第17話 売れてます。なので大量発注します
レジの音が、途切れなくなってきた。
ピッ。
ガチャッ。
ピッ。
ガチャッ。
さっきまで「見るだけ」のはずだったイベントスペースは、もう完全に売場になっている。
「次の方どうぞ」
加藤の声が聞こえる。
その隣では、伊藤も次の客の会計を続けていた。
二台に増やして正解だった。
一台のままだったら、とっくにレジ前で詰まっていただろう。
「店長! この人、石鹸が欲しいそうです!」
伊藤がレジから俺を呼ぶ。
「田中!」
少し離れたところで接客していた田中が振り向いた。
「はい!」
「石鹸の案内お願い!」
「了解です!」
田中がすぐに客のところへ向かう。
伊藤はレジから動かず、そのまま次の会計に入った。
少しして、今度は加藤から声が飛ぶ。
「店長、こっちはタオルを探してるそうです!」
「吉田!」
「はい!」
「タオルお願い!」
「分かりました!」
吉田が客のところへ向かう。
レジは会計に集中して、売場側の質問は接客担当へ回す。
少しずつ、店全体に流れができ始めていた。
さらに別の客が、近くに置かれた商品を指さした。
「この光るやつが欲しい」
LEDランタンだ。
俺が誰かを呼ぼうとした時には、佐藤が手を挙げていた。
「俺行きます!」
「頼む!」
佐藤が客のところへ向かい、ランタンを手に取る。
「これは明かりをつける道具です。使うには、こっちの乾電池が必要になります」
客がランタンと乾電池を交互に見る。
「この小さいのを入れるのか?」
「そうです。ここを開けて、この向きに入れます」
佐藤が電池カバーを開けて見せる。
俺は少し離れたところから声を飛ばした。
「必要な本数と交換方法もちゃんと説明して!」
「了解です!」
すぐ近くでは、森が子どもたちに囲まれている。
昨日、最初に店へ来た女の子もその中にいた。
さっき見つけたおもちゃを手に、森の説明を真剣に聞いている。
「こうやって遊ぶんだよ」
「これ?」
「そうそう。上手い上手い」
「できた!」
楽しそうだ。
昨日、お菓子を受け取った時とはまた違う顔をしている。
食べ物。
日用品。
家電。
おもちゃ。
俺たちにとっては普通の商品でも、この世界の人たちにとっては初めて見る物ばかりだ。
何が売れるのかなんて、正直まだ分からない。
でも、こうして客の反応を見ていれば少しずつ分かってくる。
「店長!」
今度は佐藤だった。
「ポータブル扇風機、めちゃくちゃ反応いいです!」
「そうか!」
「展示見て、欲しいって言ってる人が5人!」
佐藤の周りを見ると、確かに何人もの客が集まっている。
小さな扇風機から風が出るたびに、顔を近づけたり、手をかざしたりしていた。
「在庫出せる?」
「出せます!」
「足らなければ種類増やしてもいいんじゃないか? 卓上型とか首掛けとか、同じように使えるやつも見せてみて」
「なるほど」
「ただし、用途はちゃんと聞けよ。持ち歩きたい人にデカいやつ勧めてもしょうがないからな」
「了解です!」
同じ扇風機でも、使い方は違う。
家で使うのか、仕事中に使うのか、持ち歩きたいのか。
そこを聞かずに商品だけ勧めても意味がない。
「モバイルバッテリーも一緒に案内して。充電方法と安全面もちゃんと説明しろよ」
「分かりました!」
その横で、小林が手を上げた。
「店長、ケトルもです!」
「電源どうする?」
「ポータブル電源とセットならいけます!」
「じゃあセット提案! ただし、出力足りないやつ案内するなよ」
「瞬間的な消費電力に耐えられるやつですよね」
「そう。ケトルは一気に電気食うから、定格出力と最大出力ちゃんと確認して、余裕あるやつ案内しろ」
「了解です!」
「あと火傷な。沸騰したお湯を扱う物だから、使い方と安全面までちゃんと説明して渡して」
「分かりました!」
売れればいいわけじゃないし、動けばそれでいいわけでもない。
買ったあとにちゃんと使えて、安全に使い続けられることまで含めて接客だ。
