第16話 いける!これはいける!!!
「……いける」
俺はレジの中にある100,198円を見た。
現地通貨で払われた。
お釣りも現地通貨で返された。
なのに、売上分は日本円としてレジに残っている。
POSにも198円。
ちゃんと売上として計上されている。
つまり。
「いける! これはいける!!!」
思わず声が出た。
加藤がびくっとする。
「店長?」
「売れるぞ!」
「え?」
「こっちの金で買ってもらえる! しかもレジも使える!」
昨日までは、どうやって金を受け取るのかすら分からなかった。
現地通貨の価値も分からない。
お釣りも出せない。
そもそも、日本円の値札なんて意味がないと思っていた。
でも、全部違った。
店の中では値札の意味が通じる。
《両替》で現地通貨の価値も分かる。
レジに通せば、現地通貨でお釣りまで出る。
そして売上は、日本円になる。
だったら、やることは一つだ。
俺はインカムを取った。
「鈴木さん、渡辺!」
『はい』
『どうしました?』
「イベント用の什器、持ってきて!」
一瞬、間があった。
『追加ですか?』
「追加どころじゃない。売場増やす!」
加藤が横で俺を見る。
「店長、販売するんですか?」
「する!」
さっきまで今日は売らないと言っていた。
自分でも分かっている。
でも、条件が変わった。
売れないと思っていたから売らなかっただけだ。
売れるなら、話は別だ。
「実演コーナーや試食に出してる菓子類と日用品、それから小型家電! 乾電池、モバイルバッテリー、ポータブル電源も片っ端からかき集めて陳列して!」
『どれくらいです?』
「置けるだけ!」
『置けるだけ!?』
「そう! イベントスペースに入るだけ持ってきて!」
インカムの向こうで、渡辺が何か言っている。
たぶん笑っている。
俺はそのまま売場を見渡した。
「森! 吉田!」
「はい!」
「案内はそのまま接客に切り替えて! 什器が来たら商品もどんどん並べる!」
森が目を丸くする。
「もう売るんですね」
「今から売る!」
「急ですね!」
「商売はタイミング!」
自分でもそれっぽいことを言っている気がする。
でも、目の前には客がいる。
しかも、店に並んでまで入りたい客が大勢いる。
商品に興味も持っている。
金も払える。
レジも動く。
ここまで揃っているのに、売らない理由がない。
「佐藤、小林!」
家電実演をしていた二人が振り向く。
「実演はそのまま続けて! 反応いい商品があったら教えて!」
「売場に追加ですか?」
「在庫あるなら追加!」
「了解!」
「任せてください」
「あと、充電が必要な小型家電は単品で売るなよ!」
佐藤が振り向く。
「電源も一緒にですか?」
「そう! ポータブル扇風機みたいなUSB充電式ならモバイルバッテリーも案内して!」
この世界には、家の壁にコンセントがあるとは限らない。
というか、たぶんない。
せっかく買ってもらっても、充電が切れたら終わりでは意味がない。
「ランタンみたいな乾電池式は乾電池も一緒! 必要な本数と交換方法まで説明して!」
「了解です!」
「安全面もちゃんと説明しろよ。こっちじゃ当たり前の使い方でも、この世界じゃ当たり前じゃないんだから」
「分かりました!」
小林が手を上げる。
「モバイルバッテリー自体の充電はどうします?」
「そこなんだよな」
俺は少し考えた。
モバイルバッテリーもポータブル電源も、使えば減る。
今は店の電気で充電できる。
でも、客が持ち帰った後はどうする。
「充電サービス作ろう」
山本がこちらを見る。
「店でですか?」
「うん。持ってきてもらえば充電して返す」
「料金は?」
「そこは今晩考える」
無料にするのか。
有料にするのか。
購入者だけ一定期間無料にするのか。
受付方法や預かり方も決めないといけない。
でも、サービス自体は必要だ。
「明日から提供できるようにしよう。細かい運用は閉店後に決める」
「分かりました」
俺はもう一度、売場へ声を飛ばした。
「とにかく、売った後に使えない商品を出すなよ! 使い方と、動かすために必要な物までセットで説明して!」
ただ売ればいいわけじゃない。
買ったあと、ちゃんと使えること。
