第15話 プレオープン開始!
「じゃあ、最初の40人からご案内します!」
田中の声が入口に響いた。
高橋が横で人数を数えながら、一人ずつ中へ通していく。
「40人で一回止めます。後ろの方はそのままお待ちください」
列の前の方にいた村人たちが、少し緊張した様子で店内へ入ってくる。
俺も非常口から中へ戻り、入口側へ回った。
「ゆっくりで大丈夫です。押さないでください」
最初に入ってきたのは、昨日会った女の子とその家族らしい人たちだった。
その後ろには、人間だけじゃなく獣人もいる。
猫っぽい耳。
うさぎっぽい長い耳。
尻尾を揺らしながら周囲を見回している子どももいた。
初めて見る相手ばかりだ。
たぶん、向こうも同じだろう。
店内へ入った瞬間、村人たちの足が止まった。
「……明るい」
誰かが呟いた。
そりゃそうか。
外は普通の朝だが、店内は照明が全部点いている。
天井いっぱいのLED照明。
商品棚に案内表示、床、レジ。
俺たちにとっては、見慣れた家電量販店だ。
でも、この世界の人たちにとっては違う。
「火がないぞ」
「これ全部、魔道具なのか?」
「天井が光ってる……」
あちこちから声が上がる。
俺はその反応を見ながら、少しだけ笑った。
昨日まで当たり前だったものが、ここでは全部珍しい。
「まずは、こちらから見てもらって大丈夫です」
俺がイベントスペースを指す。
森と吉田がすぐに動いた。
「こちらです」
「触っても大丈夫なものは、こちらで案内しますね」
村人たちが少しずつイベントスペースへ流れていく。
一番最初に人が集まったのは、やっぱり食べ物だった。
石井さんがクッキーを配っている。
「一人ひとつずつどうぞ」
「これ、昨日の!」
昨日の女の子が嬉しそうに言った。
「そう。今日は他にもあるよ」
石井さんの横には、パンとおにぎりも並んでいる。
伊藤と加藤も、聞き取りの合間に配布を手伝っていた。
「これは何?」
猫耳の子どもが、おにぎりを指さす。
「お米をまとめたものです。中に鮭が入ってます」
「さけ?」
「魚です」
「魚が中に入ってるの?」
「そう」
不思議そうな顔をしながら、包装を見つめている。
開け方が分からないらしい。
伊藤が横から手伝った。
「ここを引っ張って、こうです」
海苔が巻かれる。
それを見た子どもの耳がぴくっと動いた。
「おお……」
その反応だけで、ちょっと面白い。
一口食べる。
数秒後。
「おいしい!」
耳がさらに立った。
分かりやすい。
その隣では、パンを食べた別の子どもが大人に何か話している。
クッキー。
パン。
おにぎり。
今のところ、どれも反応はいい。
そして、もう一つ。
炊飯器から、ちょうど炊き上がりの音が鳴った。
「来たな」
俺が見ると、佐藤が蓋を開ける。
湯気が上がる。
一気に、炊きたての米の匂いが広がった。
何人かがこちらを見る。
「これで米を炊いたのか?」
年配の男が聞いた。
「そうです」
「火は?」
「使ってません」
「魔石も?」
「使ってません」
ざわつく。
「じゃあ何で?」
「電気です」
言ってから思った。
説明になってない。
案の定、相手は首を傾げている。
「まあ、それはあとで説明します」
俺が言うと、佐藤が笑った。
「逃げましたね」
「今やると長くなる」
炊いたご飯には、用意していた甘口のレトルトカレーを少量ずつかける。
石井さんと吉田が小さな器に分けていく。
「これも食べていいのか?」
「どうぞ」
最初の一人が慎重に口へ運ぶ。
少し間があった。
「……甘い」
「辛くない?」
「うまい」
それを聞いて、周りから手が伸び始める。
やっぱり強い。
カレー。
「店長、食べないんですか?」
吉田が聞く。
「俺は中辛派だから甘口は食べないよ」
「そこは本当に徹底してるんですね」
「大事だから」
試食の様子を見ながら、伊藤と加藤が話を聞いていく。
「普段、パンってどれくらいで買います?」
「石鹸は使いますか?」
「魔道具って、家にあります?」
「魔石はどこで買うんですか?」
最初は警戒していた村人たちも、食べ物を口にして少しずつ話すようになってきた。
木村は少し離れたところで、聞き取った内容をまとめている。
スマホにも次々と情報が上がってくる。
食料。
衣服。
日用品。
魔道具。
魔石。
俺はそれを横目で確認しながら、家電実演の方へ向かった。
「次、ケトルいきます」
小林が言う。
透明な電気ケトルに水を入れ、スイッチを押す。
村人たちが覗き込む。
しばらくすると、中の水が沸き始めた。
「……もう?」
「早いな」
「火がないのに」
驚き方が分かりやすい。
次は小型扇風機。
スイッチを入れる。
風が出る。
うさぎ耳の子どもが目を丸くした。
「風!」
「そう。風が出ます」
「中に風の魔石があるの?」
「ないです」
佐藤が答える。
「じゃあ、なんで?」
佐藤が一瞬こっちを見る。
俺も一瞬考える。
「電気です」
またそれか。
説明するには、この世界の知識がまだ足りない。
こっちも相手の魔道具を知らない。
でも、反応を見るだけでも十分だった。
便利さは伝わっている。
少なくとも、興味は持ってもらえている。
俺がイベントスペースを見回していると、少し離れた棚の前で一人の男が商品を手に取っていた。