異世界だからって、その辺を適当にする気はない。
むしろ、こっちの常識が通じない分、いつも以上に説明しないと危ない。
「店長!」
今度は田中が呼ぶ。
振り向くと、さっき石鹸を探していた客と一緒にいた。
「種類が多くて迷ってるみたいです!」
「何に使うって?」
「体と手を洗いたいそうです!」
「じゃあ香りより使いやすさ優先でいいんじゃない? 刺激弱めのやつから案内してみて」
「分かりました!」
田中がすぐに商品を持ち替える。
その様子を見て、少し安心する。
最初はどうなるかと思ったけど、接客そのものはこっちでも変わらない。
話を聞く。
何が必要なのか考える。
合う物を提案して、分からないことがあれば詳しい担当へ繋ぐ。
それだけだ。
「……面白いな」
思わず口から漏れた。
山本が横に来る。
「店長、顔が完全に仕事中ですよ」
「仕事中だからな」
「さっきまでプレオープンだったんですけど」
「今もプレオープン」
「売ってますけど」
「販売ありのプレオープン」
「後付けですね」
「柔軟な運用と言って」
山本がため息をつく。
でも、少し笑っていた。
レジからまた音がする。
ピッ。
ガチャッ。
菓子。
石鹸。
タオル。
乾電池。
おもちゃ。
その中に、少しずつ家電も混ざり始めている。
一件一件の金額は大きくない。
それでも、0円だった異世界での売上が確実に積み上がっていた。
しばらくすると、木村がスマホを片手にこちらへ来た。
「店長!」
「何?」
「お菓子と乾電池、かなり減ってます。石鹸とタオルもです。ポータブル扇風機も、このペースだと結構出ます」
「もう?」
俺は売場を見る。
確かに、さっき並べたばかりの商品なのに棚には隙間が目立ち始めている。
一度に40人。
しかも、外にはまだ次の客が待っている。
今日だけなら在庫は持つかもしれない。
でも、明日も同じように客が来るとしたら話は別だ。
「自動発注は?」
山本が聞く。
「定数まで減ればかかる。でも、閉店後の在庫確定してからだろ」
「そうですね」
通常なら、それでいい。
一日の販売が終わって在庫が確定し、定数を下回った商品に自動で発注がかかる。
いつもの店なら、それで翌日以降の納品に繋がる。
でも今は、その時間まで待つ必要はない。
今朝、昨日この異世界から発注した商品が本当に届いた。
数量1で試した、あの発注。
注文番号まで一致していた。
だったら。
「木村、売れ行きいい商品まとめて」
「はい」
「山本、それ見ながら手動発注かけて」
山本が一瞬、俺を見る。
「今ですか?」
「今」
「自動発注待たないんですね」
「待たない」
俺は入口の方を見る。
まだ人が並んでいる。
今日買った物を持ち帰れば、家族や近所の人にも見せるだろう。
そうなれば、明日は今日より人が増れる可能性だってある。
「売れる時に在庫切らす方が怖い」
山本が頷いた。
「分かりました。数量は?」
「かなり多め」
「かなり?」
「今日売れた分を戻すだけじゃ足りない。反応いいやつは全部厚めに」
木村がスマホを操作しながら確認する。
「今のところ、菓子、乾電池、石鹸、タオル、ポータブル扇風機が強いです」
「そこは全部多めに」
「ランタンは?」
「乾電池式中心で増やして」
「モバイルバッテリーも動いてます」
「それも多め」
山本が業務端末を操作していく。
「ポータブル電源はどうします?」
「ケトルとか他の家電まで売るなら必要になる。入れよう」
「何台くらい?」
俺は少し考えた。
普通の店なら、過去の売上や在庫日数を見ながら数量を決める。
売場在庫、倉庫在庫、販売実績。
そういう数字を積み上げて発注する。
でも、異世界初日だ。
過去実績なんてあるわけがない。
「多めで」
山本が俺を見る。
「またそれですか」
「データないんだから仕方ないだろ」
「まあ、そうですけど」
「今は欠品しない方を優先」
「了解です」
木村が売れ筋を拾い、山本が発注する。
俺は売場を見る。
役割としては、それでいい。
