出して!」


『もうやってます』


「さすが!」


一種類くらいなら仕方ない。


代わりの商品があるなら、まだ何とかなる。


俺は再びカップラーメンを見る。


あと二分。


『店長!』


今度は佐藤の声だった。


『単三、残り少ないです!』


「単四は?」


『まだあります!』


「単三使う商品多いから、案内する時は在庫見ながら! なくなったら別の電池で動く商品も提案して!」


『了解です!』


まだ大丈夫。


そう思うことにした。


あと一分。


『店長!』


今度は吉田だった。


『この石鹸、終わりました!』


「別の種類は?」


『あります!』


「じゃあ近いやつ案内して!」


『分かりました!』


売れていること自体は嬉しい。


かなり嬉しい。


ただ、思っていた以上の勢いで商品が消えている。


俺はカップラーメンの蓋を見る。


そろそろ三分。


ようやく食べられる。


箸を手に取った、その瞬間だった。


『店長』


今度は山本だった。


声の調子が、さっきまでと違う。


「何?」


『すみません。朝、店長がおっしゃったことを突かれてまして、こちらでは対応しきれません』


箸が止まる。


朝、俺が言ったこと。


一つしか思い当たらない。


なくならないから、急がなくていい。


順番にご案内します。


……あれだ。


「今行く」


俺は箸を置いた。


カップラーメンの蓋は、まだ開けていない。


三分待ったカップラーメンを一口も食べないまま、俺は売場へ戻った。


イベントスペースへ戻ると、何人かの客が集まっていて、山本が対応していた。


その前にいる男が、俺を見る。


「お前が店長か?」


「はい。お待たせしてすみません」


「朝、言っていただろう。なくならないから、急がなくていいと」


「はい」


「だから順番を待った」


「はい」


男が空になった棚を指さす。


「なのに、ないじゃないか」


何も言い返せない。


その通りだ。


周りにも同じような表情の客がいる。


長い時間待って、やっと自分の番になったのに、欲しかった物が売り切れている。


腹が立つのは当然だ。


俺は頭を下げた。


「すみません。完全に俺の読み違いです」


男が少し眉を寄せる。


「読み違い?」


「こんなに買ってもらえると思っていませんでした。十分な数があると思って、なくならないと言いました」


言い訳をしてもしょうがない。


俺が言って、俺が外した。


それだけだ。


「ずっと待っていたんだぞ」


「はい。本当にすみません」


もう一度頭を下げる。


「ただ、今日なくなった商品は、もう追加で手配しています」


男が首を傾げる。


「てはい?」


「また店に商品が入ってくるように頼んであります」


「また来るのか?」


「はい」


そこまではいい。


今日、実際に追加発注をかけた。


問題は、いつ来るのかだ。


男が当然のように聞く。


「いつだ?」


俺は一瞬だけ黙る。


今朝、昨日発注した商品は届いた。


注文番号も一致していたし、通常納品も来た。


なら、同じように動くなら。


「すぐ入荷する予定です」


男がさらに聞く。


「明日か?」


保証はない。


でも、ここで曖昧なことを言って余計に不安にさせるよりは、分かっている範囲で答えるしかない。


「同じように届けば、明日には入ると思います」


「なら、明日また来れば買えるのか?」


「入荷したら、すぐ売場に出します」


男はしばらく俺を見る。


周りの客も、こっちを見ていた。


「今日買えなかった方には本当に申し訳ありません。次に来てもらった時、同じ物がなければ近い商品もこちらで案内します」


少し間が空いたあと、男が息を吐く。


「……分かった」


「すみません」


「なら、また来る」


「ありがとうございます」


完全に納得してもらえたわけじゃないだろう。


でも、少なくともその場は収まった。


他の客にも同じように、今日なくなった商品は追加で手配してあること、また入荷する予定であること、同じ物がない場合でも近い用途の商品なら案内できることを説明していく。


しばらくすると、少しずつ空気も戻っていった。


客たちがまた売場へ散っていくのを見て、俺は小さく息を吐く。


「店長」


隣に山本が来た。


「何?」


「収まりましたね」


「うん」


「よかったですね」


「うん。本当によかった」


俺もそう思った。


ただ、数秒してから、頭の中でさっき自分が言った言葉が再生される。


すぐ入荷する予定です。


同じように届けば、明日には。


俺はゆっくり山本を見る。


「山本」


「はい?」


「明日、来るよな」


山本が一瞬黙る。


「商品ですか?」


「商品」


「私に聞かないでください」


「今朝来たし」


「来ましたね」


「昨日発注したやつも来たし」


「来ました」


「じゃあ、明日も来るよな」


「だから私に聞かないでください」


俺は搬入口の方向を見る。


ここから見えるわけじゃないけど、なんとなく見てしまう。


今日、かなりの量を発注した。


売り切れた商品もあるし、客にはすぐ入ると言った。


明日また来るとも言われた。


一度届いたからといって、次も絶対に届く保証なんてない。


そもそも、どうやって届いているのかすら分かっていない。


「……頼むぞ」


誰に言っているのか、自分でも分からなかった。


そこで、休憩中だったことを思い出す。


カップラーメンにお湯を入れて、三分待って、蓋を開ける直前に呼ばれた。


俺は時計を見る。


さすがに、もう三分どころじゃない。


「……あ、カップラーメン伸びてるよなぁ……」


山本が一瞬黙る。


「たぶん、かなり」


「だよな……」


異世界で初めての売り切れと、初めてのクレーム。


どうにか対応は終わった。


でも、店長の昼飯はたぶん完全に伸びきっていた。

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