第72話 闇魔法
シャルロットとルークは、居間の机に向かい合い、『ミア理論』の続きを読み進めていた。
光魔法の理論を読み終えた二人は、その内容を静かに噛みしめる。
「四属性魔法とは、まったく別の体系だったんだね……」
ルークが感心したように呟く。
シャルロットも小さく頷いた。
「ええ。光魔法の原理が、ここまで詳しく解き明かされていたとは驚きました。」
ルークはさらにページをめくる。
すると、次の章の見出しが目に飛び込んできた。
『闇魔法体系』
「闇魔法……?」
ルークは初めて目にする言葉に首を傾げた。
一方、シャルロットはその文字を静かに見つめる。
(やはり……。)
前世のミュゲも、その存在だけは知っていた。
光魔法と対を成す、もう一つの特殊魔法。
魔王ニコラスが研究していたと伝えられる、謎多き魔法体系。
しかし、その理論を記した文献を目にするのは、これが初めてだった。
ルークは論文を読み進める。
整った文字で、びっしりと書き込まれた記録。
そこには、誰にも語られることのなかった真実が記されていた。
――闇魔法とは、四属性の魔粒子を融合し、魔素へ還元する際に発生するエネルギーを利用する特殊な魔法体系である。
通常魔法は、魔素から必要な魔粒子を抽出し、制御することで発動する。
光魔法は、魔素を完全に四属性の魔粒子へ分解した際に発生するエネルギーを利用する。
それに対し闇魔法は、火・水・風・土、四属性すべての魔粒子を一点へ収束・融合させ、魔素へ戻る瞬間に生じる膨大なエネルギーを利用する。
「……逆なんだ。」
ルークは思わず呟いた。
「光魔法とは、まったく逆の現象なんだ。」
さらにページを読み進める。
自然界では、四属性の魔粒子は長い年月をかけて融合し、再び魔素へ還っていく。
闇魔法とは、その自然現象を人工的かつ瞬間的に再現する技術である。
理論上は光魔法に匹敵する、あるいはそれを超える力を生み出す可能性を秘めている。
しかし、四属性すべてを完全に制御し、一瞬で融合させることは極めて困難であり、実現は不可能と考えられていた。
その時、ルークの視線が論文の末尾で止まった。
「姉さん、見て。」
そこには、小さくこう記されていた。
『本理論は、魔王ニコラスの研究成果をもとに再構築したものである。』
「魔王ニコラス……。」
ルークは驚きを隠せなかった。
「魔王も、こんな研究をしていたんだ。」
シャルロットは静かにその名を見つめる。
(魔王ニコラス……。)
前世のミュゲも、その名はよく知っていた。
世界を滅亡寸前まで追い込んだ、史上最悪の魔王。
しかし、その一方で類まれな才能を持つ魔術研究者でもあったという。
ミュゲは魔王ニコラスと戦った。
だが、その研究について知る機会は一度もなかった。
(こうして、その理論を目にする日が来るとは思いませんでした……。)
シャルロットは静かに論文へ視線を落とした。
ルークは論文を見つめたまま、小さく息を吐く。
「光も闇も……。」
「どちらも世界の理そのものなんだ。」
「善い魔法とか、悪い魔法とか、そんな単純な話じゃないんだね。」
シャルロットは穏やかに微笑む。
「力そのものに善悪はありません。」
「それを何のために使うのか。」
「すべては、それを扱う者の心次第です。」
ルークは静かに頷いた。
その言葉は深く胸に刻まれる。
やがて論文を閉じると、決意を宿した眼差しでシャルロットを見つめた。
「姉さん。」
「僕、もっと魔法を勉強する。」
「魔術も、この世界の理も。」
「そして、姉さんのように人を救える魔法使いになる。」
シャルロットは優しく微笑み、静かに頷いた。
「ええ。」
「ルークなら、きっとなれます。」
静かな夜。
一冊の古い論文は、姉弟へ新たな知識だけでなく、新たな未来への道標を示していた。
そしてルークは、この日を境に、天才魔法使いとしてだけではなく、一人の魔術研究者としても歩み始めるのだった。