安全に使えること。
そこまで含めて接客だ。
世界が変わっても、そこは同じだった。
その時だった。
さっきとは別の村人が、お菓子を手にレジの方へ来た。
「これ、買えるのか?」
俺は反射的に答えかけて、止まる。
さっきは俺が会計した。
でも、あれが俺にしかできないなら話が変わる。
客が増えるたびに、全部俺がレジを打つなんて無理だ。
「加藤」
「はい?」
「次の会計、やってみて」
「私がですか?」
「うん。俺じゃなくてもいけるか、確認したい」
加藤が一瞬だけ驚いた顔をした。
でも、すぐに頷く。
「分かりました」
村人が持ってきたのは、個包装のお菓子だった。
加藤が商品を受け取る。
「こちらですね」
値札を見る。
金額は普通に分かっている。
客の方も、それがいくらなのか理解しているらしい。
やっぱり、店の中では値札の意味そのものが伝わっている。
村人が懐から現地通貨を取り出した。
俺は少し離れた位置から見る。
加藤がそれを受け取る。
その瞬間。
「あ」
加藤が手の中の硬貨を見る。
「どうした?」
「……価値、分かります」
「本当に?」
「はい。これ、日本円だとこのくらいです」
俺と同じだ。
《両替》の表示そのものが見えているのか。
それとも、意味だけ分かるのか。
そこまではまだ分からない。
でも、少なくとも現地通貨の価値は理解できている。
「そのまま会計してみて」
「はい」
加藤が商品をスキャンする。
ピッ。
金額が表示される。
村人から受け取った現地通貨。
それをどう処理するのか。
さっきと同じなら。
そう思った瞬間、加藤の手の中から硬貨が消えた。
「消えました」
「うん」
次の瞬間、レジが動く。
ガチャッ。
釣銭口から、現地通貨が払い出された。
加藤がそれを確認する。
「お釣りも合ってます」
「売上は?」
レジを確認する。
日本円が増えている。
「入ってます。日本円です」
俺は思わず笑った。
「……いける」
やっぱり、俺だけじゃない。
スタッフでも会計できる。
これなら、店として回せる。
「加藤、そのままレジお願い」
「了解です」
そこで、ふと思う。
一台じゃ足りない。
外にはまだ客が並んでいる。
このまま売場を広げたら、次に詰まるのは会計だ。
「鈴木さん、もう一個!」
『今度はなんだ?』
「イベント用のレジ!」
『レジもか?』
「持ってきて! 二台で回す!」
幸い、催事やイベント販売で使うレジがもう一台ある。
「伊藤!」
「はい!」
「聞き取りやめて、レジ入って!」
「分かりました!」
「加藤と二台で回して!」
元々、二人ともレジとサービス担当だ。
むしろこっちの方が本職だった。
山本が俺を見る。
「物価の聞き取りはどうします?」
「もういい」
「いいんですか?」
「値札の意味が通じて、向こうの金も円換算できる。だったら『いくらなら買うか』を聞くより、実際に買ってもらった方が早い」
欲しいのか。
欲しくないのか。
198円なら買うのか。
980円でも買うのか。
それは、レジを通った数字が全部教えてくれる。
「今日は徹底的に接客に振る」
俺は店内を見渡した。
「田中!」
入口にいた田中がこちらを見る。
「はい!」
「入口は高橋に任せて、こっち入って!」
田中が隣の高橋を見る。
「一人で大丈夫?」
高橋が頷く。
「人数管理と誘導なら大丈夫です」
「じゃあ任せた!」
田中がこちらへ戻ってくる。
「何します?」
「接客。何が欲しいか聞いて、使えそうな商品をどんどん提案して!」
「了解です!」
大学時代からメーカーの販売応援に入っていた田中は、こういう場面では強い。
商品を全部知っている必要はない。
客の話を聞いて、何を求めているのか掴む。
分からなければ詳しい担当に繋ぐ。
それでいい。
「家電で分からないことは佐藤か小林に振って! 適当なことは言うなよ」
「そこは大丈夫です!」
「高橋!」
「はい!」
「入口は任せる! 40人ずつ、ちゃんと人数管理して!」
「了解です!」
「渡辺は搬入が落ち着いたら高橋の補助! 入口の入れ替えと、手が空いたら陳列と補充!」
『分かりました!』
「鈴木さんは搬入が落ち着いたらバックヤードの片付けお願い!」
