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第13話 いつも通りの納品です

夢を見ている。


そう気づいたのは、目を開けてすぐだった。


さっきまで俺は、カワダ電器四階の会議室で毛布にくるまっていたはずだ。


なのに今は、どこまでも白い場所に立っている。


床があるのかどうかも分からない。

壁も天井もなく、ただ白い空間だけがどこまでも続いていた。


「……また何か始まった?」


この一日で、俺の異常事態に対する耐性はだいぶ高くなったと思う。


異世界転移に、若返り。

ステータスに、職業は商人。


さらに管理者スキルまで出てきて、今月の売上目標は1億5千万。


ここまで来たら、夢の中で変な場所に立っているくらいでは驚かない。


……いや。


普通に驚いてはいる。


「お待ちしていました」


声がした。


振り向くと、少し離れたところに人が立っていた。


男なのか女なのか。

若いのか年寄りなのか。


見ているはずなのに、なぜかはっきりと認識できない。


服装すらよく分からないのに、人の形をしていることだけは分かった。


「……誰?」


「この世界では、創造神と呼ばれています」


「…………」


俺は少し黙った。


「神様?」


「そうですね」


「本物の?」


「本物という表現が適切かは分かりませんが」


「じゃあ偽物の可能性もある?」


「疑り深いですね」


「今日だけで色々あったんで」


神様を名乗る何かが、少し笑ったような気がした。


俺はその姿をじっと見る。


すると、聞きたいことが一気に頭へ浮かんできた。


「俺たちをここに飛ばしたの、あんた?」


「その質問には、今は答えられません」


「なんで俺が管理者?」


「それも、今は」


「なんで東山店?」


「それもです」


「じゃあ何なら答えられるんだよ」


思わず突っ込んだ。


夢の中まで出てきておいて、何も教えてくれないなら意味がない。


「あなたに、お願いがあります」


「お願い?」


「この世界を、少しだけ便利にしてほしいのです」


「…………」


思っていたより、ずいぶん曖昧なお願いだった。


「便利に?」


「この世界には、あなたの世界にはないものがあります」


「魔法?」


「はい」


昨日会った女の子も、魔道具の話をしていた。


火を使わずに明かりをつけたり、水を温めたり、火を起こしたり、物を冷やしたりする。


そのために魔石を使うらしい。


「魔法は、多くのことを可能にしました」


神様は続ける。


「ですが、それだけでは届かないものもあります」


「逆に、俺たちの世界には魔法がない」


「はい」


「その代わり、家電とか、そういう技術がある?」


「家電だけではありませんが」


「俺、家電量販店の店長なんだけど」


「知っています」


「だったら、なんで家電量販店なんだよ」


俺が聞くと、神様は少し間を置いた。


「ちょうどよかったので」


「絶対もっと理由あるだろ!」


思わず声が大きくなる。


創造神を相手にする態度として正しいのかは知らない。


でも、店ごと異世界に飛ばされた側としては、それくらい言わせてほしい。


「あなたたちの世界には、生活を便利にするものが数え切れないほどあります」


神様は俺の抗議を無視して続けた。


「そして、この世界には、この世界にしかないものがあります」


「魔法とか魔石とか?」


「それも含まれます」


「それを混ぜろってこと?」


「交流すれば、変わるものもあるでしょう」


ずいぶん他人事みたいに言う。


「文明を発展させろとか?」


「そこまで難しく考える必要はありません」


神様の声は穏やかだった。


「あなたは、今まで通りでいいのです」


「今まで通り?」


「必要な人に、必要なものを届ける」


その言葉に、少しだけ引っかかった。


高いものを売ればいいわけじゃない。

一番性能のいいものを売ればいいわけでもない。


その人が何に使うのか。

何に困っているのか。


そこを聞いて、合うものを提案する。

俺が店でずっとやってきたことだ。


「……それでいいの?」


