第21話 花が咲く奇跡
少年は再び墓石の前に座り、小さく手を合わせた。
シャルロットもその隣へ歩み寄り、静かに膝をつく。
「お母様のお墓なのですね」
少年はこくりと頷く。
「去年、流行病で亡くなったんだ」
「僕には、お母さんしかいなかったから……」
言葉はそこで途切れた。
俯いたまま、小さな肩が震えている。
シャルロットは墓石へ視線を向けた。
丁寧に磨かれた石。
供えられた一輪の野花。
少年がどれほど母を大切に想っているのか、そのすべてが伝わってくる。
「あなたは、とても優しい子ですね」
その言葉に、少年は少しだけ照れくさそうに笑った。
シャルロットは静かに両手を合わせる。
目を閉じ、ただ一人の女性へ祈りを捧げた。
(どうか、安らかに眠ってください)
(そして、この子の未来を見守っていてあげてください)
何も望まない。
何も願わない。
ただ、心から冥福を祈る。
その時だった。
柔らかな風が霊園を吹き抜けた。
花の香りを運ぶ優しい風。
木々の葉が静かに揺れ、陽だまりが墓石を包み込む。
すると、墓石の周囲の土がわずかに震えた。
小さな芽が顔を出す。
一つ、また一つと芽吹き、みるみるうちに花を咲かせていく。
白い花。
黄色い花。
淡い桃色の花。
色とりどりの花々が墓石を囲むように咲き誇り、霊園はまるで春が訪れたかのような美しい景色へ変わっていった。
「わあ……」
少年は目を輝かせる。
「お花が……いっぱい」
驚きと喜びが入り混じった声だった。
シャルロットもゆっくりと目を開く。
目の前に広がる光景を見つめ、静かに息を呑んだ。
「これは……」
見覚えがあった。
前世で、大聖女ミュゲとして祈りを捧げた時、ごく稀に起きた奇跡。
祈りに大地が応え、命が芽吹く。
人々はそれを、「祝福」と呼んでいた。
だが、シャルロットは首を横に振る。
自分が起こした奇跡ではない。
亡き母を想い続ける少年の優しさと、純粋な祈りに、この土地が応えてくれたのだ。
そう思えた。
少年は咲き誇る花々を見つめながら、嬉しそうに微笑んだ。
「お母さん……きっと喜んでくれてるよね」
「ええ」
シャルロットも穏やかに頷く。
「きっと、とても喜んでいらっしゃいます」
夕日に照らされた花々は、風に揺れながら優しく咲き誇っていた。
その光景はまるで、天国にいる母が息子へ微笑みかけているようだった。
シャルロットは胸の前でそっと手を組む。
大聖女として生きた日々は終わった。
けれど、人を想い、祈る心だけは、今も変わらず自分の中に息づいている。
それを静かに教えてくれる、優しく穏やかな奇跡だった。




