第65話 竜王の証
楽しい宴は、あっという間に過ぎていった。
笑い声の絶えなかった玉座の間にも、少しずつ名残惜しい空気が流れ始める。
シャルロットはヴォルカンたちへ深く一礼した。
「本日は温かく迎えていただき、本当にありがとうございました」
ヴォルカンは豪快に笑いながら立ち上がる。
「待つのじゃ、シャルロット!」
そう言うと、自らの胸元へ手を当てた。
次の瞬間。
胸元の鱗の一枚が紅い光を放ちながら、静かに浮かび上がる。
炎のように美しく輝く一枚の鱗。
それは紅竜王だけが授けることのできる、特別な証だった。
ヴォルカンはその鱗を両手で包み込み、シャルロットへ差し出す。
「受け取るがよい」
シャルロットは驚いた表情で見つめる。
「これは……」
ルベリアが優しく微笑んだ。
「紅竜王の鱗です」
「竜王自ら鱗を授けるのは、深い信頼を寄せた相手だけなのですよ」
ヴォルカンは力強く頷く。
「娘を救ってくれた礼じゃ!」
「これを持つ者は、いつでもフラム=ヴェル竜王国へ入ることを許す!」
「誰もおぬしを止めることはない!」
シャルロットは両手で鱗を受け取り、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「大切にいたします」
ヴォルカンは満足そうに笑う。
「それから、もう一つじゃ」
その視線がエレナへ向けられる。
「エレナ」
「はい、お父様」
「これからもシャルロット薬舗で暮らすことを正式に許可する」
エレナは驚いたように目を見開いた。
「本当によいのですか?」
「うむ!」
ヴォルカンは大きく頷く。
「シャルロットは我が娘の命を救ってくれた恩人じゃ」
「恩には恩で報いる」
「それがフラム=ヴェル竜王国の流儀じゃ!」
「シャルロットたちと共に学び、多くのものを見てこい」
「そして、この御恩を決して忘れるでない」
エレナは目を潤ませながら深く頭を下げた。
「はい!」
「ありがとうございます、お父様!」
ルベリアも優しく微笑む。
「困ったことがあれば、いつでも帰っていらっしゃい」
「フラム=ヴェルは、いつでもあなたの帰る場所ですから」
「はい、お母様」
レオンも穏やかに微笑んだ。
「次に来られる時は、もう少しゆっくりお話ししましょう」
「父上が暴走しないよう、私も見張っておきますので」
その言葉に、一同は思わず笑みをこぼす。
ヴォルカンは豪快に腕を組んだ。
「ガッハッハッハ!」
「暴走などしておらん!」
「少し張り切っただけじゃ!」
「その『少し』が問題なのですよ」
レオンが即座に返す。
玉座の間は再び笑い声に包まれた。
こうしてシャルロットとエレナは、竜王家に見送られながら王城を後にする。
夕暮れに染まる城下町を歩いていると、シャルロットはふと足を止めた。
懐かしい景色。
懐かしい空気。
胸の奥で、遠い日の記憶が静かによみがえる。
百五十年前。
この城を訪れるたび、ヴォルカンとルベリアの傍らでは、小さな紅竜の少女が元気いっぱいに駆け回っていた。
その隣では、まだ幼いレオンが妹を優しく見守っている。
二人は無邪気に笑い合い、ときにはミュゲの後ろを楽しそうについて歩いていた。
シャルロットは隣を歩くエレナへ、そっと視線を向ける。
今では立派に成長した第一王女。
あの頃の面影は、その笑顔の中に確かに残っていた。
(ああ……。)
(あの子が、エレナさんだったのですね。)
エレナはそんな視線にも気付かず、嬉しそうに城下町を眺めている。
シャルロットは誰にも聞こえないほど小さな声で、そっと微笑んだ。
「また会えましたね」
百五十年という長い時を越えて叶った、小さな再会。
その奇跡を胸に抱きながら、シャルロットとエレナはフラム=ヴェル竜王国を後にするのだった。