細かい数字まで全部自分で抱えていたら、店全体が見えなくなる。
「店長」
木村が言う。
「扇風機、同じ商品だけじゃなくて種類増やします?」
「増やしていい」
「卓上と首掛けも?」
「うん。佐藤が反応見ながら提案できるようにして」
「分かりました」
少し考えて、もう一つ付け加える。
「あと、おもちゃも」
木村が顔を上げた。
「おもちゃもですか?」
俺は森の方を見る。
まだ子どもたちに囲まれている。
最初の女の子も、さっきのおもちゃを気に入ったらしく、楽しそうに遊んでいた。
「簡単に遊べるやつ、少し増やそう」
「ボードゲームも?」
「まだ早い」
「ですよね」
「説明なしでも遊べる物から」
まずは、見て、触って、すぐに分かる物。
そこからでいい。
山本が発注画面を見ながら口を開く。
「店長、これ結構な量になりますよ」
「うん」
「普段の発注よりかなり多いです」
「分かってる」
「来たら置く場所あります?」
その言葉で、今朝のバックヤードが頭に浮かんだ。
段ボールやコンテナ。
食品。
飲料。
日用品。
通常納品された商品が、まだかなり残っている。
ここに今入力している量が追加で来たら。
「……ないな」
「ですよね」
山本が即答する。
「ちょっと待って」
俺はインカムを取った。
「鈴木さん!」
『おう』
「搬入口側のバックヤード、今日のうちに空けておいて!」
少し間が空いた。
『空にすんのか?』
「できるだけ!」
『また急だな』
「明日、今日より多く来るかもしれない!」
『商品がか?』
「商品が!」
明日も届く保証はない。
でも、今朝は届いた。
しかも、昨日こちらから発注した商品まで届いている。
だったら、届く前提で準備しておいた方がいい。
「今朝の納品分と、すぐ売場に出さない在庫は四階の追加倉庫に上げて! 搬入口の受け入れスペース、できるだけ空けておいて!」
『おう、分かった』
「台車使って、貨物エレベーターで! 無理して階段で持たなくていいから!」
『おう』
鈴木さんなら、細かく言わなくても後はやってくれる。
長年物流をやっている人に任せた方が、俺が口を出し続けるより早い。
渡辺は今、高橋の補助に入っている。
入口では次の40人を入れる準備も進んでいるから、バックヤード側は鈴木さんに任せることにした。
山本が発注画面から顔を上げる。
「もう明日も来る前提ですね」
「来なかったら、その時考える」
「またそれですか」
「でも、来た時に置けない方が困るだろ」
「それはそうです」
俺はもう一度、売場を見る。
レジには列ができている。
家電実演には人だかり。
森の周りには子どもたちが集まり、入口の向こうにはまだ次の客が待っている。
昨日までは、本当に誰か来るのかを心配していた。
それが今では、商品が足りるかどうかを心配している。
我ながら、切り替わりが早い。
「店長」
木村が横から声をかける。
「売れ筋一覧できました」
「じゃあ、そのまま山本と詰めて」
「はい」
山本が一覧を見ながら、一つずつ数量を入力していく。
お菓子。
日用品。
乾電池。
LEDランタン。
ポータブル扇風機。
モバイルバッテリー。
ポータブル電源。
そのほか、今日反応のよかった商品。
昨日は数量1だった。
本当に届くのかを確かめるための、小さな発注。
今日は違う。
明日も売るために、今のうちからかなり多めに入れる。
「店長」
山本が画面を見たまま言った。
「これでいきますよ?」
俺は一度、売場を見る。
まだ売れている。
まだ客がいる。
そして、外にもまだ並んでいる。
「お願い」
「分かりました」
山本が発注を確定する。
少しして、画面に表示が出た。
『発注を受け付けました』
昨日と同じ文字だ。
でも、その意味はまるで違う。
昨日は、本当に届くのかを確かめるための実験だった。
今日は、売れているから追加した。
しかも、かなり多めに。
異世界で初めて商品を売った、その日のうちに。
カワダ電器東山店は、大量発注まで始めていた。
鈴木の口調を統一させました