「それで十分です」


「世界を便利にするにしては、地味じゃない?」


「世界とは、そういう積み重ねで変わるものです」


なんか、それっぽいことを言われた。


「じゃあ聞くけど」


俺は腕を組む。


「俺たち、帰れるの?」


神様は答えなかった。


「帰れない?」


それでも答えない。


「ずっとここにいるの?」


やっぱり、そこは教えてくれないらしい。


「ネットが繋がってるのは?」


答えない。


「会社のシステムが動いてるのは?」


これも答えない。


「会社の売上目標と、俺の管理者スキルの目標が同じなのは?」


神様は黙ったままだった。


「何しに出てきたんだよ!」


さすがに言った。


神様は、また少し笑ったように見えた。


「明日、お店を開けるのでしょう?」


「…………」


「村の方々を招くと聞きました」


「どこで聞いた」


「神ですので」


「便利だな、その言葉!」


俺にも使わせてほしい。


店長ですので。


それで全部説明できたら、どれだけ楽か。


「まずは、あなたのやり方でやってみてください」


「失敗したら?」


「その時は、その時です」


「俺と同じこと言ってない?」


「似ているのかもしれませんね」


絶対違うと思う。


俺はため息をついた。


「……じゃあ、これだけは教えて」


「どうぞ」


俺は自分の手を見る。


十八歳の手だ。


何度見ても、四十三歳だった頃のものには見えない。


「なんで俺だけ若返ったの?」


神様は少し考えるような仕草をした。


今度こそ、何か重大な理由が聞ける。

そう思った。


「その方が、動きやすいでしょう?」


「…………は?」


思わず顔を上げる。


「体力もありますし、長く働けます」


「いやいやいやいや」


待て。


「そんな理由?」


「不便でしたか?」


「不便かどうかの話じゃない!」


もっとこう、選ばれし者だからとか。

この世界に適応するために必要だったとか。

何かあるだろう。


「四十三歳より十八歳の方が、動きやすいでしょう?」


「それはそうだけど!」


「では、問題ありませんね」


「あるよ!」


戸籍とか。

免許証とか。

社員証とか。


何より鏡を見るたびに知らない若者がいる精神的ダメージとか。


問題しかない。


「戻ったら四十三歳に戻る?」


「それは、その時になれば分かります」


「そこは答えないのかよ!」


やっぱり大事なことは教えてくれない。


俺は頭を抱えた。


「最後に一個だけ」


「どうぞ」


「本当に、この世界を便利にすればいいんだな?」


「はい」


「商品売って?」


「それも一つの方法です」


「魔道具と喧嘩になったら?」


「それも、あなたが考えることです」


「丸投げじゃん」


「店長なのでしょう?」


「その言葉、俺に刺さるからやめて」


神様が笑った。


今度は、はっきりそう見えた。


「では、頑張ってください」


「軽いな!」


「明日の営業も」


「プレオープンだからな!」


「はい」


「あと販売しないから!」


「そうなのですか?」


「知らなかったの!?」


神様なんだから全部知ってるんじゃないのか。


さっきの自信は何だったんだ。


そう思った瞬間、白い世界が急に明るくなった。


「ちょっと待て!」


聞きたいことはまだ山ほどある。


でも、神様の姿は光の向こうへ薄れていった。


「おい!」


返事はなかった。


◇


目を開けた。

見慣れた天井だった。


四階の会議室。


薄暗い照明に、毛布と硬い床。


「……硬っ」


身体が痛い。


十八歳になっても、床で寝れば身体は痛いらしい。


周りを見ると、まだ寝ている人もいる。


田中は少し離れたところで、完全に毛布を蹴飛ばしていた。


俺はゆっくり身体を起こした。


夢だったはずだ。

でも、妙に鮮明に覚えている。


創造神。

この世界を便利にしてほしい。


必要な人に、必要なものを届ける。


そして俺が若返った理由は、動きやすいから。


「動きやすいからって……」


小声で呟く。


それだけなのか。


本当に?


