第14話 村ごと来ました
「とりあえず、おにぎりとパンは俺らの分を残して、残りは配る用に回そう」
俺が言うと、加藤がすぐに頷いた。
「数量、分けて記録しますね」
「お願い。今日の分と、明日の朝の分くらいは確保しておきたい」
十四人いる。
物流が続く可能性は出てきたとはいえ、本当に毎日届く保証まではない。
全部配ってしまって、明日の朝飯がありませんでは笑えない。
「どれくらい残します?」
山本が聞く。
「おにぎりとパン合わせて、最低でも十四人分。できれば少し多めに」
「了解です」
残りは一階のイベントスペースへ持っていく。
昨日までは、もう二度と補充されないかもしれないと思っていた商品だ。
それが今朝になって、普通に届いた。
だったら、今日来る村の人たちにも食べてもらえる。
「クッキーだけより、だいぶ豪華になりましたね」
伊藤がパンのケースを見ながら言う。
「最初だからいいんだよ」
まずは知ってもらう。
何が好きなのか。
何に驚くのか。
そして、また来たいと思ってもらえるか。
売るのは、そのあとだ。
今日はまだ販売しない。
そのつもりでいた。
そんな時だった。
インカムが鳴った。
『店長!』
田中だ。
声がでかい。
「どうした?」
『並んでます!』
「何が?」
一瞬、間があった。
『人です!』
「…………何人?」
『めちゃくちゃ!!!』
「人数で答えろ!」
『いや、ちょっと待ってください! 数えきれないです!』
俺と山本が顔を見合わせる。
「昨日の女の子?」
『います! その子もいます!』
「他は?」
『大人も子どももいっぱいです! 入口の前、もう列になってます!』
「…………」
昨日、女の子一人に明日から営業すると言った。
村のみんなを連れてきていいとも言った。
確かに言った。
でも。
「本当に村ごと来るやつある?」
山本が横で言う。
「店長が連れてきていいって言ったんですよ」
「そうだけど!」
インカムから、また田中の声が飛ぶ。
『店長! まだ増えてます!』
「増えてる!?」
『森の方からまた来てます!』
俺は思わず入口の方を見る。
プレオープンで市場調査をして、試食を配りながら軽く話を聞く。
そんなつもりだった。
どうやら、全然軽く済みそうにない。
「……よし」
俺は息を吐いた。
考えていても人数は減らない。
「開けるぞ!」
周りにいたスタッフが一斉にこちらを見る。
「俺が先に出る」
山本がすぐに反応した。
「店長一人でですか?」
「入口の外まで出るだけ。昨日の女の子がいるなら、まず俺の顔を見せた方がいい」
昨日、最初に話したのは俺と伊藤だ。
いきなり知らない店員が何人も出ていくより、まずは俺が出た方が警戒されにくいだろう。
「伊藤も連れて行きますか?」
「いや、伊藤は中に残って。今日は聞き取りをお願いしたい」
「分かりました」
まずは俺が外に出て、何人来ているのか自分の目で確認する。
そのあと、順番に案内する。
「あと、人数制限かけるぞ」
山本が聞く。
「何人くらいです?」
「一回40人くらい」
「40人ですか」
「一階全部を開けるわけじゃない。イベントスペース周辺だけなら、それくらいで区切ろう」
十四人いるとはいえ、全員を接客だけに回せるわけじゃない。
入口管理、イベントスペース内の案内、試食、家電実演、聞き取り、記録、補充。
何かあった時に対応する人間も必要になる。
一度に何十人も押し込んだら、何が起きているのか分からなくなる。
「外で待ってもらう人には、順番に案内する」
