第35話 毒入りポーション
翌朝。
辺境伯家の屋敷は重苦しい空気に包まれていた。
嫡男は一命を取り留めたものの、未だ意識は戻っていない。
寝台の傍らでは、辺境伯エリアス・フルーレが静かに息子を見守っていた。
「……必ず真相を明らかにする」
父として。
そして領主として。
その言葉には揺るぎない決意が込められていた。
ほどなくして、王国騎士団が屋敷へ到着する。
辺境伯家嫡男への毒物混入事件。
その重大性から、正式な捜査が開始されたのである。
騎士隊長は辺境伯へ一礼した。
「辺境伯様、ご安心ください」
「我々が必ず真相を突き止めます」
まず騎士団は、問題となったポーションを証拠品として押収した。
薬師立ち会いのもと、慎重な鑑定が始まる。
瓶の中身。
残留成分。
薬瓶。
封蝋。
一つひとつ丁寧に調べられていく。
やがて鑑定を担当していた薬師が静かに報告した。
「間違いありません」
「毒草が混入しています」
騎士隊長は小さく頷く。
「流通経路を調べろ」
「納品元を確認する」
「はっ!」
騎士たちは直ちに中央医療院へ向かった。
提出されたのは、
納品台帳。
受領書。
処方記録。
出荷記録。
そして事件のポーション。
騎士団は一つひとつの記録を慎重に照合していく。
やがて、一人の騎士が書類を手に隊長のもとへ駆け寄った。
「隊長」
「納品元が判明しました」
「どこだ」
「シャルロット薬舗です」
騎士隊長は差し出された書類へ静かに目を通した。
納品台帳。
受領書。
処方記録。
いずれにも不自然な点は見当たらない。
封蝋も一致していた。
「……現時点では、この記録を疑う理由はない」
隊長は静かに書類を閉じる。
「だが、書類だけで犯人と決めつけることはできん」
「シャルロット薬舗の捜索と事情聴取を行う」
「事実を確認するまでは、何人たりとも犯人扱いするな」
「はっ!」
騎士たちは直ちに出動の準備を始めた。
しかし――。
騎士団が慎重に捜査を進める一方で、街では噂だけが独り歩きを始めていた。
「聞いたか?」
「辺境伯様のご嫡男が毒を盛られたらしい」
「街一番の薬舗がやったそうだ」
「シャルロット薬舗の薬だったって」
「まさか、あの先生が……」
市場では商人たちが手を止める。
酒場では冒険者たちが顔を寄せ合い、
井戸端では主婦たちが不安そうに囁き合う。
誰かの憶測は、尾ひれをつけながら瞬く間に噂へ変わる。
その噂は風に乗るように、フルール中へ広がっていった。
一方その頃。
シャルロット薬舗では、何も知らないシャルロットたちが、いつもと変わらぬ一日を過ごしていた。
「次の患者さん、どうぞ」
穏やかな笑顔。
優しい声。
薬舗には、いつもと変わらぬ温かな時間が流れている。
だが、その平穏な日常は――。
王国騎士団が薬舗の扉を叩く、その瞬間までだった。




