第11話 プレオープン準備中
「じゃあ午後は準備しよう」
俺の一言で、全員が動き始めた。
明日はプレオープン。
販売はしない。
見る、触る、食べてもらう。
そして、どんなものを欲しがるのか、いくらなら買うのか、この世界の物価はどれくらいなのかを聞く。
方針は決まった。
あとは、実際にそのための場所を作るだけだ。
「一階、イベントスペースからやろう」
俺たちは一階へ移動した。
普段はメーカーの実演販売や新商品の体験会、子ども向けイベントなんかに使っている場所だ。
正面入口から近く、売場の奥まで入らなくても済む。
「とりあえず、この範囲だけ開放しよう。ここから先には入れないようにする」
田中が周囲を見回した。
「パーテーション持ってきます?」
「うん。あと案内板も」
「日本語で書いて意味あります?」
「…………」
確かに。
昨日会った女の子は、チラシの写真は分かっても文字は読めていなかった。
「まあ、俺たちの目印にもなるから。それに、文字が読めなくても入っちゃダメって見た目で分かるようにしよう」
パーテーション、簡易チェーン、展示什器。
普段店で使っているものを組み合わせて、イベントスペースの外へ自然に出にくい形を作っていく。
完全に封鎖するわけじゃない。
でも明日、何人来るのかも、どんな人たちが来るのかも分からない。
いきなり四階まで自由に歩いてもらう必要はないだろう。
「入口側にも人いた方がいいな」
鈴木が言う。
「そうだな。イベントスペースの中にも何人か置こう」
「明日は店側の人数、多めだな」
「初日だからな。余ってるくらいでいい」
十四人いる。
全員を接客に回す必要はないが、何が起きるか分からない以上、余裕は持たせたい。
「じゃあ商品運びます?」
渡辺が聞いた。
「お願い」
そこから先は、妙にいつもの仕事だった。
台車を出して、商品を選び、売場から運んで並べる。
配置を見て、また少し動かす。
「お菓子はこっちでいい?」
「飲み物は隣にしよう」
「日用品、このテーブル使いますね」
「いいよ」
クッキー、ビスケット、スナック菓子、キャンディ、ペットボトル飲料。
石鹸、タオル、ティッシュ、洗剤、歯ブラシ。
文房具、鍋やフライパン、簡単な調理器具、電池や懐中電灯も並べる。
普段なら、家電量販店の一階イベントスペースにこれだけバラバラの商品をまとめて置くことはまずない。
森が並んだ商品を眺めて言った。
「……何のイベントなんですかね、これ」
田中が即答する。
「異世界生活応援フェア」
「誰を応援するんだよ」
「俺らじゃないですか?」
「それはそう」
少し笑いが起きた。
こういうくだらない会話ができるだけでも、今はありがたい。
「森、子ども向けも頼む」
「もう選んでます」
別のテーブルには、簡単なおもちゃやボール、折り紙、カードゲームなんかを並べていく。
ルールが複雑なものは避けた。
「ボードゲームも何個かいいです?」
森が聞く。
「簡単なのなら」
「じゃあ選びます」
「店長が選び始めると長くなりますからね」
山本が横から言う。
「俺じゃなくて森に任せてるだろ」
「正解です」
なんでだよ。
家電の展示側では、佐藤と小林が準備をしていた。
電気ケトル、ドライヤー、LEDランタン、小型扇風機、炊飯器。
「炊飯器、明日動かします?」
佐藤が聞く。
「動かしてみようか」
「米も炊きます?」
「その方が分かりやすいな。匂いも出るし」
俺は少し考える。
「せっかくだし、レトルトカレーも温めよう」
「カレーですか?」
「ご飯だけ出すより、食べてもらいやすいだろ」
店にはレトルト食品もある。
炊飯器で米を炊いて、鍋か電気ケトルでお湯を用意してレトルトカレーを温めれば、簡単な試食になる。
炊きたてのご飯。
温かいカレー。
湯気と匂い。
文字が読めなくても、食べ物だということはすぐ分かる。
「カレー、向こうの人には辛くないですかね?」
伊藤が聞く。
「甘口にしよう」
「それなら子どももいけそうですね」
「最初は少量ずつで」
売るつもりはない。
明日は、見てもらって、試してもらって、反応を見る日だ。