『おう、分かった』
役割が、一気に営業用へ組み替わっていく。
森と吉田は、そのままイベントスペースで接客。
田中もそこへ加わる。
佐藤と小林は家電。
伊藤と加藤はレジ。
高橋は入口。
渡辺はその補助と陳列。
鈴木さんは裏方。
木村は売上と在庫の集計。
山本は全体を見る。
そして俺は、全部を見る。
「木村!」
「はい!」
「売れた商品と在庫の動き、どんどん拾って! 減りが早いやつあったらすぐ教えて!」
「了解です!」
「山本は全体お願い!」
「はい」
その時、石井さんがこちらへ来た。
「中村さん、私も何かお手伝いしましょうか?」
「すみません。じゃあ、試食とお菓子のところお願いしてもいいですか? 忙しくなったら袋詰めとか、簡単な案内も手伝ってもらえると助かります」
「分かりました」
社員じゃない石井さんに、当然みたいに仕事を振るわけにはいかない。
でも、こうして手を貸してもらえるのは本当にありがたい。
そこへ、鈴木さんと渡辺がイベント用レジを載せた台車を押してきた。
「店長、持ってきました!」
「そこ! 今のレジの横!」
二台目のレジを設置する。
伊藤がすぐに入る。
加藤。
伊藤。
レジ二台。
これで会計も回せる。
さらに、次々と什器が運び込まれてくる。
平台。
ワゴン。
簡易棚。
普段なら催事や特売で使うものだ。
「イベントスペースの外周に並べて!」
「了解!」
什器が組まれる。
商品が乗る。
菓子。
パン。
日用品。
石鹸。
タオル。
歯ブラシ。
ティッシュ。
文房具。
乾電池。
懐中電灯。
LEDランタン。
ポータブル扇風機。
モバイルバッテリー。
簡単な調理器具。
売場が、みるみるうちに広がっていく。
「店長、ポータブル電源も出します?」
渡辺が聞く。
「出す! でも、何でもかんでもセットで売るなよ。使う機器に合うやつを案内して!」
「了解です!」
「ランタンの横には乾電池。ポータブル扇風機の横にはモバイルバッテリー!」
「分かりました!」
乾電池で動く物には乾電池。
USB充電ならモバイルバッテリー。
もっと電力を使う物にはポータブル電源。
売るだけじゃ駄目だ。
使えなかったら意味がない。
「値札は?」
森が聞く。
「そのまま!」
「日本円のままで?」
「店内なら伝わってる!」
言いながら、自分でも不思議なことを言っていると思う。
でも事実だ。
198円。
398円。
980円。
こちらの人たちは、普通にその値段の意味を理解している。
理由は分からない。
でも、今は使えるものを使う。
その時。
「これ、なに?」
聞き覚えのある声がした。
振り向く。
昨日、最初に店へ来た女の子だった。
森が並べていた商品の前で、足を止めている。
手に取ったのは、小さなおもちゃだった。
昨日は菓子を渡して帰した。
今日は村のみんなを連れてきた本人が、今度は自分から商品を見ている。
「それ?」
森がしゃがんで、女の子と目線を合わせる。
「遊ぶ物だよ」
「遊ぶ?」
「うん。こうやって使う」
森がその場で簡単に動かしてみせる。
女の子の目が、一気に丸くなった。
「もう一回!」
「いいよ」
森が笑って、もう一度やってみせる。
さっきまで食べ物ばかり見ていた他の子どもたちも、それに気づいて集まってきた。
「これも?」
「それもおもちゃ」
「こっちは?」
「それも」
森の周りに、あっという間に子どもが増える。
さすが玩具担当。
こういう時の食いつかせ方は上手い。
「店長」
吉田が小声で呼ぶ。
「おもちゃも出します?」
俺は森の周りを見る。
女の子たちの顔。
明らかに反応がいい。
「出そう」
「どのくらい?」
「まずは簡単に遊べるやつ。電気使わない物中心で」
「了解です」
また一つ、売場が増える。
菓子。
日用品。
家電。
そして、おもちゃ。
プレオープンで見てもらうだけの予定だった売場は、いつの間にか本当に物を売る場所へ変わっていた。
外には、まだ次の40人が待っている。
その後ろにも人がいる。
俺は忙しく動き始めたスタッフたちを見渡した。
どうやら俺たちが思っていたより。
この世界で売れる物は、ずっと多いらしい。
鈴木の口調を統一させました




