第87話 教皇の決意
大聖女生誕祭を終えた翌日。
教皇サンセリテと聖女ソフィアは、フルールの街を後にした。
白い馬車は、ゆっくりと王都ルミエールへの街道を進んでいく。
窓の外には、のどかな田園風景が広がっていた。
しばらく景色を眺めていたソフィアが、静かに口を開く。
「教皇猊下」
「シャルロットさんは、不思議な方でしたね」
サンセリテは穏やかに頷いた。
「ええ」
「私も、そう思います」
二人は自然と、シャルロットの話を始めた。
石化毒を見抜いた的確な判断。
薬による見事な中和。
ごく自然に行使された光魔法。
患者へ寄り添う優しさ。
そして、何気なく口にした、あの言葉。
『焦らなくて大丈夫です』
『魔法は、急ぐほど乱れます』
ソフィアは静かに呟く。
「知識だけでは説明できません」
「技術だけでもありません」
「まるで、何十年、何百年という年月を積み重ねてこられた方のようでした」
その言葉に、サンセリテは静かに目を閉じる。
百五十年前。
世界を救うため、ともに旅をした一人の少女。
誰よりも人を想い、誰よりも優しく微笑んでいた大聖女ミュゲ。
シャルロットには、その面影があまりにも多く重なっていた。
しかし、それだけで結論を出すことはできない。
教皇は静かに窓の外へ視線を向けた。
「偶然では説明できないことが、多すぎます」
「ですが、憶測だけで答えを決めつけるわけにはいきません」
ソフィアも静かに頷く。
「はい」
サンセリテは穏やかに微笑んだ。
「あの娘とは、一度、ゆっくり話をしなければなりません」
「きっと、その時にしか分からないことがあるのでしょう」
馬車は静かに王都ルミエールへの道を進んでいく。
百五十年前の仲間を思い出させる、一人の少女。
その出会いは、教皇の胸に新たな決意を芽生えさせていた。
そしてその決意は、やがて世界の運命を大きく動かす第一歩となるのだった。




