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第26話 紅竜エレナ

 リュンヌと共に依頼を受けるようになってから数日。


 この日、二人は森の奥地に自生する希少薬草の採集依頼を受けていた。


「この辺りまでは大丈夫だけど……」


 リュンヌは森の奥を見つめながら表情を引き締める。


「これより先は魔物も強くなるし、ほとんど冒険者は近付かない場所なんだ」


 シャルロットは静かに頷いた。


「気を付けて進みましょう」


 二人が慎重に森を進んでいると、不意にシャルロットが立ち止まった。


「……血の匂いがします」


「え?」


 リュンヌも辺りを見回すが、何も見当たらない。


 しかし、シャルロットは迷うことなく森の奥へ歩き始めた。


「ちょ、ちょっと待って!」


 慌てて後を追うリュンヌ。


 木々をかき分けた先で、二人は思わず息を呑んだ。


 そこには、一頭の紅竜が横たわっていた。


 燃えるような紅い鱗は所々砕け、右翼には深い裂傷が刻まれている。


 周囲には魔物の亡骸が幾つも転がり、壮絶な戦いがあったことを物語っていた。


「紅竜……!」


 リュンヌの顔が青ざめる。


 竜族。


 それは人間やエルフと同じ、有身精霊の一族。


 高い知性と人格を持ち、人間とは古くから互いに不可侵を貫いてきた種族である。


 竜は人間の国へ干渉せず、人間もまた竜の国へ立ち入らない。


 だからこそ、人前へ姿を現すことは極めて珍しかった。


「シャルロット!」


「近付いちゃ駄目!」


 しかし、シャルロットは静かに首を横へ振る。


「この方は戦おうとしている目ではありません」


「助けを求めています」


 そう言うと、迷うことなく紅竜の傍らへ膝をついた。


 紅竜はゆっくりと目を開き、シャルロットを見つめる。


 その瞳に宿るのは敵意ではない。


 苦痛と疲労、そして安堵だけだった。


「大丈夫ですよ」


「今、治療します」


 シャルロットは薬箱を開き、傷口を丁寧に洗浄する。


 止血薬を塗り、調合した薬を傷へ塗布し、一つひとつの傷へ包帯を巻いていく。


 その手つきは迷いがなく、優しかった。


 やがて最後の包帯を結び終えると、小さく微笑む。


「これで命に別状はありません」


 しばらくすると、紅竜の身体が眩い紅色の光に包まれた。


 巨大な身体は徐々に縮み、一人の少女の姿へと変わっていく。


 燃えるような紅い髪。


 紅玉のような赤い瞳。


 どこか気高い雰囲気を纏う、美しい少女だった。


「ひ、人になったぁ!?」


 リュンヌは驚きの声を上げる。


 少女は静かに立ち上がると、シャルロットへ深く一礼した。


「命を救ってくれたこと、心より感謝する」


「我はエレナ」


「フラム=ヴェル竜王国より参った竜族じゃ」


 それ以上は名乗らない。


 真名も、身分も容易には明かさない。


 それが竜族の古くからの習わしだった。


 シャルロットは穏やかに微笑む。


「私はシャルロットです」


「差し支えなければ、お怪我をされた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 エレナは静かに目を伏せた。


「幼い紅竜が一人、人間の国に興味を持ち、国を抜け出してしまっての」


「王国中で捜しておったところ、この森でようやく見つけたのじゃ」


「しかし、その子は魔物の群れに囲まれておってな」


「我はすぐに飛び込み、その子を逃がした」


「じゃが、その代わりに深手を負ってしまったのじゃ」


 リュンヌは周囲に転がる魔物の亡骸を見回した。


「これ……全部、一人で倒したの?」


 エレナは当然のように頷く。


「幼子を見捨てることなどできぬ」


「それが王族の務めじゃ」


 シャルロットは優しく微笑んだ。


「その子は、きっと無事に国へ帰れています」


「あなたが命懸けで守ったのですから」


 その言葉に、エレナは安堵したように小さく息を吐いた。


「……そうじゃな」


 そして、シャルロットを真っ直ぐ見つめる。


「竜族は受けた恩を決して忘れぬ」


「恩には恩で報いる」


「それが我ら竜族の誇りじゃ」


「どうか、しばらくお主の傍で恩返しをさせてもらえぬじゃろうか」


 シャルロットは柔らかな笑みを浮かべる。


「恩返しなど気になさらなくても大丈夫ですよ」


「困っている方を助けるのは、当たり前のことですから」


 エレナは目を丸くし、やがて穏やかに微笑んだ。


「……やはり、お主は変わった人じゃ」


「ますます、お主のことが気に入った」


 シャルロットも笑みを返す。


「それでは、一緒に帰りましょう」


 こうして、新たな家族が加わる。


 誇り高き紅竜族の少女、エレナ。


 この運命の出会いが、シャルロットの第二の人生を、さらに温かく、賑やかなものへと変えていくのだった。

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