第19話 薬草採集
冒険者となって初めての朝。
シャルロットは宿を出ると、穏やかな朝日に照らされたフルールの街を歩いていた。
市場では商人たちが元気よく声を張り上げ、焼きたてのパンの香ばしい香りが漂っている。
子どもたちは楽しそうに駆け回り、人々の笑顔が街を彩っていた。
「今日から、本当の意味で新しい人生が始まるのですね」
小さく微笑みながら、シャルロットは冒険者ギルドへ向かう。
依頼掲示板には数多くの依頼書が貼られていた。
魔物討伐。
護衛依頼。
荷物運び。
採掘。
その中からシャルロットが選んだのは、一枚の薬草採集の依頼書だった。
「まずは、できることから始めましょう」
受付で依頼を受理すると、街の外れに広がる森へ向かう。
森へ一歩足を踏み入れると、澄んだ空気が優しく身体を包み込んだ。
木漏れ日が地面を照らし、小鳥たちが枝から枝へ飛び交っている。
穏やかな森に見えるが、決して安全な場所ではない。
森や山、そしてダンジョンには、魔素の濃い場所から生まれる魔物が生息している。
そのため薬草採集であっても、冒険者たちは常に周囲へ気を配りながら依頼をこなさなければならなかった。
シャルロットはゆっくりと森の中を歩きながら、足元へ視線を向けた。
「薬草は、ただ摘めばいいというものではありません」
葉の色。
茎の張り。
香り。
生えている場所。
育った環境。
そのすべてが薬効へ大きく影響する。
前世で数え切れないほど薬草を扱ってきた経験が、自然と身体を動かしていた。
「これは、まだ少し若いですね」
一株をそのまま残す。
「こちらは育ちすぎています」
別の薬草も見送った。
しばらく歩いたところで、一株の薬草の前にしゃがみ込む。
葉は鮮やかな緑色。
茎には十分な張りがあり、香りも申し分ない。
「これなら良い薬になりますね」
根を傷付けないよう慎重に摘み取り、そっと籠へ入れる。
必要以上には採らない。
小さな株はそのまま残し、また来年も芽吹けるよう自然へ返していく。
森への感謝を忘れない。
それもまた、ミュゲとして長年大切にしてきたことだった。
気付けば籠の中には、美しい薬草ばかりが並んでいた。
夕方になり、シャルロットは冒険者ギルドへ戻る。
「納品をお願いします」
受付職員は籠を受け取ると、一株ずつ確認し始めた。
その手が止まる。
「……これは」
思わず漏れた声に、近くの職員たちも集まってきた。
「全部、高品質だ」
「葉に傷がまったくない」
「採取の時期も完璧じゃないか」
「こんなに揃った薬草は久しぶりだぞ」
驚きの声が次々と上がる。
シャルロットは少し困ったように首を傾げた。
「何か問題がありましたか?」
「いえ、とんでもありません!」
受付職員は慌てて首を横に振る。
「これほど品質の良い薬草を納品できる冒険者は、薬師でも滅多にいません。」
「どちらかで薬学を学ばれていたのですか?」
シャルロットは穏やかに微笑んだ。
「少しだけ、勉強したことがあります」
前世で大聖女として培った知識を語ることはない。
今の自分は、シャルロット・メシャントという一人の新人冒険者なのだから。
受付職員は感心したように何度も頷き、報酬袋を差し出した。
「依頼達成です。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
シャルロットは丁寧に頭を下げ、報酬を受け取る。
その後ろ姿を見送りながら、一人の職員が小さく呟いた。
「……あの子、本当に新人冒険者なのか?」
誰もまだ知らない。
その少女が、かつて世界を救った大聖女であることを。
そして、その知識と優しさが、これからフルールの街で数え切れないほど多くの人々を救っていくことになるのだった。




