第62話 親バカ竜王
フラム=ヴェル竜王国の城下町。
シャルロットとエレナは、王城へ向かって石畳の道を歩いていた。
赤黒い石造りの街並み。
マグナ火山の地熱を利用した鍛冶場からは、心地よい槌の音が響いている。
露店には魔鉱石や果物、竜族ならではの工芸品が並び、多くの人々で賑わっていた。
そんな中、一人の女性がシャルロットへ目を留めた。
「あら?」
「あの方、人間ではありませんか?」
その声をきっかけに、人々が次々と集まってくる。
「本当だ!」
「人間だ!」
「ようこそ、フラム=ヴェルへ!」
「人間の国から来たのか?」
「向こうではどんな暮らしをしておるんじゃ?」
「毎日パンを食べるのか?」
「雪は本当に積もるのか?」
「人間は竜族みたいに変身できるのか?」
次々と飛んでくる質問に、シャルロットは困ったように笑った。
「ひ、一つずつお願いします」
その様子に、周囲から笑い声が起こる。
「ガッハッハ!」
「すまん、すまん!」
「人間を見る機会なんて滅多にないからのう!」
エレナもくすりと笑う。
「皆、人間に興味津々なのじゃ」
「悪気はないから許してやってほしいのじゃ」
「はい」
「皆さん、とても温かい方ばかりですね」
シャルロットが微笑み返した、その時だった。
一人の老人がエレナを見つめ、目を見開く。
「……まさか」
「エレナ第一王女殿下……?」
その一言で、城下町の空気が一変した。
「えっ!?」
「本当だ!」
「第一王女殿下がお戻りになられた!」
「エレナ様だ!」
「ご無事だったのですね!」
「王女殿下、お帰りなさいませ!」
人々は一斉に道を開き、深々と頭を下げた。
エレナは少し照れくさそうに手を振る。
「ただいまなのじゃ」
城門の兵士たちも慌ただしく動き出す。
「第一王女殿下がお戻りになられた!」
「至急、陛下へご報告を!」
兵士たちは王城へ向かって駆け出していった。
シャルロットは目を丸くする。
「……エレナさん」
「本当に王女様だったんですね」
エレナはきょとんと首を傾げた。
「うむ?」
「以前、王族じゃと言ったではないか」
「そういえば……」
シャルロットは森で初めて出会った日のことを思い出す。
『幼子を見捨てることなどできぬ』
『それが王族の務めじゃ』
「あの時、確かに仰っていましたね」
「うむ」
エレナはにっこりと笑う。
「わらわはフラム=ヴェル竜王国第一王女なのじゃ」
シャルロットはしばらく固まり――。
「ええぇぇぇっ!?」
驚きの声が城下町へ響き渡った。
やがて二人は王城へ案内され、玉座の間へ通される。
燃えるような紅髪を持つ大柄な男性。
その隣には、気品あふれる美しい女性が立っていた。
「お父様、お母様」
「ただいま戻ったのじゃ」
一瞬、玉座の間が静まり返る。
そして次の瞬間――。
「エレナぁぁぁぁぁっ!!」
紅竜王ヴォルカンが玉座から飛び降りた。
「無事だったかぁぁ!」
「心配したんじゃぞぉぉ!」
勢いよく駆け寄ると、娘を力いっぱい抱き締める。
「お、お父様……苦しいのじゃ……」
「痩せておらんか!?」
「ちゃんと飯は食っておったか!?」
「怪我はないか!?」
「悪い奴に騙されておらんか!?」
「誰か泣かせた奴はおらんか!?」
「お父様、一度に聞かれても困るのじゃ!」
「よし!」
「近衛隊を呼べ!」
「犯人を捕まえるぞ!」
「だから誰もおらんのじゃ!」
「安心せい!」
「父がまとめて叩き潰してやる!」
「まずは話を聞いてほしいのじゃ!」
ルベリアは額に手を当て、小さくため息をついた。
「あなた」
「まずはエレナのお話を聞いて差し上げてくださいませ」
「む?」
「そうじゃったか?」
ヴォルカンはようやく娘を離した。
エレナは苦笑しながら、森でシャルロットと出会ったこと。
命を助けられたこと。
『シャルロット薬舗』で家族として迎えられたこと。
冒険者となり、鉄ランクへ昇格したこと。
一つひとつ丁寧に語っていく。
ヴォルカンは珍しく口を挟まず、最後まで静かに耳を傾けていた。
すべてを聞き終えると、大きく腕を組み――。
「ガッハッハッハ!」
豪快な笑い声が玉座の間へ響き渡る。
「なるほど!」
「そういうことじゃったか!」
ヴォルカンはシャルロットへ向き直った。
「実を言うとな」
「最初は、おぬしがエレナをたぶらかして連れ去った悪党かと思っておった!」
シャルロットは思わず固まる。
「えっ……?」
「もし悪党じゃったら、その場で丸かじりしておったわ!」
「ガッハッハッハ!」
「お、お父様!」
エレナが慌てて止める。
「シャルロットは命の恩人なのじゃ!」
「分かっておる、分かっておる!」
ヴォルカンは豪快に笑いながら頷く。
「だから今こうして笑っておるんじゃ!」
「あなた」
「初対面の方へ失礼ですよ」
ルベリアが優しくたしなめる。
その隣に立つ青年が苦笑しながら一礼した。
「初めまして」
「フラム=ヴェル竜王国第一王子、レオンと申します」
「父上は昔からこうなのです」
「嬉しいことがあると、周りが見えなくなってしまうんですよ」
ヴォルカンは頭を掻きながら笑う。
「ガッハッハッハ!」
「細かいことは気にするでない!」
そして、今度は真剣な表情でシャルロットの前へ歩み寄った。
「シャルロット殿」
「娘の命を救ってくれて、本当にありがとう」
「この恩は、フラム=ヴェル竜王国が決して忘れることはない」
シャルロットは静かに一礼した。
「当然のことをしたまでです」
「私にとっても、エレナさんは大切な家族ですから」
その言葉を聞いたヴォルカンは満面の笑みを浮かべる。
「ガッハッハッハ!」
「気に入った!」
「今日は盛大に宴じゃ!」
豪快な笑い声が玉座の間いっぱいに響き渡る。
その光景を見つめながら、シャルロットもまた自然と笑みを浮かべるのだった。




