第52話 異変
鉄ランク昇格試験は、いよいよ終盤を迎えていた。
シャルロットたちは最後の課題へ挑み、息の合った連携で魔物を次々と討伐していく。
「あと少しですね」
シャルロットが小さく息を吐く。
ルークも周囲を警戒しながら頷いた。
「ああ。このままいけば合格だ」
ソレイユは嬉しそうに笑う。
「帰ったらリュンヌに報告しようね!」
エレナも頷いた。
「きっと喜んでくれるのじゃ!」
誰もが、このまま試験は終わるものだと思っていた。
その時だった。
「シャルロットちゃん!」
切羽詰まった声がダンジョンへ響く。
次の瞬間、アマリリスが勢いよく飛び込んできた。
その顔は青ざめ、肩で大きく息をしている。
「大変!」
「奥から、とんでもない魔力が近づいてきてる!」
「すっごく嫌な感じがするの!」
シャルロットたちの表情が一変した。
「落ち着いてください」
「何があったんですか?」
「わからない!」
「でも、絶対に普通じゃない!」
その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
ダンジョン全体が激しく揺れ始める。
岩壁が軋み、天井から無数の小石が降り注いだ。
「きゃっ!」
ソレイユが思わず身を縮める。
ルークは咄嗟に妹を庇い、エレナも一歩前へ出て仲間たちを守るように構えた。
「来るのじゃ!」
同じ頃。
異変に気付いた試験官たちも慌ただしく動き始めていた。
「何事だ!」
一人の試験官が魔力探知用の魔道具を確認し、その表情が凍り付く。
「魔力反応が急激に上昇しています!」
「場所は!」
「こちらへ向かっています!」
責任者の試験官も魔道具を覗き込み、顔色を変えた。
「反応値が異常だ……!」
「この数値は鉄ランク試験の想定を遥かに超えている!」
「総員警戒!」
「受験者の保護を最優先!」
「必要なら試験を中止する!」
命令が飛び交う。
しかし、その判断は一歩遅かった。
ズシン――。
重々しい足音が響く。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
一歩踏み出すたび、大地が震え、空気そのものが揺らぐ。
受験者たちは思わず暗闇の奥へ視線を向けた。
やがて、巨大な影がゆっくりと姿を現す。
四メートルを超える巨体。
岩のように盛り上がった筋肉。
額から突き出した二本の巨大な角。
全身を覆う黒褐色の皮膚には、無数の戦傷が刻まれている。
右手には、人間ほどもある巨大な大剣。
左腕には、城門のように巨大な鋼鉄の大盾。
そして血のように赤い双眸が、受験者たちを静かに見下ろしていた。
その姿は、これまで相手にしてきたオーガとはまるで別格だった。
「まさか……」
一人の試験官が震える声を漏らす。
「ジェネラルオーガだと……!?」
その名を聞いた瞬間、周囲が騒然となる。
「馬鹿な!」
「あれは銀ランクパーティーが討伐対象とする上位種だぞ!」
「なぜ第三層なんかに現れる!」
受験者たちの顔から血の気が引いていく。
「嘘だろ……」
「あんな魔物、話でしか聞いたことがない……」
「勝てるわけがない……」
次の瞬間。
「グオオオオオオオオオオオッ!!」
ジェネラルオーガの咆哮がダンジョン全体を震わせた。
衝撃波だけで何人もの受験者が吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
「きゃああっ!」
「総員、迎え撃て!」
試験官の号令が飛ぶ。
受験者たちは恐怖を押し殺し、一斉に武器を構えた。
剣が閃く。
炎が奔る。
風が唸り、水が走る。
無数の魔法と斬撃がジェネラルオーガへ降り注ぐ。
しかし――。
ガギィィン!!
巨大な盾がすべてを受け止める。
大剣が振るわれ、魔法は容易く打ち払われた。
その巨体は、一歩たりとも退かない。
「効かない!」
ルークが歯を食いしばる。
受験者たちも次々と攻撃を繰り出す。
それでも傷一つ付けられなかった。
ジェネラルオーガはゆっくりと大剣を振り上げる。
そして――一閃。
轟音とともに大地が裂け、猛烈な衝撃波が受験者たちを吹き飛ばした。
「うわあああっ!」
「逃げろ!」
「だめだ!」
「強すぎる!」
試験官たちも必死に応戦する。
しかし戦況は変わらない。
誰もが悟っていた。
この場にいる全員の力を合わせても、ジェネラルオーガには敵わない。
絶望が、静かにダンジョンを包み込んでいく。
その時――。
シャルロットの胸の奥で、何かが静かに脈打った。
懐かしく、そして温かな光。
遠い昔、世界を救うために振るわれた力。
長い眠りについていた大聖女の力が、今、静かに目覚め始めていた。




