第13話 大聖女の記憶
追放されてから、何日が過ぎただろうか。
シャルロットは、ただ歩き続けていた。
雨に打たれ、風に吹かれ、行く当てもないまま街道を進み続ける。
食料は底を尽き、身体は限界を迎えていた。
それでも立ち止まることはできなかった。
立ち止まれば、本当にすべてが終わってしまう気がしたからだ。
ふらり、と身体が揺れる。
力の入らない足は、そのまま地面へ崩れ落ちた。
「……あっ」
冷たい土の感触が頬へ伝わる。
身体は鉛のように重く、指先ひとつ動かせない。
視界はぼやけ、意識はゆっくりと闇へ沈んでいく。
「ごめんなさい……」
誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
父へ。
母へ。
ルークへ。
それとも、自分自身へ。
瞼がゆっくりと閉じていく。
その瞬間だった。
――ドクン。
心臓が大きく脈打つ。
眩い光が視界を埋め尽くした。
次の瞬間、膨大な記憶が激流のように流れ込んでくる。
神殿。
白い法衣。
世界各地を巡る長い旅。
仲間たちの笑顔。
エルフの大魔術師サンセリテ。
聖騎士アーサー。
暗黒騎士アデラーン。
学者クロエ。
共に笑い、共に戦い、命を懸けて世界を救った日々。
そして――。
史上最強の魔王、ニコラス。
光魔法。
魔王因子。
百五十年前の戦い。
封印。
未来へ託した願い。
すべての記憶が、一つへ繋がっていく。
「そう……だったんですね」
シャルロットは静かに呟く。
ようやく理解した。
自分はシャルロット・メシャント。
そして同時に――。
世界を救った大聖女、ミュゲ・ジプソフィルでもあった。
失われていた前世の記憶は、完全によみがえった。
長い旅。
多くの別れ。
悲しみ。
苦しみ。
それでも最後まで歩み続けた、もう一人の自分。
その記憶が、優しく背中を押してくれる。
「私は……」
ゆっくりと目を開く。
いつの間にか雨は止み、厚い雲の隙間から柔らかな陽光が差し込んでいた。
その光は、まるで未来を照らしているようだった。
シャルロットは静かに立ち上がる。
先ほどまで震えていた足は、もう止まらない。
「もう一度、生きましょう」
前世では、世界を救うために生きた。
だから今度は、自分自身のために生きよう。
誰かの期待ではない。
誰かに認められるためでもない。
自分が笑って生きられる人生を歩もう。
そう心へ誓い、シャルロットは再び歩き始める。
世界を救った大聖女の記憶と共に。
一人の少女の第二の人生が、ここから静かに始まるのだった。




