第28話 屋敷の幽霊
新しい屋敷での暮らしが始まって数日。
掃除や片付けも一段落し、一同はようやく落ち着いた生活を送れるようになっていた。
その日の夜。
皆で夕食を囲み、賑やかな時間を過ごしていた時だった。
――コトン。
廊下の奥から、小さな物音が聞こえた。
「……?」
ソレイユが首を傾げる。
「今、何か音がしなかった?」
ルークも耳を澄ませた。
「うん。確かに聞こえた」
その時だった。
――コトン、コトン。
再び物音が響く。
「ひぃっ!」
ソレイユは慌ててシャルロットの後ろへ隠れた。
「お、お化けぇ……!」
リュンヌも戦槌を構える。
「まさか、本当に幽霊?」
エレナだけは興味深そうに目を細めた。
「ほう……」
「少し会ってみたいものじゃな」
シャルロットは静かに立ち上がる。
「見に行きましょう」
一行は廊下の奥へ向かい、一つの部屋の前で足を止めた。
扉はわずかに開いている。
中から柔らかな灯りが漏れていた。
シャルロットがそっと扉を開ける。
そこには――。
「あっ」
一人の少女が立っていた。
陽だまりのような金色の長い髪。
澄み切った青い瞳。
白いワンピースをまとい、その身体は床から少し浮かんでいる。
誰が見ても分かる。
幽霊だった。
「きゃああああっ!」
ソレイユとリュンヌが同時に悲鳴を上げる。
少女も驚き、慌てて何度も頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
「驚かせるつもりじゃなかったの!」
その慌てぶりに、シャルロットは思わず目を瞬かせる。
想像していた恐ろしい幽霊とは、まるで違っていた。
「私はアマリリス!」
「この屋敷に住んでる幽霊だよ!」
元気いっぱいに名乗る少女に、一同は思わず顔を見合わせた。
「……幽霊なのに、ずいぶん元気だね」
リュンヌが思わず呟く。
「えへへ」
アマリリスは照れ笑いを浮かべる。
「もう百五十年くらい、ここにいるんだ!」
「みんなが来てくれて嬉しい!」
「ずっと一人で寂しかったんだもん……」
最後の一言だけ、少し寂しそうだった。
シャルロットは優しく尋ねる。
「あなたは、この屋敷で暮らしていたのですか?」
「そうだよ!」
「昔はここで家族みんなと暮らしてたの!」
そう答えたアマリリスは、ふとシャルロットへ視線を向ける。
そして――動きを止めた。
「……え?」
信じられないものを見るように、目を見開く。
「ミュゲ……ちゃん?」
その名を聞いた瞬間、シャルロットの胸が大きく高鳴った。
(どうして……)
前世の名を知る者など、この時代にはもういないはず。
一瞬だけ言葉を失う。
前世のことは誰にも明かすつもりはない。
けれど、この少女は百五十年前から、この屋敷で時を過ごしてきた幽霊。
本当に前世の自分を知っているのかもしれない。
短い沈黙の後、シャルロットは静かに微笑んだ。
「……私はシャルロットです」
アマリリスは少し寂しそうに笑った。
「そっか……」
「ごめんね」
「昔のお友達に、とってもよく似てたから」
シャルロットも穏やかに微笑み返す。
「そうだったのですね」
前世の記憶では、この屋敷へ何度も遊びに来たことがある。
けれど、その少女がアマリリスだったことまでは思い出せなかった。
百五十年という長い歳月は、多くの記憶を薄れさせていたのだ。
ソレイユがおずおずと尋ねる。
「アマリリスさん……どうして百五十年もここにいるの?」
アマリリスは静かに俯いた。
「……分からないの」
「気付いたら幽霊になっていてね」
「きっと、やり残したことがあるんだと思う」
「でも、それが何なのか思い出せないの」
未練だけを残し、百五十年もの長い時間を一人で過ごしてきた少女。
その寂しさが、小さな声に滲んでいた。
シャルロットは優しく頷く。
「それなら、一緒に探しましょう」
アマリリスは驚いて顔を上げた。
「え?」
「未練には、きっと意味があります」
「一人では思い出せなくても、皆で探せば見つかるかもしれません」
その言葉に、アマリリスの瞳が少しずつ潤んでいく。
「……ありがとう」
リュンヌは笑顔で拳を握った。
「よし!」
「未練探しも、みんなでやろう!」
ルークも優しく微笑む。
「もちろん、僕も協力するよ」
エレナは静かに頷いた。
「家族とは、支え合うものじゃ」
ソレイユは笑顔で手を差し出す。
「アマリリスさんも、今日から家族だね!」
アマリリスは涙を浮かべながら、その手を見つめた。
そして、満面の笑みを咲かせる。
「……うん!」
「よろしくね、みんな!」
こうして古びた屋敷は、さらに賑やかになった。
人間。
兎人族。
竜族。
そして幽霊。
血の繋がりも、種族も、生きた時代さえ違う。
それでも互いを思いやり、支え合うことはできる。
こうしてシャルロットの新しい家族は、また一人増えた。
そして、アマリリスが百五十年間抱え続けてきた願いもまた、静かに動き始めようとしていた。




