第11話 追放
婚約破棄から一日。
重苦しい空気に包まれたメシャント伯爵邸で、シャルロットは父から呼び出しを受けていた。
「旦那様がお待ちです」
使用人に案内され、応接室の扉を開く。
部屋には家族全員が揃っていた。
父オンブラージュ。
母フロワド。
兄姉たち。
そして、末弟ルーク。
誰一人として口を開かない。
重苦しい沈黙だけが部屋を支配していた。
「座りなさい」
父の低い声に従い、シャルロットは静かに椅子へ腰を下ろす。
長い沈黙が流れる。
やがてオンブラージュは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「シャルロット」
「今日、お前を呼んだ理由は一つだ」
その声には、当主としての厳しさが滲んでいた。
「この家を出なさい」
その一言で、シャルロットの思考は止まった。
「……お父様?」
聞き間違いであってほしい。
そんな願いも虚しく、父は静かに続ける。
「メシャント伯爵家は代々、優れた魔法使いを輩出してきた名門だ」
「魔法を持たぬ者を一族へ置き続けることはできない」
淡々と告げられる現実。
その言葉は冷たく聞こえた。
しかし、その表情には当主として苦渋の決断を下す者の苦しみが浮かんでいた。
「そんな……」
シャルロットは震える声で言う。
「私、もっと頑張ります」
「魔法がなくても、お役に立てるよう努力します」
「だから、お願いです……」
必死の願いだった。
だが、オンブラージュはゆっくりと首を横へ振る。
「お前の努力は認めている」
「だが、それとこれとは別だ」
「これはメシャント家当主としての決定である」
「覆ることはない」
母フロワドは目を閉じたまま何も言わなかった。
兄姉たちも俯き、誰一人として父へ異を唱えようとはしない。
その時だった。
「嫌だ!」
ルークが勢いよく立ち上がった。
「姉さんは何も悪くない!」
「魔法が使えないだけじゃないか!」
「どうして家を追い出さなきゃいけないんだ!」
幼い弟の叫びが部屋中へ響き渡る。
オンブラージュは静かに息子を見つめた。
「ルーク」
「これは伯爵としての決断だ」
「父上!」
「もうよい」
短く、厳しい一言。
ルークは唇を強く噛み締めた。
悔しさで拳を震わせながら、それでも姉を守ろうと前へ出る。
そんな弟を見て、シャルロットは優しく微笑んだ。
「ありがとう、ルーク」
「でも、大丈夫」
そっと頭を撫でる。
その優しい笑顔が、かえってルークの涙を誘った。
その日のうちに旅支度は整えられた。
荷物は旅行鞄一つだけ。
数着の衣服。
わずかな路銀。
それだけだった。
名門伯爵家の令嬢とは思えないほど、質素な旅立ちだった。
玄関へ立ったシャルロットは、ゆっくりと屋敷を振り返る。
幼い頃から暮らした家。
家族と囲んだ食卓。
庭で遊んだ日々。
笑い合った思い出が、次々と胸へ浮かんでは消えていく。
「今まで……ありがとうございました」
深く一礼する。
返事はなかった。
誰も声を掛けることはできなかった。
ただ一人。
ルークだけが涙を流しながら駆け寄ってくる。
「姉さん!」
シャルロットは弟をそっと抱きしめた。
「元気でね」
「立派な魔法使いになって」
「……うん」
ルークは涙を拭いながら何度も頷いた。
「約束する」
「僕が姉さんを迎えに行くから」
シャルロットは小さく微笑み、静かに頷く。
そして最後にもう一度、生まれ育った屋敷を見つめる。
家族を失った。
居場所を失った。
未来を失った。
すべてを失った少女は、一人、屋敷を後にした。
その小さな背中は、どこまでも細く、儚く見えた。
しかし、その一歩が。
やがて世界の運命を変える第一歩となることを、この時はまだ誰も知る由もなかった。




