第36話 逮捕
翌朝。
シャルロット薬舗は、いつもと変わらぬ朝を迎えていた。
「おはようございます」
「今日もよろしくお願いします」
ソレイユは受付の準備を進め、ルークは薬棚を整える。
リュンヌは薬草の入った木箱を運び、エレナは店先を掃除していた。
アマリリスも店内を飛び回りながら、念の力で棚や机を丁寧に磨いている。
「今日もぴかぴか!」
開店を待つ患者たちも、店の前へ集まり始めていた。
その時だった。
通りに馬の足音が響いた。
数名の王国騎士が薬舗の前で馬を止める。
突然の来訪に、人々はざわめき始めた。
「騎士団だ……」
「何かあったのか?」
先頭に立つ騎士隊長は店内へ入り、シャルロットへ一礼した。
「シャルロット殿ですね」
「辺境伯家嫡男毒物混入事件について、お話を伺いたく参りました」
突然の言葉に店内は静まり返る。
しかし、シャルロットは慌てることなく頷いた。
「もちろんです」
「私に分かることでしたら、何でもお答えします」
「ご協力に感謝します」
「併せて、薬舗内を捜索させていただきます」
「承知しました」
騎士たちは薬師立ち会いのもと、店内の捜索を開始する。
調薬室。
保管庫。
薬棚。
倉庫。
一つひとつ丁寧に調べていく。
毒草。
危険な薬品。
違法な調薬器具。
考えられる限りの場所を確認した。
しかし、疑わしい物は何一つ見つからなかった。
「隊長」
「毒草は発見できません」
「調薬記録にも不審な点はありません」
報告を受けた騎士隊長は、小さく息を吐く。
店内は整理整頓され、調薬室も清潔そのもの。
働く者たちの様子にも、不自然な点は見当たらない。
それでも彼の前には、提出された証拠があった。
納品台帳。
受領書。
処方記録。
封蝋。
どれもシャルロット薬舗を示している。
現場には証拠がない。
だが、提出された証拠は、あまりにも揃いすぎていた。
騎士隊長は静かにシャルロットへ向き直る。
「シャルロット殿」
「はい」
「現時点では、あなたを辺境伯家嫡男毒物混入事件の容疑者として拘束せざるを得ません」
店内が静まり返った。
「そんな……!」
ソレイユが青ざめた顔で駆け寄る。
「お姉ちゃんがそんなことするはずない!」
「お願いです! もう一度調べてください!」
涙を浮かべながら必死に訴える。
ルークも一歩前へ出た。
「待ってください!」
「姉さんは辺境伯家へ薬を納品したことなんて一度もありません!」
「何か間違いがあるはずです!」
騎士隊長は苦しそうに目を伏せた。
「お気持ちは理解しています」
「ですが、現時点では提出された証拠に従うしかありません」
なおも前へ出ようとするルークの肩を、リュンヌが静かに掴む。
「ルーク」
「落ち着いて」
「今は騒いでも、シャルロットさんが困るだけ」
リュンヌ自身も悔しさを押し殺していた。
耳は力なく垂れ、拳は白くなるほど握り締められている。
その時だった。
「納得できぬ!」
エレナが一歩前へ出る。
「シャルロットが毒など盛るはずがなかろう!」
「そんな証拠、偽物に決まっておる!」
怒りで肩を震わせ、今にも飛び出しそうになる。
「我が中央医療院へ乗り込み、本当のことを吐かせてくる!」
騎士たちが思わず身構えた。
少し離れた場所では、アマリリスも不安そうに胸の前で手を握り締めていた。
「シャルロットさん……」
幽霊である彼女は騎士たちの前へ姿を現すことはできない。
姿を見せれば、それだけで大騒ぎになってしまう。
だから何もできず、ただ見守ることしかできなかった。
その無力さが、何より悔しかった。
「エレナ」
シャルロットが優しく名前を呼ぶ。
その一言だけで、エレナの動きは止まった。
「ありがとう」
「でも、駄目です」
「私は何もしていません」
「だから必ず真実は明らかになります」
穏やかな笑顔は、いつもと何一つ変わらない。
エレナは悔しそうに唇を噛み締めた。
「……しかし」
「シャルロットがこのような目に遭うなど、我は耐えられぬ」
ソレイユは涙を拭いながら頷く。
「私、お姉ちゃんを絶対に助ける」
ルークは拳を強く握り締めた。
「必ず真実を証明する」
リュンヌも静かに頷く。
「私たち全員で」
アマリリスも小さく拳を握り締める。
(私も……)
(私にも、きっとできることがある)
シャルロットは満足そうに微笑んだ。
「うん」
「みんなを信じています」
騎士隊長は深く一礼する。
「ご協力、感謝いたします」
騎士たちは最後まで敬意を払いながら、シャルロットを護送馬車へ案内した。
誰一人として乱暴な扱いはしなかった。
薬舗の前では、多くの街の人々が不安そうな表情で見守っている。
「本当にシャルロット先生が……」
「信じられない」
「でも騎士団が来たということは……」
不安と戸惑いが、人々の心を支配していく。
やがて薬舗の入口には営業停止の封印が貼られた。
静まり返った店の前で、ソレイユたちは護送馬車が見えなくなるまで立ち尽くしていた。
一方その頃。
辺境伯家では、事件の報告書へ目を通した辺境伯エリアスが静かに眉をひそめていた。
「シャルロット薬舗が容疑者……か」
街で評判の薬師。
多くの人々を救い続けてきた少女。
利益のために毒を盛るような人物とは、どうしても思えない。
「証拠は揃っている」
「だが……何かがおかしい」
辺境伯は報告書を閉じ、静かに窓の外を見つめた。
その胸に芽生えた小さな違和感が、やがて事件の真相へと繋がっていくことを、この時はまだ誰も知らなかった。