「40人くらいずつに分かれてもらう感じですね」
「そう。一組ずつ入ってもらおう」
山本がすぐに頷く。
「配置も決めましょう」
「うん」
俺は周りを見た。
「田中と高橋は入口。人数を数えて、40人くらいで区切ってくれ」
高橋が頷く。
「了解です」
「田中は外の列も見て。高橋は入口側で人数管理」
『了解です!』
インカム越しに田中の返事が飛んできた。
「森と吉田はイベントスペース内の案内。初めて見るものばっかりだろうから、勝手に奥まで行かないように見てて」
「はい」
「分かりました」
「佐藤と小林は家電実演。電気ケトル、炊飯器、ドライヤー、小型扇風機、LEDランタン。昨日決めたやつを順番に見せて」
「了解」
「任せてください」
「伊藤と加藤は聞き取り。何が欲しいか、普段何を使ってるか、いくらくらいなら買いたいか。会話の流れで聞ける範囲でいい」
「はい」
「分かりました」
「木村は二人が聞いた内容をまとめて。他のスタッフが拾った話もチャットから集約して」
「了解です」
「鈴木さんと渡辺は入口とバックヤードの補助。試食品とか足りなくなったら、すぐ補充お願いします」
「分かりました」
「はい」
その時、石井さんが手を上げた。
「店長、試食の方、私が手伝いましょうか?」
「いいんですか?」
「はい。人数も多そうですし、配るだけならできますから」
ありがたい。
今日はクッキーだけじゃない。
パンにおにぎり、炊きたてのご飯と甘口カレーもある。
この人数なら、試食だけでもかなり手が必要になる。
「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
「無理そうだったら、すぐ言ってください」
「分かりました」
最後に山本を見る。
「俺が外にいる間、店内全体は山本に任せる」
「了解です」
これで十四人全員の役割が決まった。
決まれば早い。
スタッフが一斉に動き始める。
昨日まで普通の家電量販店だった一階が、今は異世界の村人を迎えるための会場になっている。
俺は正面入口へ向かった。
シャッターはまだ閉じたままだ。
昨日と同じように、横の非常口へ回る。
扉の向こうから、人の気配がする。
一人や二人じゃない。
ざわざわとした声が、閉じた扉越しにも聞こえていた。
「……マジでそんなにいるの?」
インカムから田中の声が返ってくる。
『店長』
「何?」
『40人じゃ、全然足りないかもしれません』
「それは見てから考える!」
俺はドアノブに手をかけた。
昨日は、たった一人だった。
今日は、その一人が村のみんなを連れてきた。
なら、こっちも店として迎えるしかない。
「じゃあ、行ってくる」
『お願いします』
山本の声が返る。
俺は非常口の扉を開けた。
「…………」
思わず固まった。
多い。
本当に多い。
入口の前だけじゃない。
駐車場の手前まで、人がずらっと並んでいる。
大人もいれば、子どももいる。
昨日会った女の子も、列の前の方にいた。
俺に気づいた瞬間、ぱっと顔を明るくする。
「お兄ちゃん!」
「お、おはよう」
軽く手を上げる。
その時、視界の端で何かが動いた。
「…………ん?」
耳だ。
頭の上に、耳がある。
一人じゃない。
よく見ると何人かいる。
尖った耳もあれば、丸みのある耳もある。
中には、明らかに長い耳を立てている人までいた。
さらによく見ると、尻尾もある。
「…………獣人?」
思わず小声が漏れた。
猫……かな?
いや、あっちはうさぎ?
