第16話 大聖女の故郷
フルールの街を歩くシャルロットは、一軒の古い屋敷の前で足を止めた。
白い石造りの外壁。
季節の花々が咲き誇る小さな庭。
百五十年という長い歳月を経ても、その建物は美しく保存されていた。
門の脇には、一枚の案内板が立てられている。
――大聖女ミュゲ・ジプソフィル生家。
その文字を見つめた瞬間、胸の奥から懐かしさが込み上げてきた。
「ここが……」
幼い頃、家族と過ごした場所。
旅立ちの日まで暮らした家。
前世の記憶が鮮やかによみがえる。
現在、この屋敷は記念館として一般公開されていた。
多くの観光客や巡礼者が訪れ、大聖女の生涯を学び、その功績へ思いを馳せている。
「大聖女様のおかげで、今の平和があるんだよ」
「子どもたちにも、この方のことを伝えていきたいね」
そんな会話が聞こえてくる。
シャルロットは少し離れた場所から、その光景を静かに見つめていた。
誇らしかった。
同時に、どこか照れくさくもある。
前世で守りたかった世界は、今も確かにここにあった。
人々の笑顔。
穏やかな暮らし。
そのすべてが、大聖女ミュゲという一人の少女が命を懸けて守り抜いた未来だった。
生家を後にしたシャルロットは、その足で街外れの霊園へ向かう。
花々に囲まれた静かな墓地。
木漏れ日が優しく降り注ぐその一角に、一際大きな墓石が静かに佇んでいた。
大聖女ミュゲ・ジプソフィル之墓。
墓前には新しい花が供えられ、香が焚かれている。
今もなお、多くの人々が訪れているのだろう。
シャルロットは墓石の前へ立ち、静かに両手を合わせた。
長い人生だった。
楽しいこともあった。
苦しいこともあった。
数え切れない別れも経験した。
それでも最後まで歩み続け、世界を守り抜いた。
その人生に、後悔はない。
「お疲れ様でした」
その一言には、感謝と労いのすべてが込められていた。
前世の自分へ贈る、最後の言葉。
その瞬間、柔らかな風が霊園を吹き抜ける。
花々が静かに揺れ、木々の葉が優しくざわめいた。
まるで、「ありがとう」と応えてくれたようだった。
シャルロットは小さく微笑む。
「これからは、私が歩いていきます」
大聖女ミュゲの人生は、ここで終わる。
その想いも願いも胸に抱きながら、これから生きるのはシャルロット・メシャントとしての人生だ。
少女は静かに一礼すると、墓前を後にした。
その足取りに、もう迷いはなかった。
新たな人生は、すでに始まっているのだから。




