第31話 家族の食卓
その日の営業を終え、『シャルロット薬舗』には穏やかな夕暮れが訪れていた。
「今日も忙しかったね!」
ソレイユが店の扉を閉めながら笑う。
ルークは薬棚を確認し、満足そうに頷いた。
「在庫も問題なさそうだね」
「明日は薬草採集に行こう」
リュンヌはぐっと背伸びをする。
「お腹ぺこぺこ!」
「今日は何かな?」
エレナは苦笑しながら肩をすくめた。
「お主は食べることばかりじゃな」
「だって、お腹すくんだもん!」
二人のやり取りに、皆が笑い声を上げる。
その間にも、アマリリスは食器を一枚ずつ丁寧に並べていた。
「お皿はここ!」
「スープはこっち!」
幽霊であるアマリリスに肉体はない。
しかし、生前の未練から生まれた”念”が身体の代わりとなり、物を持ったり動かしたりすることができる。
そのため、掃除や配膳などの家事も皆と変わらずこなしていた。
「できたー!」
嬉しそうに笑うアマリリスを見て、一同も自然と笑顔になる。
やがて食卓には、温かな料理が並んだ。
焼きたてのパン。
野菜たっぷりのスープ。
香草で味付けした肉料理。
採れたての野菜を使ったサラダ。
豪華ではない。
それでも、この食卓には何よりも温かな時間が流れていた。
「いただきます!」
皆の声が重なる。
アマリリスも嬉しそうに両手を合わせた。
「いただきます!」
そう言ってパンを手に取り、口元へ運ぶ。
ぱくり――。
食べようとしたパンは淡い光のように身体をすり抜け、そのまま床へ落ちてしまった。
「あはは……」
「やっぱり食べられないや」
少しだけ寂しそうに笑うアマリリス。
幽霊は念の力で物を持つことはできても、食べ物や飲み物だけは口にすることができない。
百五十年もの間、一度も食事を味わうことはできなかった。
その様子を見たソレイユは、少し悲しそうに俯く。
「アマリリスさん……」
シャルロットは優しく微笑んだ。
「食べることはできなくても、一緒に食卓を囲むことはできます」
「家族は、同じ時間を過ごすことが何より大切ですから」
アマリリスは目を丸くした。
そして、嬉しそうに笑う。
「うん!」
「みんなと一緒なら、それだけで幸せ!」
食卓では今日あった出来事を楽しそうに語り合う。
ソレイユは受付で褒められたことを嬉しそうに話し、
ルークは新しく覚えた薬草の知識を披露する。
リュンヌは荷運びで感謝されたことを得意げに語り、
エレナはそんな皆を穏やかな笑みで見守っていた。
笑い声の絶えない食卓。
シャルロットは、その光景を静かに見つめる。
ソレイユ。
ルーク。
リュンヌ。
エレナ。
アマリリス。
血の繋がりも、種族も違う。
それでも同じ屋根の下で暮らし、
同じ食卓を囲み、
同じ時間を笑い合っている。
前世、大聖女ミュゲとして生きた日々には得ることのできなかった、かけがえのない時間。
胸の奥が、じんわりと温かく満たされていく。
シャルロットは皆を見渡し、優しく微笑んだ。
「皆さん」
「これからも、よろしくお願いします」
一瞬だけ顔を見合わせた皆は、すぐに笑顔になる。
「もちろん!」
元気な返事が食卓いっぱいに響き、温かな笑い声が屋敷中へ広がっていった。
血の繋がりも、種族も違う。
それでも同じ時間を過ごし、同じ家へ帰る。
シャルロットは、この場所こそが自分の帰る家なのだと、心から実感するのだった。




