第96話 終わっていなかった使命
応接室。
百年ぶりの再会を果たしたシャルロットとサンセリテは、昔話に花を咲かせていた。
魔王討伐の旅。
旅の途中で出会った人々。
他愛のない失敗談。
懐かしい思い出を語るたび、部屋には笑顔が溢れる。
エレナとソフィアも、教会へ伝わる歴史では知ることのできない当時の出来事へ静かに耳を傾けていた。
やがてシャルロットは、ふと首を傾げる。
「そういえば……」
「サンセリテさんが教会へ入られたなんて、少し意外でした」
「昔のあなたなら、あまり教会とは縁がなさそうでしたから」
サンセリテは思わず苦笑した。
「私も、そう思っておりました」
「まさか自分が教会へ入り、教皇になるとは夢にも思っておりませんでした」
エレナが興味深そうに尋ねる。
「では、何がきっかけだったのじゃ」
サンセリテは静かにシャルロットを見つめた。
「理由は、一つです」
「あなたが最後に私へ託した使命を、守り続けるためでした」
シャルロットは優しく微笑む。
「そうだったのですね」
「百年間、本当にありがとうございました」
サンセリテは静かに首を横へ振った。
「私は、あなたとの約束を守っただけです」
その言葉を聞き、シャルロットは安心したように微笑む。
「それなら……」
「魔王因子の問題も、もう解決したのですね」
その瞬間だった。
サンセリテの笑みが静かに消えた。
「……いえ」
「まだなのです」
シャルロットの表情が固まる。
「え……」
サンセリテは静かに語り始めた。
「封印そのものは、この百年間、私たちが守り続けてきました」
「少なくとも数年前までは、大きな異変もなく、封印は安定していたのです」
一度言葉を区切る。
「ですが、ここ近年になって状況が変わりました」
「封印に、ごく僅かな綻びが生じ始めたのです」
部屋に緊張が走る。
「その綻びから魔王因子の力が少しずつ漏れ出し、世界中の魔素へ影響を及ぼしています」
「各地で確認されている魔物の異常活性化は、その影響によるものです」
サンセリテは静かに続けた。
「魔王因子――。」
「それは教会が用いる呼び名です」
「長い歴史の中で、この存在は様々な名で呼ばれてきました」
「魔核融合体。」
「魔素特異点。」
「無限魔力炉。」
「賢者の石。」
「哲学者の石。」
「霊薬エリクシア。」
「第一物質。」
「命の水。」
「名は違えど、すべて同じ存在を指しています」
「人類は幾度となく、その正体を解き明かそうとしてきました」
「ですが、その本質へ辿り着いたのは、百年前のあなたただ一人でした」
ソフィアは驚きに目を見開く。
「賢者の石も……」
「エリクシアも……」
「すべて魔王因子のことだったのですか……」
サンセリテは静かに頷く。
「ええ」
「人は奇跡を求め、その時代ごとに様々な名で呼びました」
「ですが、その正体は変わりません」
「すべて、魔王因子なのです」
エレナは静かに目を見開いた。
「魔王因子……」
「その名なら、我も聞いたことがある」
「魔王ニコラスが、人でありながら千年以上生き続けた理由」
「そして、かつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ元凶……」
小さく息を呑む。
「まさか、その封印に綻びが生じておるというのか」
サンセリテは静かに頷いた。
「ええ」
「私は百年間、光魔法、古代魔法、教会に伝わる秘術、さらには竜族の協力も得て、あらゆる方法を試しました」
「ですが、魔王因子を破壊する方法だけは、ついに見つけることができませんでした」
ソフィアは静かに俯く。
その事実は、教会最高幹部である彼女も知っていた。
その時だった。
シャルロットの脳裏に、これまでの出来事が次々と蘇る。
フルール周辺で異常に増えた魔物。
突如現れたジェネラルオーガ。
本来その地には生息しないはずのコカトリス。
そして、各地で起き始めていた不可解な異変。
「まさか……」
シャルロットは震える声で呟く。
「あれは……」
「封印の綻びが原因だったのですね」
点だった出来事が、一つの線となって繋がった。
シャルロットはゆっくりと俯く。
「私は……」
「気付くべきでした」
「前世で魔王因子の恐ろしさを知っていたはずなのに」
「目の前で異変が起きていたのに……」
「どうして、結び付けることができなかったのでしょう」
その声には、自分自身を責める深い後悔が滲んでいた。
サンセリテは静かに首を横へ振る。
「いいえ」
「封印が綻び始めたのは、ごく最近のことです」
「あなたが気付けなかったのも無理はありません」
「むしろ、フルール周辺での異変を食い止めてくださったからこそ、被害は最小限に抑えられました」
シャルロットはゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、百年前と変わらぬ強い意志が宿っていた。
「分かりました」
「今度こそ、本当の意味で終わらせましょう」
その言葉に、サンセリテは力強く頷く。
「はい」
「百年間、この時を待ち続けておりました」
百年前に託された使命。
そして百年間守り続けられてきた封印。
そのすべてに、ついに終止符を打つ時が訪れようとしていた。




