第93話 大聖堂
翌日。
サンセリテはシャルロットとエレナを伴い、ルミエール大聖堂の中を案内していた。
「せっかくお越しいただいたのです」
「まずは、大聖堂をご案内いたしましょう」
「ありがとうございます」
三人は長い回廊をゆっくりと歩き始める。
最初に訪れたのは礼拝堂だった。
高い天井には色鮮やかなステンドグラスがはめ込まれ、柔らかな陽光が床へ降り注いでいる。
祭壇の前では、多くの人々が静かに祈りを捧げていた。
「綺麗ですね……」
シャルロットが思わず呟く。
サンセリテは穏やかに頷いた。
「ここは百年以上、多くの人々の祈りを受け止めてきた場所です」
三人は静かに礼拝堂を後にした。
次に案内されたのは、大図書館だった。
天井まで届く本棚には、世界中から集められた書物が整然と並んでいる。
薬学書。
歴史書。
魔法理論。
各国の文化や伝承。
数え切れないほどの知識が、この場所へ集められていた。
「すごい……」
「こんなにたくさんの本が」
シャルロットは目を輝かせる。
サンセリテは微笑んだ。
「世界最大の蔵書数を誇る図書館です」
「あなたなら気に入ってくださると思っておりました」
続いて訪れたのは、歴代教皇の肖像画が並ぶ広間だった。
初代教皇から現在に至るまで、教会を支えてきた教皇たちが静かに見守っている。
サンセリテは少し照れたように笑う。
「一番新しい肖像画が私です」
シャルロットとエレナは思わず笑みをこぼした。
そして最後に案内されたのは、大聖堂の最も奥にある一室だった。
サンセリテは静かに扉へ手を掛ける。
「ここです」
ゆっくりと扉が開く。
その瞬間だった。
シャルロットの呼吸が止まった。
「……っ」
目の前に広がっていたのは――。
百年前と、何一つ変わらない部屋だった。
本棚。
机。
椅子。
窓辺の小さな花瓶。
差し込む陽の光まで、あの日のまま。
まるで時だけが、この部屋を避けて流れていったかのようだった。
シャルロットは震える足で一歩、また一歩と部屋へ入る。
そっと机へ触れた。
指先に伝わる木の温もり。
毎日のように触れていた感触。
忘れるはずがなかった。
「ここは、かつて大聖女ミュゲが暮らしていた部屋です」
サンセリテが静かに語る。
「ミュゲが旅立ってから百年」
「この部屋には、一切手を加えておりません」
その言葉を聞いた瞬間、シャルロットの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
(残ってる……。)
(全部、そのまま……。)
ここで本を読み。
机に向かって手帳を書き。
窓辺で花を眺めながら、サンセリテと笑い合った。
人生で最も長い年月を過ごした部屋。
もう二度と帰ることはないと思っていた場所。
それが今、目の前にあった。
次々と涙が溢れ、止まらない。
その様子を見たエレナが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたのじゃ」
「そんなに、この部屋が気に入ったのか」
シャルロットは涙を拭い、微笑もうとする。
けれど、溢れる涙は隠しきれなかった。
「はい……」
「とても……落ち着く部屋です」
エレナは部屋をゆっくり見回し、静かに頷く。
「うむ」
「豪華ではない」
「じゃが、不思議と心が安らぐ部屋じゃな」
サンセリテはそんなシャルロットを静かに見つめ、穏やかに目を細める。
百年間守り続けてきた部屋。
そして百年越しに、その本当の主は再びこの場所へ帰ってきた。
シャルロットは窓の外を見つめながら、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
(ただいま……)
その一言だけが、百年という長い歳月を静かに埋めていくのだった。




