第81話 教会、動く
王都ルミエール。
ルミエール大聖堂、教皇執務室。
窓の外では、静かに雪が降り続いていた。
教皇サンセリテは、一通の報告書へ静かに目を落としていた。
数か月前。
ナルシス王国教会支部から届けられた正式な報告書。
鉄ランク昇格試験において、一人の少女が巨大な光の剣を顕現し、ジェネラルオーガを討伐したという内容である。
その時、扉が静かに叩かれた。
「失礼いたします」
入室してきたのは、現代最高峰の光魔法使いと称される聖女ソフィアだった。
「教皇猊下、お呼びでしょうか」
サンセリテは穏やかに頷く。
「ええ、ソフィア」
「こちらへ来なさい」
ソフィアが机の前まで歩み寄る。
サンセリテは報告書を差し出した。
「改めて読んでみてください」
ソフィアは目を通し、小さく息を呑む。
「受験者……シャルロット・メシャント」
「巨大な光の剣……」
サンセリテは静かに頷いた。
「興味深いことに、王都では今、この報告書とよく似た噂が広まっています」
旅人が語る話。
冒険者が見聞きした話。
商人たちが各地へ運ぶ噂。
巡礼者たちが耳にした話。
細かな違いこそあれ、どの話にも共通していた。
巨大な光の剣。
ジェネラルオーガを一撃で討った少女。
そして、その少女はフルールで『シャルロット薬舗』を営む、評判の薬師であるということ。
ソフィアは静かに報告書を閉じた。
「正式な報告と、人々の噂が一致しているのですね」
「ええ」
サンセリテは静かに答えた。
「噂だけなら聞き流していたでしょう」
「ですが、正式な報告と一致しているのであれば話は別です」
「信憑性は十分にあります」
ソフィアも静かに頷く。
「調査なさるのですか」
「ええ」
サンセリテは机の上の予定表へ視線を落とした。
そこには、間もなく執り行われる『大聖女生誕祭』の日程が記されていた。
「ちょうど、生誕祭も近づいています」
「今年もフルールを訪れる予定でした」
「この機会に、私自身の目で確かめてみようと思います」
ソフィアは胸へ手を当て、一礼した。
「承知いたしました」
「私もご同行いたします」
「お願いします」
サンセリテは穏やかに微笑む。
「百五十年前、大聖女ミュゲ様がお生まれになった街……」
「今年は、いつもとは違う巡礼になりそうですね」
一方その頃。
フルールの街では、大聖女生誕祭へ向けた準備が着々と進められていた。
広場には色とりどりの花々が飾られ、大聖堂では神官たちが祭典の支度に追われている。
巡礼者を迎える宿屋や露店も、開祭の日を心待ちにしていた。
もちろん、その中心にいるシャルロットは、自分の名が教皇の目に留まり、教会が静かに動き始めていることなど知る由もない。
こうして、一枚の報告書から始まった小さな縁は、百年の時を越え、再び運命の歯車を静かに動かし始めるのだった。