炊飯器そのものに興味を持つのか。
温かい料理がすぐ出てくることに驚くのか。
それとも単純に、カレーが一番人気になるのか。
それも含めて、明日分かる。
「ケトルも実演できますよ」
佐藤が言う。
「それもやろう」
「ドライヤーは?」
「風が出るだけでも反応見られるだろ」
「小型扇風機と被りますね」
「両方見せよう。何に興味持つか分からないし」
明日は売るためじゃない。
何に驚くのか、何を欲しがるのか、向こうの魔道具と比べて家電の何が珍しいのか。
それを知る日だ。
そこへ山本が業務端末を持ってやってきた。
「ヒアリング項目、まとめました」
「見せて」
画面には、明日聞いておきたい内容が簡単に並んでいた。
この商品を欲しいと思うか。
いくらなら買いたいか。
普段、食料や生活用品にどのくらい使うのか。
魔道具や魔石はいくらくらいなのか。
「結構あるな」
「全部聞く必要はありません。会話の流れで聞けるものだけで」
「その方がいいな」
尋問するわけじゃない。
相手は、これから客になるかもしれない人たちだ。
「記録は?」
「木村さんがまとめます。ほかのスタッフも、聞いた内容はチャットに送ってください」
少し離れたところで木村が手を上げた。
こうして見ると、本当に明日から店を開けるみたいだ。
いや、開けるんだけど。
「店長」
今度は加藤が商品を持ってきた。
「値札、そのままでいいんですよね?」
見る。
198円。
398円。
980円。
いつもの日本円の値札だ。
「そのままで」
「了解です」
どうせ読めない。
数字が分かっても、円の意味までは分からないだろう。
それに販売もしない。
問題ない。
たぶん。
午後の作業は、そのまま数時間続いた。
商品を運び、展示を組み、動線を調整する。
誰をどこに置くかも少しずつ決まっていく。
そんな途中、スマホが震えた。
小林からチャットだ。
『シャワー確認しました。瞬間式です。連続運転は60分。停止後10分ほど空ければ再使用できます』
「お」
俺は画面を山本に見せた。
「結果来た」
山本も確認する。
「これなら十四人でも回せそうですね」
「一人四分じゃなくて済むな」
「前半と後半に分ければ大丈夫そうです」
連続60分で、途中10分休ませればまた使える。
七人ずつ分けるなら、一人五分使っても35分なので十分余裕がある。
「じゃあ長風呂は禁止程度で済むか」
「十分ですね」
朝の時点では、十四人で一つのシャワーなんて使えるのかと思っていた。
でも、どうやら何とかなりそうだ。
続いて佐藤からも連絡が入る。
『ポータブル電源、展示分は充電中です。容量一覧も作ってます』
こっちも順調だった。
そして夕方に近づいた頃、吉田から連絡が入った。
『4F生活スペース、だいたいできました』
俺は外を見る。
空の色が、朝とは明らかに変わっていた。
「……もうそんな時間か」
朝、この世界に来た。
そこから何時間経ったのか、時計を見れば分かる。
でも、帰れる気配はない。
突然元の駐車場へ戻ることもなければ、会社から連絡が来ることもなかった。
「山本」
「はい」
「一回、四階見に行こう」
「そうですね」
イベントスペースの準備をほかのスタッフに任せ、俺たちは四階へ向かった。
会議室の扉を開ける。
「おお」
思ったよりちゃんとしている。
机と椅子は壁際へ寄せられ、床も清掃済み。
防災備蓄の毛布も運び込まれていた。
まだベッドもマットレスもないが、今日のところはこれで十分だ。
朝見た時より、ずっと「寝る場所」に見える。
田中が床に座っていた。
「どうです?」
「合宿所」
「ですよね」
「褒めてる」
「ならいいです」
渡辺が笑う。
「七人ならかなり広いですよ」
確かに四十人用の会議室だ。
男七人が寝るだけなら、十分余裕がある。
「男は今夜ここだな」
「了解です」
次に、更衣室を見る。
女性陣は男女両方の更衣室を使う。
各自の荷物は整理され、床もきれいになっていた。
七人で二部屋なら、少なくとも今夜は何とかなる。
「狭かったら言って」
俺が言うと、吉田が首を振った。
「今夜だけなら十分です」
