第4話 未来への手紙
静かな沈黙が部屋を包む。
窓の外では、小鳥たちが穏やかにさえずり、春風が庭の花々を優しく揺らしていた。
ミュゲはゆっくりと寝台の脇へ手を伸ばす。
小さな木箱を開けると、その中から一冊の古びた革表紙の手帳を取り出した。
長い年月を物語るように革は色褪せ、角は擦り切れている。
それでも、大切に扱われ続けてきたことだけは一目で分かった。
「サンセリテ」
ミュゲは両手で手帳を抱きながら、穏やかな眼差しを向ける。
「これは、私が旅の途中から書き続けてきた記録です」
サンセリテは静かに受け取り、ゆっくりと表紙を開いた。
整った文字で、びっしりと書き込まれた記録。
そこには、誰にも語られることのなかった真実が記されていた。
魔王因子――魔核融合体。
妖精誘導法。
光魔法。
闇魔法。
そして、五十年前の魔王討伐の真実。
魔王ニコラスとの戦いで得た知識。
封印術の構造。
魔王因子の性質。
未来への考察。
ミュゲが生涯をかけて辿り着いた答えのすべてが、その一冊へ記されていた。
サンセリテは静かにページを閉じる。
「……お前らしいな」
「最後まで、未来のことを考えていたのか」
ミュゲは小さく微笑んだ。
「私たちは、運よく魔王を討ち果たすことができました」
「ですが、同じ幸運が二度訪れるとは限りません」
その声は穏やかだった。
だからこそ重みがあった。
「もし封印が解かれた時。」
「未来の誰かが、この手帳を必要とする日が来るかもしれません」
サンセリテは手帳へ視線を落とす。
そこに記された知識は、人類を救う希望にもなれば、世界を滅ぼす禁忌にもなり得る。
妖精誘導法も。
光魔法も。
闇魔法も。
一歩使い方を誤れば、第二の魔王ニコラスを生み出しかねない。
だからこそ、この知識は託す相手を選ばなければならない。
ミュゲはそっと手帳へ手を添えた。
「これを、もしもの時まで預かってください」
その言葉に、サンセリテは静かに頷く。
「ああ」
「必ず守ろう」
短い返事だった。
だが、その一言には五十年の友情と、世界を守る覚悟が込められていた。
ミュゲは安心したように微笑む。
「あなたになら、安心して託せます」
その日、一冊の手帳は大聖女から大魔術師へと受け継がれた。
それは未来へ繋ぐ希望であり、百年後、再び世界を救うための鍵となるのだった。




