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第106話 ただいま

 ルミエールからの帰路。


 エレナの背に揺られながら、シャルロットは青空を見上げていた。


 世界は救われた。


 百五十年前から続いていた戦いは終わった。


 各地で発生していた魔物の異常活性化も収束し、人々は平穏な日常を取り戻しつつある。


 ここ数年、世界を脅かしていた異変も静かに終息へ向かっていた。


 危険地帯の魔素濃度は低下し。


 凶暴化していた魔物たちも落ち着きを取り戻していく。


 百年間守られ続けた封印。


 その綻びから漏れ出していた災厄の影響は、まるで長い悪夢が終わったかのように消えていった。


 だが。


 本当の意味で全てが終わったわけではない。


 魔王因子は今も存在している。


 シャルロットの胸の中に。


 もちろん封印は万全だった。


 魔素が漏れ出すことはない。


 暴走の兆候もない。


 常に光魔法によって浄化され続けている。


 それでも。


 これは百五十年前、自分が終わらせることのできなかった問題だ。


 だからこそ。


 シャルロットは心の中で静かに誓う。


 一生をかけて浄化し続けようと。


 いつの日か。


 本当の意味で消滅させるその日まで。


 サンセリテも無事だった。


 ソフィアも新たな大聖女として歩み始めた。


 だから今は――。


 ただ帰りたかった。


 大切な家族が待つ場所へ。


 フルールへ。


 やがて見慣れた街並みが見えてくる。


 石畳の道。


 市場の賑わい。


 人々の笑顔。


 そして。


 シャルロット薬舗。


「帰ってきたのう」


 エレナが嬉しそうに言う。


 シャルロットは小さく微笑んだ。


「はい」


「帰ってきました」


 扉を開く。


「シャルロットさん!」


 真っ先に飛び出してきたのはソレイユだった。


 勢いそのままに抱き付いてくる。


「おかえりなさい!」


「心配したんですよ!」


 続いてルークも駆け寄る。


「姉さん!」


「無事だったんだな!」


 リュンヌも満面の笑みで手を振る。


「おかえりなさい!」


「みんな待ってました!」


 アマリリスはふわふわと宙を飛び回る。


「ご飯できてるよー!」


「今日はご馳走なんだから!」


 賑やかな声が薬舗に響く。


 シャルロットは思わず笑ってしまった。


 何も変わっていない。


 いや。


 変わらないでいてくれた。


 それが何より嬉しかった。


 その日の夕食。


 シャルロットは旧魔王城での出来事を皆へ話した。


 サンセリテのこと。


 ソフィアのこと。


 そして――。


「今、魔王因子は私の中に封印されています」


 食卓が静まり返った。


「…………は?」


 最初に固まったのはルークだった。


「姉さん」


「今なんて言った?」


「魔王因子です」


「私の胸の中です」


 再び沈黙。


 ソレイユが固まる。


 リュンヌが固まる。


 アマリリスが固まる。


 ルークは頭を抱えた。


「姉さん……」


「それ世界で一番危険な物じゃないか?」


「大丈夫ですよ」


「ちゃんと封印していますから」


「そういう問題じゃないんだよ!」


 珍しくルークが叫んだ。


「もっと自分を大事にしてくれ!」


 ソレイユも半泣きだった。


「シャルロットさん!」


「みんな心配するじゃないですか!」


 リュンヌも慌てて身を乗り出す。


「身体は本当に大丈夫なんですか!?」


 アマリリスも涙目である。


「無茶ばっかりだよー!」


 一通り騒いだ後。


 全員が同時にため息を吐いた。


「まあ……」


 ルークが額を押さえる。


「姉さんらしいけど」


「ですね……」


 ソレイユも苦笑する。


「シャルロットさんですもんね」


「うむ」


 リュンヌも頷いた。


「シャルロットさんならやりそうです」


「我もそう思う」


 エレナまで腕を組みながら頷く。


「むしろ予想通りじゃ」


「予想通りって何ですか!?」


 シャルロットが抗議する。


 すると全員が声を揃えた。


「「「シャルロット(さん)だから」」」


 食卓に笑い声が広がった。


 シャルロットもつられて笑ってしまう。


 百五十年前。


 ミュゲは世界を救った。


 だが、その代償として多くの別れを経験した。


 だからこそ今なら分かる。


 世界を救うことも大切だ。


 だが。


 こうして大切な人たちと笑い合えることも、同じくらい尊いのだと。


 シャルロットは皆を見渡す。


 ソレイユ。


 ルーク。


 リュンヌ。


 エレナ。


 アマリリス。


 血の繋がりはなくても。


 種族が違っていても。


 皆、自分にとって大切な家族だった。


 失いたくない存在だった。


 シャルロットは優しく微笑む。


「ただいま」


 一瞬の静寂。


 そして。


「「「おかえり!」」」


 温かな声が重なった。


 帰る場所がある。


 待っていてくれる人がいる。


 それは、どんな奇跡よりも幸せなことだった。


 百五十年前に始まった戦い。


 百年前に未来へ託された願い。


 その願いは、薬師シャルロット・メシャントによって受け継がれた。


 元大聖女シャルロット・メシャントのスローライフは――


 これからも、大切な家族たちと共に続いていくのだった。

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