第46話 家族みんなで冒険者
シャルロット薬舗冤罪事件が解決してから数日。
フルールの街には再び穏やかな日常が戻っていた。
しかし、その平和の裏で、一つの異変が静かに広がり始めていた。
魔物討伐依頼の急増である。
魔素とは、世界に満ちる根源エネルギーである。
あらゆる生命は魔素の恩恵を受けて生きており、人は魔素を操ることで魔法を行使する。
一方、魔物とは、体内へ過剰な魔素を取り込み、「魔素袋」と呼ばれる器官を形成した生物の総称である。
魔物は魔素濃度の高い森や山岳地帯に多く生息し、人々の暮らしを脅かす危険な存在として知られていた。
そのため各地の冒険者ギルドでは、日々、討伐や護衛、採集など様々な依頼が発行されている。
ところが最近、その討伐依頼だけが異常な勢いで増え始めていた。
「また討伐依頼か……」
「昨日だけで十件以上だぞ」
「最近、多すぎる」
冒険者ギルドでは、冒険者たちが依頼書を前に顔を曇らせていた。
もちろん、その影響はシャルロット薬舗にも及んでいた。
「先生!」
「助けてください!」
扉を勢いよく開け、一人の若い冒険者が飛び込んでくる。
腕には鋭い爪で裂かれた深い傷。
服も血で赤く染まっていた。
「ソレイユ、治療室へお願いします」
「はい!」
ソレイユはすぐに肩を貸し、治療室へ案内する。
ルークは薬箱を抱えて駆け寄ると、傷口へそっと手をかざした。
「水球」
掌の上へ小さな水球が生まれ、傷口を優しく洗い流していく。
シャルロットは目を丸くした。
「ルーク……魔法が使えるようになったの?」
ルークは照れくさそうに笑う。
「独学だけどね」
「昔から少しだけ魔法が使えたから、こっそり練習してたんだ」
「すごいじゃない」
「頑張ったのね」
姉に褒められ、ルークは嬉しそうにはにかんだ。
リュンヌは負傷した冒険者を軽々と寝台へ運び、エレナは治療用の水を用意する。
シャルロットは傷口を確認すると、落ち着いた手つきで回復薬を塗った。
「少し沁みますよ」
薬が浸透すると、裂けていた傷口はゆっくりと塞がっていく。
「すごい……」
「ありがとうございました!」
冒険者は何度も頭を下げた。
しかし、その日だけでは終わらなかった。
昼には護衛依頼帰りの商人。
夕方には別の冒険者。
翌日も、その翌日も。
魔物による負傷者が絶え間なく薬舗を訪れる。
診療を終え、夕日が店内を赤く染める頃。
シャルロットは窓の外を見つめ、小さく呟いた。
「最近、本当に多いわね……」
ルークが隣へ立つ。
「魔物の被害?」
シャルロットは静かに頷く。
「ええ」
「薬で怪我を治すことはできる」
「でも、それだけでは追いつかない」
薬瓶を見つめながら続けた。
「怪我をした人を治すだけじゃなくて……」
「怪我をする人を減らしたい」
部屋は静まり返った。
最初に口を開いたのはルークだった。
「だったら僕も戦う」
「姉さんを支えたい」
ソレイユも力強く拳を握る。
「僕も!」
「今度は僕がお姉ちゃんを守る!」
リュンヌは穏やかに微笑んだ。
「前衛は私に任せて」
「みんなは安心して戦って」
エレナも元気よく手を挙げる。
「我も戦うぞ!」
「魔法なら負けぬ!」
アマリリスも嬉しそうに微笑んだ。
「私は冒険者にはなれないけれど」
「情報集めなら任せて」
「壁もすり抜けられるし、みんなの役に立てるわ」
「必ず無事に帰ってきてね」
シャルロットは家族一人ひとりの顔を見渡した。
誰一人として迷いはない。
その姿に、自然と笑みがこぼれる。
「ありがとう」
「薬舗を守りながら、人々も守る」
「それが私たちらしい生き方だと思います」
「それじゃあ――」
「ルーク、ソレイユ、エレナ」
「三人も冒険者になりましょう」
翌朝。
シャルロットはルーク、ソレイユ、エレナを連れ、リュンヌと共に冒険者ギルドを訪れた。
受付嬢は笑顔で迎える。
「シャルロット先生、リュンヌさん。本日はどうなさいましたか?」
シャルロットは穏やかに微笑んだ。
「この三人の冒険者登録をお願いします」
「それから、私たちのパーティーへ加入させてください」
「かしこまりました」
受付嬢は三人の登録手続きを進めていく。
やがて書類を書き終えると尋ねた。
「パーティー名は、『シャルロット薬舗』で変更ありませんか?」
ルークは笑顔で頷く。
「はい」
「姉さんが大切にしてきた名前ですから」
ソレイユも嬉しそうに笑う。
「僕もこの名前、大好き!」
リュンヌも優しく頷いた。
「私もです」
エレナも満面の笑みを浮かべる。
「我も大好きじゃ!」
少し離れた場所で見守っていたアマリリスは、小さく拍手を送った。
「ふふっ」
「みんな、本当に一つの家族ね」
受付嬢は登録証を三人へ手渡し、笑顔で告げた。
「登録が完了しました」
「本日より、ルークさん、ソレイユさん、エレナさんは、パーティー『シャルロット薬舗』の正式メンバーです」
「おめでとうございます!」
シャルロットは新しい仲間となった家族を見渡し、優しく微笑んだ。
「これからも、みんなで助け合っていきましょう」
こうして『シャルロット薬舗』は、薬舗であると同時に、一つの冒険者パーティーとして新たな一歩を踏み出した。
薬で人を救い、必要とあらば魔物と戦い、人々を守る。
それが、シャルロットたちの選んだ道だった。
そして、この時はまだ誰も知らなかった。
この異変の裏で、世界を揺るがす災厄が静かに動き始めていたことを。