神様の言うことを全部信じるのも危ない。

夢だった可能性だってある。


ただ、ステータスが出た俺が、今さら神様だけ否定するのも変な話だった。


「おう。おはよう、店長」


声をかけられる。


見ると、鈴木さんが起きていた。


「おはようございます」


「早いですね」


「いつもの時間に目が覚めるんだよ」


さすがだ。

身体の方が出勤時間を覚えているらしい。


俺もスマホで時間を見る。


いつもの開店準備を始めるには、ちょうどいい頃だった。


「みんな起こします?」


「もう少ししたらでいいだろ。

先に顔洗ってくる」


「お願いします」


俺は立ち上がる。


異世界生活、二日目。


そして今日は、プレオープンの日だ。


朝食を済ませたあと、全員で一階の最終確認に入った。


イベントスペースの展示を整え、昨日並べたお菓子や日用品を確認する。

試食用のクッキーも追加した。


炊飯器には、今日使う米をセットする。

一緒に出すのは、子どもでも食べやすい甘口のレトルトカレーだ。


「本当にカレーやるんですね」


吉田が言う。


「昨日決めただろ」


「店長が食べたいだけかと思ってました」


「試食だから」


「甘口なんですよね?」


「そこは子ども向け。

俺は中辛派だから甘口は食べないよ」


「そこ、ちゃんと分けるんですね」


「大事だろ」


「半分くらいは自分用ですよね?」


「……試食だから」


疑われている。


小林と佐藤は、実演用の家電をもう一度チェックしていた。


電気ケトル、炊飯器、ドライヤー、LEDランタン、小型扇風機。


どれも問題なく動く。


「値札もそのままです」


加藤が確認する。


198円。

398円。

980円。


見慣れた値札が、異世界の客を待っている。


まあ、販売はしない。

今日はあくまで市場調査だ。


そんな時だった。


腰につけたインカムから声がした。


『店長』


鈴木さんだ。


「はい」


『ちょっとバックヤードまで来てくれ』


声の調子は普通だった。

緊急事態という感じではない。


「何かありました?」


少し間があった。


『荷物が来てる』


「…………はい?」


思わず聞き返した。


『納品だ。いつも通りだ』


いつも通り。


今の状況では、その言葉が一番おかしい。


「今行きます」


俺は山本を見る。

山本も話を聞いていたらしい。


「行きます?」


「来て」


二人で一階奥のバックヤードへ向かう。

普段なら、朝一番の納品で慌ただしくなる場所だ。


そこへ入った瞬間、俺は足を止めた。


段ボールやコンテナ、ケースが、いつもの納品位置に並んでいる。

見慣れた光景だった。


だからこそ、おかしい。


「…………何これ」


鈴木さんが答える。


「だから、今日の納品だ」


「それは見れば分かるんですけど」


昨日の朝までなら、何もおかしくなかった。


でも、ここは異世界だ。


トラックが来る道路も、地球の物流センターも、ここにはないはずだ。


「いつ来たんです?」


「分かんねえ」


「見てない?」


「見てねえ。

俺が来た時には、もうあった」


俺と山本が顔を見合わせる。

渡辺も納品物の横に立っていた。


「搬入口、鍵かかってました」


「防犯は?」


「反応なしです」


誰かが店に入ってきた形跡はない。


それなのに、商品だけがいつもの場所に届いている。


俺は並んだケースを一つずつ見ていった。


ボードゲームや小物家電。

日用品の補充分に、飲料や食品。


どれも普段の納品と変わらない。


そして、その中に見覚えのあるケースを見つけた。


「……え?」


パンとおにぎりだ。


しかも、昨日から残っていたものではない。


俺は一つ手に取って日付を確認する。


新しい。


商品は鮭おにぎり。


昨日、「これも最後かもな」と思いながら食べたものと同じだった。


「…………あるじゃん」


山本が隣で首を傾げる。


「何がです?」


「おにぎり」


「ありますね」


「昨日、最後かもって思いながら食ったんだけど」