日用品だ。
安い消耗品。
男は商品と値札を交互に見る。
そして。
「これ、198円なんだろ?」
「…………」
一瞬、意味が分からなかった。
「今、なんて?」
男が値札を指さす。
「198円」
「読めるの?」
今度は向こうが不思議そうな顔をした。
「書いてあるだろ」
俺は値札を見る。
198円。
いつもの値札だ。
日本語。
円。
昨日、女の子に渡したチラシの文字は読めていなかった。
写真は分かっても、日本語の意味は分からなかった。
なのに、今この人は普通に値札の意味を理解している。
「……なんで?」
思わず呟く。
男は気にせず商品を見る。
「これ、欲しい」
「え?」
「買いたい」
「いや、今日は販売してなくて」
「店なんだろ?」
「店だけど、今日は見てもらうだけで」
「金なら払う」
「いや、そういう問題じゃなくて」
説明しようとする。
でも相手には、店なのに売らないという方が意味が分からないらしい。
男は懐に手を入れた。
何枚かの硬貨を取り出す。
見たことがない。
色も形も、日本の硬貨とは違う。
「これで足りるか?」
「だから今日は――」
「ほら」
「え?」
半ば強引に、俺の手へ硬貨を握らされた。
その瞬間だった。
視界に文字が浮かぶ。
《基本能力:両替》
「…………」
俺は固まった。
続けて、手の中の硬貨に情報が重なる。
この世界の通貨名。
枚数。
そして、日本円に換算した価値。
分かる。
なぜか分かる。
俺が握っている金が、日本円でいくらに相当するのか。
「……これが両替?」
男が聞く。
「足りるか?」
「え?」
「この金で」
俺はもう一度、表示を見る。
198円より多い。
かなり多い。
「……足りてる」
「じゃあ、それをくれ」
「いや待って」
問題がある。
価値が分かったところで、俺たちは現地通貨のお釣りなんて持っていない。
「お釣りが出せないけど、それでもいいか?」
俺が聞くと、男は少し考えた。
「釣り?」
「払ってもらう金の方が多いから、その差額」
「ああ」
男は肩をすくめる。
「別にいい」
「よくないんだよ」
店側としては。
数百円の商品で、必要以上に金を取るわけにはいかない。
どうする。
そう考えた時、イベントスペースの端に置いてあるレジが目に入った。
念のため。
本当に念のため置いておいたものだ。
今日は販売しない予定だった。
だから使うつもりもなかった。
でも。
「……一回、通してみるか」
俺は商品を持ってレジへ向かった。
加藤が気づいて近づいてくる。
「店長?」
「この人、買いたいって」
「今日販売しないんじゃ」
「俺もそう言ったんだけど、金握らされた」
俺は手の中の現地通貨を見せる。
加藤の目が丸くなった。
「それ、こっちのお金ですか?」
「たぶん」
「分かるんです?」
「分かるようになった」
「……はい?」
「あとで説明する」
今は会計だ。
商品をスキャンする。
ピッ。
レジ画面に表示される。
198円。
いつもの数字だ。
ここまでは普通。
問題はここから。
受け取った現地通貨をどう処理するのか。
日本円を入れるわけじゃない。
レジに現地通貨を入れる場所もない。
「……どうすんの、これ」
俺が呟いた瞬間。
手の中の硬貨が消えた。
「は?」
加藤も固まる。
次の瞬間。
レジが動いた。
ガチャッ。
釣銭口から硬貨が払い出される。
でも、出てきたのは日本円じゃない。
さっき男から受け取ったものと同じ、この世界の通貨だった。
「…………」
俺は釣銭口の硬貨を見る。
《両替》で価値が分かる。
差額。
ぴったりだ。
「お釣り……出た」
加藤が呟く。
俺も同じことを思った。
「出たな」
男は当然のように受け取る。
「これでいいのか?」
「……はい」
商品を渡す。
男は満足そうに持っていった。
俺はその背中を見送る。
そして、すぐにレジを見る。
「待って」
加藤が振り返る。
「どうしました?」
「今の金、どこ行った?」
受け取った現地通貨は消えた。
お釣りは現地通貨で出た。
じゃあ、売上分は?
俺はレジを開ける。
カワダ電器では、オープン時の釣り銭は社内規定で統一されている。
100,000円。
どの店でも同じだ。
だから、初期残高は分かっている。
俺はレジ内の現金を確認する。
「…………」
加藤が横から覗き込む。
「増えてます?」
「うん」
日本円だ。
見慣れた硬貨。
見慣れた紙幣。
そして残高は。
100,198円。
「……198円増えてる」
「日本円で?」
「日本円で」
加藤が黙る。
俺も黙る。
現地通貨を受け取った。
その通貨は消えた。
お釣りは現地通貨で返された。
そして、売上分の198円だけが日本円としてレジに残っている。
「どういう仕組みですか?」
「知らない」
本当に知らない。
でも、これだけは分かる。
異世界の金で、日本円の売上が立った。
俺はレジ画面を見る。
売上。
198円。
ちゃんと計上されている。
「……売れた」
思わず呟く。
予定外。
完全に予定外。
今日は販売しないはずだった。
なのに。
カワダ電器東山店。
異世界での最初の売上。
198円。
成立。
次回は明日21時公開予定
まだまだストック放出します!




