第41話 夜の潜入
その夜。
フルールの街は深い静寂に包まれていた。
シャルロットの屋敷では、ソレイユたちが居間へ集まっていた。
誰もが口数少なく、重苦しい空気が流れている。
そんな沈黙を破ったのは、アマリリスだった。
「……私が行くわ」
一斉に視線が集まる。
アマリリスは皆を見渡しながら静かに続けた。
「幽霊の私は、壁も扉もすり抜けられるの」
「誰にも気付かれずに中央医療院を調べられるはずよ」
ソレイユは心配そうに尋ねる。
「でも……危なくない?」
アマリリスは優しく微笑んだ。
「大丈夫」
「私は幽霊だから」
「見つかることはないわ」
ルークは静かに頷く。
「頼んだよ、アマリリス」
リュンヌも真剣な表情を向けた。
「無理だけはしないでね」
エレナは拳を握り締める。
「絶対に証拠を見つけるのじゃ!」
「任せて」
そう言うと、アマリリスは淡い光をまとい、夜の闇へ溶け込むように飛び立った。
ほどなくして、フルール中央医療院へ到着する。
門では騎士たちが警備を続けていた。
だが、幽霊であるアマリリスの姿に気付く者はいない。
壁をすり抜け、静かに院内へ侵入した。
診療室。
調薬室。
薬品庫。
事務室。
院長室。
一部屋ずつ丁寧に調べていく。
机の引き出し。
書類棚。
保管庫。
金庫。
考えられる場所はすべて確認した。
しかし――。
「……ない」
思わず小さく呟く。
「どこにもない……」
納品台帳も。
受領書も。
決定的な証拠は何一つ見つからなかった。
院内を探し尽くしたアマリリスは、小さく肩を落とす。
「帰ろうかな……」
その時だった。
廊下の奥から話し声が聞こえてきた。
アマリリスは咄嗟に天井近くまで浮かび、静かに様子を窺う。
歩いてきたのは、テオドールとルシアンだった。
二人は周囲を警戒しながら、小声で話している。
「第一公判は乗り切った」
テオドールが静かに言う。
「あとは第二公判まで証拠を隠し通せばいい」
ルシアンは頷いた。
「本物の納品台帳も受領書も、すべて移しております」
テオドールは低い声で命じた。
「地下文書庫へ移せ」
「帳簿だけは絶対に見つけさせるな」
「廃棄記録も一緒だ」
「万が一にも誰かの目に触れてはならん」
「承知しました」
二人はそのまま廊下の奥へ姿を消した。
静寂が戻る。
アマリリスは目を見開いた。
「地下文書庫……!」
「本物の帳簿は、そこに隠してあるんだ!」
探しても見つからなかった理由が、ようやく分かった。
決定的な証拠は、中央医療院の地下文書庫に隠されていたのである。
「早く知らせなきゃ!」
アマリリスは一目散に医療院を飛び出し、夜空を駆け抜けた。
勢いよく屋敷へ戻ると、居間の扉を開ける。
「みんな!」
「証拠の在り処が分かったわ!」
一同は一斉に立ち上がる。
「本当!?」
ソレイユは駆け寄り、アマリリスの手を握った。
「テオドールとルシアンが話していたの!」
「本物の納品台帳も、受領書も、廃棄記録も、全部地下文書庫に隠してあるわ!」
ルークは拳を握り締めた。
「やっぱり……!」
「証拠は残っていたんだ!」
リュンヌも嬉しそうに笑う。
「これで反撃できるね!」
エレナは勢いよく拳を突き上げた。
「やった!」
「これでシャルロットを助けられるのじゃ!」
しかし、ルークは冷静に首を横へ振る。
「勝手に取りに行くのは駄目だ」
「正式な手続きで押収してもらわないと、裁判では証拠にならない」
エレナは悔しそうに唇を尖らせる。
「うぅ……あと少しなのじゃが」
ソレイユは真っ直ぐ皆を見つめた。
「辺境伯様に知らせよう」
「辺境伯様なら、きっと力を貸してくださる」
ルークも頷く。
「辺境伯様から騎士団へ要請してもらえれば、正式に地下文書庫を捜索できるはずだ」
リュンヌは力強く頷いた。
「今度こそシャルロットさんを助けよう!」
アマリリスは胸へ手を当て、小さく息をつく。
「やっと……真実へ近づけた」
ソレイユは静かに拳を握り締めた。
「待ってて、お姉ちゃん」
「絶対に迎えに行くから」
その言葉に、ルーク、リュンヌ、エレナ、アマリリスも力強く頷く。
絶望に包まれていた屋敷へ、ようやく希望の光が差し込んだ。
真実は、もうすぐその姿を現そうとしていた。