「よかったじゃないですか」


「そういう問題じゃない」


昨日の商品が残っていただけじゃない。

今日の分が、新しく補充されている。


パンも確認したが、こちらも同じだった。


「賞味期限、新しいですね」


山本が言う。


「うん、これ今日の納品だ」


少なくとも、物流の一部は何らかの形で続いている。


そう考えた瞬間、ほんの少しだけ希望が浮かんだ。


物流が地球と繋がっているなら、俺たちも完全に切り離されたわけではないのかもしれない。


もしかしたら、帰る方法だって――。


「店長」


鈴木さんに呼ばれて振り向く。


「ほれ、これ」


手には、小さな箱があった。


乾電池だ。


俺はそれを見た瞬間、さっきまでの考えが全部吹き飛んだ。


「……ちょっと待って」


箱を受け取る。


電池そのものは、珍しくもなんともない。


問題はそこじゃない。


箱に貼られた納品ラベルを見る。


商品名。

数量。


そして、注文番号。


嫌なほど見覚えがあった。


「山本」


「はい」


「業務端末」


山本がすぐに端末を開く。


「昨日の発注履歴出して」


「分かりました」


昨日、この世界に転移したあと。


業務システムが本当に動いているのかを確認するため、俺は試しに電池を数量1で発注した。


画面には確かに、


『発注を受け付けました』


と表示された。


その履歴を呼び出す。


俺は端末に表示された注文番号と、納品ラベルの番号を見比べた。


「…………」


同じだ。


念のため、もう一度見る。


一桁ずつ確認する。


やっぱり同じだった。


「店長?」


山本が俺を見る。


俺は納品ラベルを指さした。


「注文番号、一緒」


「え?」


「これ、昨日俺が発注したやつ」


山本の表情が変わった。


鈴木さんと渡辺もこちらを見る。


「昨日って……」


「転移した後」


その一言で、全員が黙った。


これは、たまたま今日届く予定だった荷物じゃない。


転移する前に発注されていた商品でもない。


昨日、この異世界にある東山店から俺が発注した電池が、今日ここへ届いている。


しかも、発注履歴と納品ラベルの注文番号まで完全に一致している。


「……本当に発注できてたんだ」


山本が呟いた。


「うん」


昨日は、システムだけが正常に見えている可能性も考えていた。


店の端末内部で受付処理だけが進んでいるとか、表示だけが残っているとか。


でも、それではこの電池を説明できない。


俺が異世界から送った発注情報は、少なくとも商品の出荷に繋がるところまで届いている。


そして商品そのものも、何らかの方法で東山店まで運ばれてきた。


「じゃあ」


渡辺が電池を見る。


「必要なもの発注すれば、届くってことですか?」


「……その可能性は高いな」


通常の納品も来ている。


食品も日用品も補充されている。


さらに、こちらから新しく発注した商品まで届いた。


これが今後も続くなら、俺たちの生活にとってはとんでもなく大きい。


ただ、素直に喜んでいい話でもなかった。


「でも、電話は繋がらないんですよね」


山本が言う。


「うん」


メールも送れない。


SNSにも投稿できない。


地球にいる誰かへ、こちらから自由に連絡することはできない。


それなのに、発注データだけは通っている。


さらに、その結果として商品まで届く。


「意味分かんないですね」


「俺も分かんない」


地球と完全に切れたわけじゃない。

それだけは、もう間違いない。


でも、どう繋がっているのかが全く分からない。


俺は手元の電池を見る。


昨日、自分で発注した商品だ。


注文番号まで一致している以上、偶然では片付けられない。


地球には帰れない。

地球にいる人とも話せない。


それなのに、商品だけはいつも通り届く。


「……どういう繋がり方してるんだよ」


誰も答えられなかった。


鈴木の口調を統一させました

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