今夜だけ。
その言葉に少しだけ引っかかった。
明日も、その次も、ここで寝ることになる可能性はある。
でも今はまだ、今夜だけだと思っていたい。
「石井さん、ありがとうございました」
俺が言うと、石井さんは掃除道具を片付けながら笑った。
「みんなでやったので、すぐでしたよ」
実際、石井さん一人に任せたわけじゃない。
吉田、田中、渡辺、それに途中から手の空いたスタッフも加わっている。
「この人数なら楽ですよ」
「助かりました」
最後に仮眠室を見る。
名前こそ仮眠室だが、今夜からは寝る場所ではなく、シャワー利用時の脱衣や身支度をする場所として使う。
「ここはこんな感じです」
吉田が扉を開ける。
着替えを置く場所。
タオル。
最低限の身支度用品。
部屋に元からある簡単な調理台と水道は、そのまま使えるようになっている。
「バスタオルは?」
「売場から必要分だけ持ってきました」
「記録は?」
「加藤さんがしてます」
「完璧」
隣のシャワールームも問題なく使える。
瞬間式で連続60分。
10分ほど休ませれば再使用できるので、十四人なら男女で時間を分けても十分回せるだろう。
俺は調理台と水道を見る。
もし、本当に帰れないなら。
「ここ、洗濯機置けそうだな」
山本も周囲を見る。
「置けますね。排水が取れるなら」
「そこ確認して、いけそうなら一台入れよう」
「今日ですか?」
「いや。明日も帰れなかったら」
今はまだ商品だ。
でも生活が続くなら必要になる。
下着、靴下、制服、普段着。
十四人分を毎日手洗いするのは現実的じゃない。
洗濯機が店に山ほどあるのに、それを使わず手洗いする意味もない。
「洗濯機が必要になる異世界転移って、珍しいですよね」
山本が言う。
「普通、魔法でなんとかするんじゃない?」
「店長、魔法使えないじゃないですか」
「商人だからな」
「そこ認めたんですね」
「…………」
しまった。
山本がこっちを見る。
「商人?」
「いや」
「今、商人って」
「言葉のあや」
「ふーん」
危ない。
まだステータスの話は誰にもしていない。
俺はさっさと話題を変える。
「着替えは?」
「夜になったので、必要な人には日用品売場から出す予定です」
Tシャツ、下着、靴下、ジャージ。
朝までは商品だった。
今も商品ではある。
でも、帰れない以上は必要なものを使うしかない。
「使った人ごとに記録?」
「はい」
「頼む」
廊下へ戻る。
男は会議室。
女性は二つの更衣室。
シャワーも使える。
仮眠室は脱衣と身支度のスペース。
最低限。
本当に最低限だけど、今夜を過ごす場所はできた。
俺は時計を見る。
もう夕方で、外も少しずつ暗くなり始めている。
少なくとも、今日中には帰れなかった。
朝は、昼までには何か起きるかもしれないと思っていた。
昼には、夕方までには戻れるかもしれないと思っていた。
でも、何も起きなかった。
店はまだこの世界にある。
俺たちも、ここにいる。
山本が隣に立った。
「店長」
「ん?」
「今日、ここで寝ることになりそうですね」
「……そうだな」
言葉にすると、急に現実味が増した。
異世界。
転移。
そんな言葉よりも。
今日、家に帰れない。
その方がずっと分かりやすい。
俺は会議室を見る。
男七人と毛布。
女性は二つの更衣室。
シャワーもある。
食料もある。
電気もある。
ネットもある。
そして明日は、プレオープン。
「……初日から濃すぎない?」
山本が少し笑った。
「店長が明日営業するって言うからですよ」
「またそれ?」
「事実です」
「はいはい」
一階では、まだスタッフが明日の準備をしている。
俺たちも戻らないといけない。
寝る場所はできた。
明日の店も、少しずつ形になっている。
帰る方法だけは、まだ何一つ分かっていない。
俺は会議室の照明を見上げた。
「まあ、今日寝る場所はできた」
それだけでも、今は十分だ。
「戻ろう。明日の準備終わらせるぞ」
「はい」
俺たちは一階へ戻った。
異世界生活、一日目。
どうやら今夜は、カワダ電器に泊まることになりそうだった。
鈴木の口調を統一させました