長い耳がぴょこんと立っている。
その隣には、どう見ても猫っぽい耳の女性がいた。
見た目はかなり人間に近い。
でも、耳と尻尾だけが明らかに違う。
昨日会った女の子が普通の人間だったから、なんとなく人間ばかりだと思っていた。
そんなわけないか。
ここ、異世界だった。
「店長?」
インカムから山本の声がする。
「……山本」
『はい』
「獣人いる」
少し間が空いた。
『はい?』
「猫かな。うさぎかな。いる」
『何の報告ですか、それ』
「俺も今そう思ってる」
目の前では、長い耳の子どもが俺をじっと見ていた。
その横で、猫耳の女性らしき人が警戒するように建物を見上げている。
人間だけじゃない。
獣人もいる。
子どもも大人もいて、思っていた以上にいろんな人が来ている。
そして、何より人数が多い。
ざっと見ただけでも40人では済まない。
その倍どころか、もっといるかもしれない。
「……本当に村ごと来たな」
俺は小さく呟いた。
昨日の女の子が、嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる。
「みんな連れてきたよ!」
「うん。見れば分かる」
「お菓子、みんなすごく喜んでた!」
なるほど。
昨日渡したカゴいっぱいのお菓子が効いたらしい。
効きすぎた気もする。
「ありがとう。ちゃんとみんなに教えてくれたんだな」
「うん!」
女の子が元気よく頷く。
その後ろでは、大人たちがこちらを見ていた。
興味、警戒、驚き。
いろんな表情が混ざっている。
そりゃそうだ。
昨日まで何もなかった場所に、突然こんな巨大な建物が現れた。
そこで知らない人間が、店をやると言っている。
俺だって逆の立場なら警戒する。
まずは、店として挨拶だ。
俺は一歩前へ出た。
「皆さん、おはようございます」
ざわついていた声が少し静かになる。
言葉は通じている。
昨日と同じだ。
それだけでも、かなり助かる。
「昨日、この子に話した通り、今日はこの店を皆さんに見てもらうために開けます」
女の子が隣で嬉しそうに頷いている。
「食べ物や日用品、それから皆さんのところで言う魔道具に近いものも、いくつか用意しています」
その言葉で、何人かが顔を見合わせた。
特に「魔道具」という言葉には反応がある。
やっぱり興味はあるらしい。
「ただ、こんなにたくさん来てくださるとは思っていませんでした」
何人かが笑った。
昨日の女の子も笑っている。
原因は君だ。
いや。
連れてきていいと言った俺か。
「なので、安全のために一度に全員入ってもらうことはできません」
少しだけ、ざわめきが起きた。
入れないと言われたと思ったのかもしれない。
俺はすぐに続ける。
「でも、帰ってくださいという意味ではありません。40人くらいずつ順番に入ってもらいます。最初の人たちが見終わったら、次の人たちをご案内します」
列の後ろを見る。
まだ森の方から人が来ている。
今日だけで何人来るんだ。
「食べ物も、見てもらう物もたくさん用意しています。後ろの方までちゃんと順番に案内しますので、なくなるから急がないと、ということはありません」
少なくとも、今並べているものは十分ある。
お菓子もある。
パンもある。
おにぎりもある。
カレーも用意している。
そして何より、ここは家電量販店だ。
物なら山ほどある。
「なので、申し訳ないですけど、順番が来るまで少し待ってください」
少し間があった。
すると、列の前にいた年配の男性が声を上げた。
「待てば、皆入れるのか?」
「はい。順番にご案内します」
「食べ物も?」
「あります」
「後ろの者の分も?」
「そのつもりで用意してます」
完全に全部なくならない保証まではできない。
でも、先着40人だけで終わらせるつもりはない。
男性が後ろを向いた。
「順番だそうだ! 押すな!」
その声が列の後ろへ伝わっていく。
何人かが頷き、さっきまで少し前へ詰めていた人たちも距離を取った。
「……助かった」
思わず小声が漏れる。
インカムから高橋の声が入る。
『店長、入口側準備できてます』
続いて田中。
『40人ずつ数えます!』
「お願い。最初の40人から案内しよう」
『了解です!』
俺はもう一度、目の前の列を見る。
人間もいる。
猫っぽい獣人も、うさぎっぽい獣人もいる。
昨日は知らなかったこの世界の人たちが、大勢こっちを見ている。
プレオープン初日。
市場調査のつもりだった。
どうやら、思っていたよりずっと本格的な初営業になりそうだった。




