第34話 すり替えられた証拠
深夜。
診療を終えたフルール中央医療院は、静寂に包まれていた。
人気のない廊下を歩く二つの足音が、石畳へ静かに響く。
院長テオドールと、『ラ・フィオール調薬院』院長ルシアンである。
二人は周囲を警戒しながら地下保管庫へ向かった。
重い鉄扉を開く。
棚には調製済みのポーションや納品記録が整然と保管されていた。
テオドールは辺境伯家へ納品された一本のポーションを手に取る。
「これだ」
ルシアンは無言で頷き、別の木箱から一本のポーションを取り出した。
その中には毒草が混入している。
二人は慎重な手つきでポーションをすり替えた。
続いて机の上へ納品台帳を広げる。
ルシアンは羽ペンを取り、静かに文字を書き換え始めた。
納品元。
納品日時。
担当薬師。
一文字ずつ丁寧に書き換えていく。
さらに受領書。
処方記録。
出荷記録。
保管記録。
あらゆる書類が、まるで最初からそうであったかのように改ざんされていった。
「これだけ揃えば十分だ」
ルシアンが書類を見つめながら呟く。
テオドールは静かに頷いた。
「あとは封蝋だ」
二人は本物の封蝋を慎重に剥がす。
柔らかく熱した蝋を垂らし、新たな封印を作る。
最後に刻印を押し付ける。
そこへ刻まれたのは――。
『シャルロット薬舗』の封印だった。
遠目では見分けがつかないほど精巧な偽物。
テオドールは満足そうに口元を歪めた。
「これで騎士団も疑うまい」
その時だった。
カタン――。
廊下から小さな物音が響く。
二人は同時に振り返った。
「誰だ!」
扉の前に立っていたのは、一人の青年だった。
「ジュリアン……」
若き医師、ジュリアン・モロー。
夜勤を終えて帰ろうとした矢先、忘れ物に気付き戻ってきたのだ。
だが、その偶然が見てはならないものを見せてしまった。
ジュリアンは青ざめた顔で二人を見つめる。
「院長……」
「今のは……」
震える声が漏れる。
「証拠を改ざんしているのですか」
地下保管庫に重苦しい沈黙が流れた。
やがてテオドールは静かに歩み寄る。
「ジュリアン」
「君は何も見ていない」
「ですが……それでは無実の人が……」
テオドールは言葉を遮った。
「辺境伯家のご嫡男が被害者だ」
「この事件で医療院が潰れれば、多くの医師や看護師が職を失う」
「治療を受けられなくなる患者も大勢いる」
「我々は医療院を守らねばならん」
ジュリアンは俯く。
医療院を守る。
その言葉は理解できる。
しかし、そのために罪のない人を犠牲にするなど、医師として許されるはずがなかった。
「そんなこと……間違っています」
震える声で絞り出す。
その瞬間、テオドールの表情が冷たく変わった。
「忘れることだ」
「今日ここで見たことは、一生口外するな」
穏やかな口調だった。
だが、その瞳には逆らうことを許さない威圧が宿っていた。
ジュリアンは拳を強く握り締める。
何も言えない。
何もできない。
医師としての良心。
育ててくれた恩師への忠誠。
その二つの間で心は激しく揺れ動く。
それでも、この夜の彼には立ち向かう勇気はなかった。
こうして真実は闇へ葬られ、シャルロットを陥れるための偽りの証拠だけが、静かに積み重ねられていくのだった。




